第18話
文字数 1,268文字
それを見届けると龍王は、そのまま徐々に高度を落としていった。
「……龍王様?」
高度を下げるにつれ、バランスを失っていくのを感じていた。
地響きをあげて、大きな龍の体が荒れ果てた地面に倒れこんだ。
「……龍王様?」
力尽きたように横たわる龍王の爪から這い出ると、顔のところまで走って行った。
「……わたしのことは、構うな」
苦しそうな声だった。腹側にまわる。槍が突き刺さっていた。鬼族の王子によって放たれたものだった。両手で思いきり引き抜く。
「あうっ!」
槍といっしょに、うろこが一枚、はがれて落ちた。とたんに血が噴き出した。
エズメラルダは龍王に抱きつき、自分の体を傷口に押し当てた。衣服がみるみる血に染まってゆく。
「……行け」
龍王は、苦しい息の下、言った。
「わたしに、かまうな。ようやく、想い人があなたを迎えに来たのだ」
瞳をわずかに動かして見せた。エズメラルダは、体を離した。
後ろには、二人の様子をだまって見守るアルハンドロの姿があった。
「いやです」
「行きなさい」
龍王の声は既に、力を取り戻していた。
「これほどの傷で死ぬことができるならどれほど楽かと思っていたが、どうやらそれもかなわぬらしい。今回ほど、この龍の血をうらんだことはないぞ」
小さく笑った。その姿がぼんやりと霞み、見慣れたいつもの美しい王のすがたに変わった。腹に受けた傷からは血がにじんでいる。さすがに、体をかがめている。それを、とっさに支えた。
「鬼どもはそんなに簡単にあきらめない。国は、我が民が守る。鬼に追いつかれる前に、予言者のもとへ行くのだ。あなたにとっては不本意だろうが……今、あなたをあの者どもから守れるのは予言者しかいないのだ」
苦しい表情でエズメラルダを見つめた。エズメラルダは絶望的な気分のまま、ただ、だまって龍王の言葉を聞いていた。
「ウデュが行き方を知っている」
いつの間にか、後ろにはヒューより少し小さな龍が控えていた。ウデュはエズメラルダを見ると小さく頭を上下に動かした。
「あなたの鳥獣は傷が癒えるまで我々が責任をもって預かろう」
龍の背中に載せられたヒューが、悲しげな眼差しでエズメラルダを見た後、
きゅあ。
と、小さな声で鳴いた。
龍王と見つめあう。
このままここにいることができたら、どれほど幸せであろう。けれど、時は来てしまった。予言者はやはり、自分と、この方が一緒になることを望んではいないのだ。
どうしようもない怒りがこみあげてきた。
あの者たちは、どれほどあたくしを苦しめれば気が済むのか。
死んでも戻りたくない。けれど、鬼族に捕まり、凌辱されるのはそれ以上に苦痛だった。
こうなることはわかっていた。わかっていたことなのに。
もう、覚悟を決めるしかないようだった。懐にかくしていた小瓶を差し出した。
「これは……?」
「離れる前に、必ずこれを飲んでいただくように、と、予言者から預かっておりました」
手がふるえた。一年という短い間であったけれど、龍王とともに過ごした時間は今までのどの時よりも楽しく、幸せだった。
それさえも今、手放せばならない。
「……龍王様?」
高度を下げるにつれ、バランスを失っていくのを感じていた。
地響きをあげて、大きな龍の体が荒れ果てた地面に倒れこんだ。
「……龍王様?」
力尽きたように横たわる龍王の爪から這い出ると、顔のところまで走って行った。
「……わたしのことは、構うな」
苦しそうな声だった。腹側にまわる。槍が突き刺さっていた。鬼族の王子によって放たれたものだった。両手で思いきり引き抜く。
「あうっ!」
槍といっしょに、うろこが一枚、はがれて落ちた。とたんに血が噴き出した。
エズメラルダは龍王に抱きつき、自分の体を傷口に押し当てた。衣服がみるみる血に染まってゆく。
「……行け」
龍王は、苦しい息の下、言った。
「わたしに、かまうな。ようやく、想い人があなたを迎えに来たのだ」
瞳をわずかに動かして見せた。エズメラルダは、体を離した。
後ろには、二人の様子をだまって見守るアルハンドロの姿があった。
「いやです」
「行きなさい」
龍王の声は既に、力を取り戻していた。
「これほどの傷で死ぬことができるならどれほど楽かと思っていたが、どうやらそれもかなわぬらしい。今回ほど、この龍の血をうらんだことはないぞ」
小さく笑った。その姿がぼんやりと霞み、見慣れたいつもの美しい王のすがたに変わった。腹に受けた傷からは血がにじんでいる。さすがに、体をかがめている。それを、とっさに支えた。
「鬼どもはそんなに簡単にあきらめない。国は、我が民が守る。鬼に追いつかれる前に、予言者のもとへ行くのだ。あなたにとっては不本意だろうが……今、あなたをあの者どもから守れるのは予言者しかいないのだ」
苦しい表情でエズメラルダを見つめた。エズメラルダは絶望的な気分のまま、ただ、だまって龍王の言葉を聞いていた。
「ウデュが行き方を知っている」
いつの間にか、後ろにはヒューより少し小さな龍が控えていた。ウデュはエズメラルダを見ると小さく頭を上下に動かした。
「あなたの鳥獣は傷が癒えるまで我々が責任をもって預かろう」
龍の背中に載せられたヒューが、悲しげな眼差しでエズメラルダを見た後、
きゅあ。
と、小さな声で鳴いた。
龍王と見つめあう。
このままここにいることができたら、どれほど幸せであろう。けれど、時は来てしまった。予言者はやはり、自分と、この方が一緒になることを望んではいないのだ。
どうしようもない怒りがこみあげてきた。
あの者たちは、どれほどあたくしを苦しめれば気が済むのか。
死んでも戻りたくない。けれど、鬼族に捕まり、凌辱されるのはそれ以上に苦痛だった。
こうなることはわかっていた。わかっていたことなのに。
もう、覚悟を決めるしかないようだった。懐にかくしていた小瓶を差し出した。
「これは……?」
「離れる前に、必ずこれを飲んでいただくように、と、予言者から預かっておりました」
手がふるえた。一年という短い間であったけれど、龍王とともに過ごした時間は今までのどの時よりも楽しく、幸せだった。
それさえも今、手放せばならない。