第24話

文字数 1,206文字

 苦しかった。けれどもアルハンドロはエズメラルダの手を優しく取り、傷をあらわにした。
「これは、わたしがつけたようなものだ」
 アルハンドロは、自分の指でその傷に触れた。その冷たい指の感触にびくん、と、体がふるえた。
「こんなに深く……」
「あの方が自らのうろこをはがして、手当をしてくださったのです」
 アルハンドロの顔を見ることができない。
「あの方が、そこまでしてあなたを救おうとしたなんて」
「そうしなければ助からないのをわかっていらした。そこにある命を救ってくださった。ただ、それだけのことなのです」
「あの方のあなたに対する気持ちは、本当に偽りだったのだろうか」
 アルハンドロも、龍がうろこを失うたびにその寿命を縮めることを知っていた。そして、あの龍王が冷徹で知られていることも。
 エズメラルダは、答えなかった。
「本当に、あなたには申し訳ないことをしたと思っている」
 自分の言葉で傷ついたように肩を落とした。
「わたしはずっと、あなたを救いに来ることを拒んでいた。助け出し、妻として迎える。子を作り、その一番幸せな瞬間にあなたを失う。それが、最大の不幸だと思っていた。失いたくなかった。たとえ離れていても、生きてさえいてくれればいい。あなたなら、きっと生きながらえることができる。なぜなら、わたしが……あなたが自分自身を守れる手ほどきをしたのだから。ずっと、それが正しいと思い続けていた」
苦しいため息をつく。
「しかし今日……龍王に言われて初めて気がついた。あなたが命を懸けてまで戦う姿を見て、思い知らされた。どれほどの苦難をたった一人で乗り越えてきたのか。どれほど心細く、つらい思いをしてきたか。わたしは、あなたを愛していると思っていた。けれど、あなたのことなど少しも考えていなかった。辛いのは自分だけだと思いこんでいた。ずっと、そのことしか頭になかったのだ」
静かな夜だった。外から聞こえてくるかすかな虫の声。わずかに小枝がはぜる音。それだけがふたりを包んでいた。
「どうして今回、助けに来てくださったのですか?」
「予言者だ」
 重いため息をついた。
「あなたが、龍王に心を奪われたと」
「……ええ」
「本当に、彼を愛していたのか?」
返事をするのをためらい、ただ、小さくうなずいた。
「本当は、いつだってあなたを助けに行きたかった。けれど、それは、予言者の言いなりになることだと思うとどうしても体が動かなかった。知らなかった。あなたが、自ら命を絶とうとするほど追い詰められていたなんて。予言者の言うことに従うのが苦痛だった。あの者たちが、わたしの人生を狂わせたのだから。あの者たちの言うことを信じたくなかった。なのに……一番あの者たちの言葉に縛られていたのは自分自身だった」
「あの者たちは、何と言っていたのですか?」
「一年前、アルズールは言ったのだ。今ここでエズメラルダを助けなければ、永遠に彼女を失う、と」
 深いため息をついた。
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