◆第29話 判明!明かされる陸くんの香南ちゃんへの本当の気持ち☆

文字数 4,441文字

陸の家で食事を終え、後片付けをした後

一息お茶を入れて話し込んだので、大分遅い帰宅になった。



自宅に着いたのは、周囲の家々が照明も消え寝静まり夜も更けた頃だった。

もちろん両親には帰りが遅くなる連絡なんてしていない。



それ以前に香南が家にいるかどうかも気にも留めていないだろう。



鍵を開けてドアを細く開けると、

中から怒声と共に物の壊れる音が耳に刺さった。



また喧嘩か、とため息をついて玄関に上がる。

父と母の罵声が止むことなく飛び交い続けていた。



今日の言い争いはいつにも増して激しく、

荒れているみたいだった。



再び物の壊れる音。



リビングを素通りして廊下を進もうとしたが、

思い直し引き返してリビングのドアを開けた。



真夜中の蛍光灯の下。

リビングの中央、ローテーブルを挟んで父と母は

険しい表情で互いを睨み向かい合っていた。



フローリングの床には無残に壊れて

粉々になった高価な食器が散乱していた。



ああ、これが香南の現実かと。



黄昏にも似た感情がぼんやりと胸に広がる。



ほんの数十分前までは明るく賑やかだった

遠野家の出来事がまるではるか遠くに存在する、

夢の中の出来事だと思えるほど藤島家は冷え切っていた。



まるで夢から覚めたような感覚。

やはり自分にはこちらの方が相応しいんだろう。



「喧嘩するのは勝手だけど」

香南は淡々と無表情で言う。他人に話しかけるように。





「もうちょっと控えめにしたらどうなの?

 夜も遅いんだし近所迷惑になるわよ」



遠野家みたいに仲良くしろとは言わない。

けど、もう少し普通にできないのかと言いたかった。



両親がこちらを向く。母の険しい視線が香南を射抜く。

呼吸が荒く胸が上下して、怒り心頭。



見てわかるくらいに興奮状態のようだった。

目の色が更に憎悪を増したように、香南には見えた。



「誰のせいだと思ってるの!」

怒りの矛先が間に割って入った香南に向けられる。



「元はといえばあんたが!」

言い返しもせず黙ったまま聞いていた。



微動だにできずに。







「あんたが生まれたから結婚する羽目になったのよ!」

吐き捨てるように。





「あんたなんかっ、産まなきゃよかったわ!」

母は言った。





産まなきゃよかった・・



うまなきゃよかった・・





ウマナキャヨカッタ・・・。







その言葉が香南の心の奥の深い部分を直撃した瞬間。

血潮がスーッと引き頭の中を真っ白な空白が埋めていく。



心を冷たくしていく。

あれ、どうしたことだろう。



この感覚は・・何?。

自分の中で一体何が起こっているのかわからなくなった。



「おい、実の娘に向ってなんてこと言うんだ」

母を非難する父の声がまるで遠くから聞こえるようだった。



「あなただって本心じゃ同じこと思ってるんでしょう!

