◆第27話 香南ちゃんの楽しい楽しいショッピング?

文字数 3,662文字

ある日の土曜日、香南が家の中で

ゴロゴロしていると桃子から電話がかかってきた。



「香南、今日暇?」

「どうして?」



「今からデパートに服買いに行かない?」

「具合悪いの、遠慮しておくわ」



面倒くさいので断る。

というのも以前桃子のショッピングに付き合ったことがあるのだ。



彼女は多くの店を回り試着したあげく、

香南にまで同じことを強要した。



着たくもないし似合いもしない

派手な服の試着を断固香南は拒絶した。



結局最後には振り回されるだけ振り回されぐったりして帰宅したのだ。

だからあんな目に合うのはもうごめんなのである。



「わかった!じゃあ、お家まで仮病かどうか見に行ってあげるわね♡」

「いらん!来んでいい!」



「もし本当に具合悪かったら私の素肌で、看病してア・ゲ・ル」

背筋にぶるっと寒気が走った。



「人の話を聞け!」

「楽しみに待っててね~」



「何でー?!なんで会話が通じないのー!?」

強引に話が進められて、電話を一方的に切られてしまった。



ツーツーと音のなる受話器を持ったまま、

香南は呆然としていた。



その数十分後、宣言どおり桃子は家に来てしまった。

「なんだ、ぴんぴん元気じゃない」



玄関先で香南は頭を抱えた。

幸い両親がいなかったので、鉢合わせしておかしなことにならなかったのが救いか。



しかし時間がたてば親は帰ってくるので

桃子をいつまでも家に居座らせておくわけにもいかない。



香南は本意ではなかったが、

桃子の誘いにのり出かけざるおえなかった。



デパートまで行くとなんと陸の母親が待っていた。

「おばさんも一緒だったんなら最初に言いなさいよね」



桃子を非難する。

いつもお世話になっているから、言ってくれれば快く出てこれたものを。



「私が黙ってて欲しいって桃子ちゃんに頼んだのよ」

「どうして隠す必要があったんですか?」



香南は頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。

「まあ、そんなこといいじゃない、ささ、行きましょう」



腑に落ちない香南の背中を

押されておばさんに丸め込まれてしまった。





デパートのレディースのフロアには

たくさんの有名ブランドショップが入っている。



目に付いた店から入店し、

ハンガーにかけられた衣服から物色していく。



「わっこれ可愛いわね~」

「あ、こっちもいいですよ、色使いが綺麗」



あっちこっちのカラフルな商品に目移りして、

桃子もおばさんもすごく楽しそうだ。



端から見たら本物の母娘みたい。

桃子は陸の母親のことをすごい尊敬している。



将来はおばさんのような、明るく朗らかで面倒見がよく

太陽みたいな女性になることを目標にしていると、以前話していた。



そういえば二人とも基本的な性格は

世話焼きな所とか似ていると思う。桃子が慕うのも頷けた。



盛り上がっている二人を他所に香南だけが一人後ろから黙って、

はしゃぎもせずついていく。



ファッションに興味がないのだ。

普段着るものといえば、黒やグレーのモノトーンで

統一した物ばかりでオシャレには気を使わない。



色が鮮やかなものは自分には似合わないと考えている。

「これなんか香南ちゃんに似合うんじゃない?」

「いいですね。香南試着してみなさいよ」



すすめられたのは、真っ白なブラウスだ。

フリルのついた可愛らしさを全快にしたデザイン。



「む、無理無理、私にそんな明るい服絶対似合いません!」

「決め付けたらいけないわ。着てみないとわからないでしょ」



抵抗むなしく服を持たされ強引に試着室に押し込まれる。

「私が着替えるの、手伝ってあげよっか?」

「いらないわよ!」



指を怪しげに動かしている桃子を突っぱねる。

おばさんはニコニコしている。



「二人とも仲良しさんね」

「おばさん、ちゃんと現実を見てください!」



嫌で仕方なかったが、

強くすすめてくるおばさんの手前試着するしかなかった。



新品の服を着、試着室の鏡に映った自分に、

強烈な違和感を感じ目を背けたくなる。



外で待つおばさんと桃子の会話が聞こえてくる。

「聞いてくださいよ、香南ったら私と

買い物に来た時は一回も試着してくれなかったんですよ」



「まあそうなの、勿体無いわね」

桃子め、おばさんに余計なこと喋りやがって、と唇を噛んだ。



カーテンを開け試着室からのろのろと出る。

こんなの似合わない、これなんて罰ゲームなのよ、と心の中で突っ込んでいた。



顔が火照ってしかたない。

おばさんも桃子も大きく目を見開いて言葉を失っている。

ほら見たことかと、言ってやりたかった。しかし数秒後。



「可愛い!すごく良く似合ってるわよ、香南」

