◆第23話 夕暮れの観覧車~蘇る記憶の兆し~

文字数 1,969文字

お化け屋敷、迷路、ミニカート、

その他の絶叫マシーンをいくつかペアで回った。



結局桃子のペア提案には反論できなかった。

拒否したらかえって変に思われるから

不本意ながら従わざる終えなかったのだ。



時間はあっという間に過ぎさり日が暮れ、

そろそろ帰宅時間に近づきつつあった。



最後の締めにあれに乗りましょう、と桃子が指差した先には、

夕陽に赤く照り映えた大観覧車が聳え立っていた。



「最後くらい四人で乗りましょうよ」 

香南が提案すると皆の視線がこちらに集中する。



桃子の思惑に従ったままなのが何だか負けたようで癪だったから、

最後くらい一矢報いてやろうとしたのだ。



他の乗り物ならいざ知らず、いかにも恋人同士が乗る観覧車に

付き合ってる仲でもない男女が乗るのは納得できないのだ。



友人として来たのだから四人で乗るべきだと主張する。

「そうだな。香南のいう事も最もだ・・」



言葉とは矛盾するように、がっくりとアンパンが肩を落している。

本心は桃子と二人で乗りたかったんだな。彼には悪いがここは譲れない。



「僕はどっちでもいいぞ」

平然と言う陸。どちらでもいいなら、

香南に同意してくれてもいいのに、とやきもきする。



「駄目駄目!将来お互い恋人が出来た時の

リハーサルをやるってつもりで乗らなきゃ意味ないでしょ」



そう言ったが先か、じゃあ、お先、と桃子は

アンパンの腕を強引に引っ張ってゴンドラに向っていく。



こら待て、と香南は慌てて追いかけるが。

「あ、私達二人で乗ります。後の二人は別のゴンドラですから」



桃子が係員に告げると彼らの乗ったゴンドラはドアを閉められてしまった。



遅かった。



空をつかんだ香南の手は振るえ、悔しさに歯を噛み締める。



仕方なしに香南は陸と観覧車に乗ることになった。

向かい合わせに座り息をついた。



ゆっくりゆっくりと時間をかけて高度が上がっていき、

地上の風景が小さくなっていく。



香南は無言で、西の空にくれていこうとしている赤く染まった夕陽を眺めていた。

ゴンドラ内はオレンジ色に染め上げられていて、

どこか現実離れした幻想的な雰囲気を醸し出している。



こんな個室で二人きりだと落ち着かない。

どんな風にしていたらいいのかわからなくなる。



「今日は楽しめたか」



突然話しかけられ、びくりと体を震わせてしまった。

動揺を抑えながらゆっくりと彼の方を向く。

彼は手を組み浅めに座っていた。



「・・・・ええ。まあ・・退屈はしなかったわよ」

曖昧に答える。



それはよかったと陸が笑った。

その顔を見てどきりとする。



一瞬にして心臓が跳ねた。

どうしたことだろうか・・鼓動が・・おさまらない。



なんで?陸のその顔は普段は決して見せることのない・・

何か・・特別なもののように感じられた。



大切なものを優しくそっと見守るかのような。

そして・・初めて見るはずなのにどこか、

まったく別の場所、場面で見たことがある。



香南は知っているのだ。本能がそう告げている。

だけれども・・記憶の奥底を辿るがいつのことだったかまったく思い出せなかった。



でも確かに・・。



香南は動揺を覚られまい、と目を逸らし景色を眺める。

近くの他のゴンドラの中の様子がここから見える。



案の定というか、周りのゴンドラは男女のカップルばかりだった。

いい感じに寄り添っている者、いちゃいちゃしてる者、



キ、キスしてる者とか・・。



気持ちを静めるつもりが余計落ち着かなくなる。



何も知らない人達から見れば彼らのように

香南と陸もごくありふれたカップルに見えるのだろうか。



ふとアンパンと桃子の乗ったゴンドラが視界に入った。



「あ」



目に飛び込んできたものに思わず声が上がる。



何とアンパンと桃子はゴンドラ内の同じ側に並んで座っている。何て大胆な。

「どうした、何か変なものでも見えたか?」



陸もつられたように、香南の方にやってきて外に目を向ける。

「アンパンの奴・・」



陸も桃子達に気がついたようだ。楽しそうに話をしている桃子。

その後ろからアンパンがそろ~りといった風に彼女の肩に手をまわそうとしている。



香南はごくりと息を飲む。陸も目を見張っていた。



桃子が突然立ち上がり、

何か面白いものでも見つけたとでも言うように外を指差してはしゃいでいる。



アンパンの手が大きく空を切って、

バランスを崩して床に派手にこけていた。



香南と陸は同時に手で顔を覆った。あ~あ、と呟く。

「あいつの恋が叶うのはまだ先のことか・・」

「そうみたいね・・」



はっとするとごく至近距離、

息遣いを感じられるくらいの位置に陸の顔があった。



彼もこちらを見ている。

体温がまた急上昇してボッと赤くなる。



慌ててお互いにさっと顔を逸らした。

見違えか陸の方も頬が若干染まっていたような。



ああもう、どれもこれもみんな桃子のせいよ、

変なことばっかり言うからおかしな具合に意識しちゃったじゃない、

と香南は心の中で桃子に対して恨みつらみを毒々しく並べたのだった。
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