 隠したって駄目だからね。これまでずっと放ったらかしにして。

 この子のこと煩わしく思ってたんでしょう!」



父は目を逸らし反論できない様子で口籠っていた。

香南はほとんど無意識に。



フェイドアウトしていくように。







家を飛び出していた。











家を出てどこをどう通ったのかまったく覚えていない。

夜の街をでたらめに疾走し、意識を取り戻した頃には

街の全貌を一望することのできる、高台の公園に香南は立っていた。



公園には誰もいなくて香南は一人、

肌をさす冷たい風にふかれていた。



見渡すことの出来る街並みは夜の暗闇に沈み、

底なしの深い海のようだった。



「香南?」

突然声をかけられた。

よく知っている人の声。





ゆっくりと振り返ると、

園内に立った外灯の光の下に陸が立っていた。



「こんな時間にどうしたんだ?」

「陸の方こそ・・・」



ほんの少し前まで彼の家で一緒にいたのに、

随分と時間がたってから再会したように感じられた。



「気持ちの良さそうな夜だったからさ、

 なんだか散歩したくなったんだ、ほら見てみろよ」



陸の指差す方に目を向けると、

雲ひとつない夜空にたくさんの星が光り瞬いていた。



今の今まで混乱冷めやらぬ状態だったから、

全然気がつかなかった。



「綺麗だね」

「ああ」



しばらく二人黙って空を眺めた。

こうしていると幾分落ち着きを取り戻すことが出来た。



思考がクリアになっていく。

沈黙が二人の周囲を満たしきった頃彼は聞いて来た。



「・・何か・・あったのか?」

「・・・・」



思わず彼の顔を見つめてしまう。

香南の様子がいつもと違うことに気がついたのだろうか。



陸は探るようでも、心配そうでも慎重そうでもなく、

さりげない様子だった。



話してもいいものだろうかと一瞬迷ったが、口を開いていた。



この夜の幻想的な雰囲気と、

彼の世間話でもするような口調が香南に話させたのだろう。きっと。



だから香南も独り言、他人事のように話せた。

夜の星を見つめて。



「さっきね、お母さんに言われたの。

 私のことなんか生まなければよかったって・・」





母は結婚する前に香南を身ごもった。

結果成り行きのまま、するつもりのなかった父と結婚した。



だから香南は望まれてこの世界に生まれてきたわけではないのだ。

そのことは家族三人の冷え切った生活を見ても一目瞭然だった。



「小さい頃から愛されていないとは何となく感じてはいたけれど・・・

 自分を産んだ親にはっきり面と向って言われたら・・・

 こんなにも心にくるものだとはおもわなかったなぁ」



最初、陸達家族と過ごしていても見せつけられる

家族の温かさを自分には一生縁のないもの、

手を伸ばしても絶対に手に入れられないものだと思っていた。



それでも一緒に過ごす内に心のどこかで、

香南も温かなぬくもりに包まれて生きていけるのではと錯覚してしまった。



現実は自分にこれまで無関心だった母親に

初めて存在を否定される言葉を浴びせられ、

自分の人生はぬくもりとは縁のない

孤独の人生だということを思い知らされてしまった。



香南はいつも孤独を望んでいた。

親の愛情さえもいらないと思っていた。



しかしそれは間違いだった。



母に存在を真正面から否定されてこの様なのだから。

信じられないことに深く傷ついている。



こんなにも脆くて弱かったなんて。本当はうらやましかったのだ。

興味のないふりをしていたのだ。



遠野家の温かな家庭が。



親に認めて欲しい自分がいたことに気づいたのだ。



「私の存在なんてちっぽけで・・・

 私はこの世界に必要のない人間なのかもしれない」



風の音にかき消されそうなほど、

頼りなげな声だった。





「ふざけんなよ」

黙って話を聞いていた陸が口を開く。



その声は普段よりも低く、

押し殺したように夜に響いた。



彼の顔を見て息を飲む。

怖い顔をして香南を睨んでいた。



「お前がいらない人間だって?そんなはずあるわけないだろう。

 この場に桃子が聞いてたら殴られてるぞ」



「陸・・・」

「桃子もアンパンもうちの両親だって、みんなお前のこと気に入ってるんだ。

 いらない人間なわけないだろうが!」



本気で怒っている。

こんな陸は初めてで、

怒られるだなんて思いもよらなくてただただ戸惑い、動揺した。



「これまで遊びに行った時も、

 皆でご飯食べた時もお前に向けられた皆の笑顔は何だったって言うんだ?