「いい、雰囲気がすごく明るくなったわ」



二人が顔を輝かせて、誉める。

「・・からかってるんでしょう?やめてください」

「本当よ、これなら男の子が放っておかないわね」



「見てみなさいよ、周りのお客さん、皆香南のこと見てるから」

嘘、と周囲に目をやると確かに、ちらちら、

女性客、男女カップルの男の方などと目が合う。



おばさんらはどうやら冗談ではなく本気で言っていたらしい。

これまで拒んできたことを嫌々ながらも実際にやってみて、

香南の視点と他人の視点はどうやらかなりのずれが

あるらしいことを初めて知ったのだった。



その後も色んな店を回り、おばさんと桃子は試着したおし、

香南は試着させられた。



おばさんも実年齢より若く見えるし、

綺麗な人なので少々若つくりな服を着ても全然違和感がなかった。



休憩がてら一息入れようとカフェに入った時点では、

既に二人とも数点商品を購入し、店のロゴが入った袋を抱えていた。



「香南ちゃんも桃子ちゃんも

 スタイルがいいし可愛いから、買い物のしがいがあるわ~」



「男の子にはないおしゃれの楽しさがありますよね、やっぱり」

桃子がおばさんに激しく同意している。



尊敬しているということはイコール、

共感する部分が多いという事なんだろうか。

まあ普通女性はファッションに凝るものか。



「娘がいたら、こんな風に思う存分着せ替えするのが夢だったのよ」

ブレンドコーヒーを飲みながらおばさんは満足そうだった。



桃子が手ぶらの香南に言う。

「香南は買わないの?」



「私達だけ買い物してるじゃない。試着するだけじゃ物足りないでしょう」

「別にいいです。欲しいものないし」



淡々と答えるとおばさんが聞いて来た。

「お金は持ってきてるんでしょう」



「一応・・・・・」

お金なら経済的にも困っていないので

服を買えるぐらいは所持していた。



でもだからといって欲しくもないものを買うつもりはない。

「よし、おばさんが買ってあげる」



おばさんの一言に、は?と思わず聞き返す。

何を言い出すのかと。



「とんでもないですよ、そんなの悪いですから」

普段夕食を頻繁にご馳走になってるだけでも恐れ多いのに、

その上服まで買ってもうらうわけにはいかない。



「いいのいいの、私の好き勝手で買ってあげたいんだから遠慮しないで」

いりません、買わせて頂戴と香南とおばさんの押し問答が続く。

桃子が端で面白そうな顔をして見ている。



「桃子も黙ってないでおばさんを説得してよっ」

「おばさんがそうしたいって言うならいいじゃない、

 香南のためっていうよりおばさん自身のためだと思うし」



「桃子ちゃん、私のことよく理解してくれてるわね、そう。私の自己満足だから」

意見は二対一、分が悪いし話は平行線を辿って香南が折れるしかなかった。



「わかりました!何か自分で買いますから」

それでもおばさんは買ってあげると言い張ったが、

お金の部分だけはさすがに譲れなかったので

何とか納得してもらうことができ、胸を撫で下ろした。



「なんだか無理に買わせてしまうみたいで申し訳ないわね」

「・・・・いえ、気にしないで下さい。

 元々着る服持ってなかったらレパートリーが増えますし」



口ではそう言いながらも、

内心では買った服を着る機会はないだろうと考えていた。



結局おばさんと桃子が一押しした服などを自費で数点、購入した。

上は胸元にフリルをあしらったアイボリーのブラウス、

下はショート丈でカーキのキュロットスカート、

黒のレギンスに合わせたダークブラウンのショートブーツ。



最後に入ったお店の試着室で、

買ったアイテム全てを合わせてみようということになった。



全身を着替え終えた香南を見ておばさんは頷く。

「素敵なおしゃれ姿なんだしせっかくだからそのまま着て帰りましょう」

「ええっ?! どうしてですか?」



おかしくは映っていないのは分かったけれど。

でも慣れない服装。



自分らしさのカケラも残っていない、

アイデンティティーを奪われた格好で、自分が自分でないような感覚なのに。



不安で震えそうなのに、

このまま街を歩けというのか。信じられない。



「大丈夫よ、全然おかしくないから」

「素敵よ香南。私が男だったら速攻襲ってるわ」



セクハラ発言する桃子と、ほめたたえるおばさんの手によって

素早く香南の着てきた服は綺麗に

たたまれて袋に直されてしまい、従うしかなかった。 



「何で私だけ・・・・」

何故こんな意地悪されなければならないのか。

香南が何をしたというのだ。



酷い仕打ちに泣きそうだ。二人の意図がまったく読めなかった。

桃子だけだったら意地でも服を取り返していた所だが、

おばさんの手前強気にでれなかった。
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