 みんな全部ニセモノだって、香南は思ってるのか?」



「・・・」

香南は愕然とする。



桃子、アンパン、陸の両親のことが思い浮かぶ。

彼らのくれる笑顔。



それらは香南のことを心から受けて入れてくれている

特別な種類の笑顔だった。



他のクラスメイト達や、

香南の両親等とは全く違う。



胸が熱くなった。



そうだ。彼の言うとおり。

親に否定されただけで自分は一人ぼっちなんだと視野を狭めていた。



香南を思ってくれる人は他にいたんだ。

それにな、と陸は言う。



強い風が地をはって香南の髪を揺らせた。

気のせいか陸のまなざしに力がこもったように感じられた。







「俺は香南のことが好きなんだ」





陸も皆と同様に香南のこと好いてくれている、

こうしていじけている自分を本気で

怒ってくれているのがその証拠だろう。



彼との付き合いが一番長い。

傷ついた心にそんなことを言われて思わず泣きそうになった。



「勘違いするなよ」

「え・・・・・?」

陸の言葉に首を傾げる。











「一人の女として惚れてるってことだからな」







「陸・・・?」

彼は今何を言ったのだろう。



飛び上がるぐらいに何かとんでもないことを口走った気がするのだが。



はて?



香南のことが好きだと言った。そしてそれは一人の女性として・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

















もしかして香南はたった今陸に告白されたのか?

真剣な表情で見つめてくる。ふざけている様子は微塵もない。





「嘘・・でしょ?」

「嘘じゃない、本気だ」





風は止み、夜空の星ぼしは変わらずその光を瞬かせて、

静寂だけが辺りを支配していた。



体温が急上昇して一気に沸点まで達した。

湯気が出るのではないかと思うくらい顔が熱くなる。



だというのに足はがくがくと震えだした。

桃子の言っていたこと。



陸のおばさんの言っていたことが

頭の中を飛び交うように駆け巡る。



陸は香南に気があると・・・・。まさか、そんな。



だってこないだ買い物の帰りだって、

香南を好きかどうか聞かれて友達だといってたくせに。



それともあの時は本心を隠していたのか?

混乱が頭の中を支配しもうその場にいることができなくて。



一刻も早く彼の目の前からいなくなりたくて。

香南は身を翻して走り出した。陸を公園に残して。



「香南っ!」

呼び止める声にも振り返らなかった。



止まらなかった。

だってそれ以上彼と一緒にいたら。





香南自身どうにかなってしまいそうだったから。











陸は去っていく香南を追いかけようとしたがやめた。



あの様子ならさっき傷ついていたことに関しては

もう大丈夫だろうと踏んだのだ。



しかし・・先程の彼女とのやりとりを思い返した。

どれがどういう展開になってどうして告白なんてすることになったんだろうか。



だがこれだけは言える。はっきりしている。

同情なんかではない。この気持ちは陸の本心だということ。



実の親に冷たく当たられ、

落ち込んでいた香南は自分を必要のない人間だと言った。



陸は自己を卑下する彼女が許せず、

感情の高ぶりが抑えられないまま怒りをぶつけてしまった。



だって黙ってられなかったのだ、言わずにはいられなかったのだ。

気づいていないだけでみんなから愛されているんだってこと。



そしてこの怒りは本能的でその根源はもっと別な所にあった。



怒ったのは香南だけのためじゃない。

陸の好きな女が、自分のことを世界に要らない人間だなんて言われたら、

陸のことやその想いまでが否定、

なかったことにされたようで許せなかったのだ。



黙っていられなかったのだ。



陸はこの世界に価値のない女性を好きにならないし、

それ以前に価値のない人間なんてこの世にいないだろうと思っている。



でも幸か不幸か、香南が自己を否定したおかげで陸は怒り、

その結果はじめて藤島香南という一人の女性のことが好きだったんだと気づけた。



ようやく香南に対して抱いていたもやもやした気持ちがはっきりした。

こんな形で想いを伝えることになってしまったけど後悔はしていない。



これでよかったんだと一人、

夜の深まっていく公園で強く頷いたのだった。

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