◇第26話 孤独のターシャ、決意!暗黒の復讐心

文字数 3,597文字

「さあ、追いかけっこの時間はもうお終いだ」

村人達に取り囲まれて後戻りできる退路は絶たれてしまった。



絶対絶命。もう逃げられない。

どうやら天に見放されたのは魔女を恐れる

世界の人々ではなくターシャ達のようだった。



男達が迫ってくる。ターシャ達も後ずさりした。

その一歩ごとに崖に近づく。もはやここまでなのか。



父と母が命を賭してまで、逃がしてくれたのというのに・・。

無理かもしれない。でももうそれしかない。



例え心身が疲弊していたとしても

魔法を使うしかこの状況から抜け出せそうにない。手を男達に向けた。



「おい、気をつけろっ。魔法を使ってくるつもりだ」



追いつめたと、余裕そうだった顔が一変、

怖気づいたように彼らは警戒して後ずさりした。



村人達を撃退するイメージを浮かべようとした。

だがいくら頭の中で映像をつくろうとしてもうまくいかなかった。



結んだ像は形を成すことなく霧散していく。

こんなことは初めてだった。



いつだって成功するイメージを描くことが出来たのに。

イメージできないことはすなわちイコール魔法が使えないという事。



最後の頼みの綱も使えず、

もう駄目かもしれないと絶望を噛み締めた時だった。



突然視界が狭まり、明滅すると大きく揺れた。

眩暈と共に体の奥からせりあがってくる感覚。



ターシャはその場で体をくの字に曲げ膝をつくと、血を吐き出した。



「かはっ」

「お姉ちゃんっ!」



アルクが心配と驚愕の入り混じった表情で側に来る。

「大丈夫っ!?しっかりしてお姉ちゃん!」



意識が朦朧とする。体は小刻みに痙攣し、寒気がした。

傷を負ったわけでもないのに吐血したのはおそらく。



魔法を過度に使用した代償と、

ほとんど休むことなく激しく走ってきたことが、

ターシャの肉体を蝕んでいた。



更に無理に魔法を使おうとしたものだから、

体にブレーキがかかり限界点を超え悲鳴をあげたのだ。

血で濡れた唇を噛む。



「どうやらもう魔法は使えないようだな」

そんなターシャの様子に安堵した顔をすると男達は再び接近してくる。



何とか立ち上がろうとしたが、

体中の血が足元の方に落ちてしまい体が鉛みたいに重く、

貧血を起こし立てなかった。



もはやこれまで、両親に報いられない悔しさを噛み締めたその時だった。

アルクが素早い動きで、地に転がり落ちていた何かを拾い上げる。



それは木から折れた太い枝だった。

「お姉ちゃんに近寄るな!」



枝を構えてアルクが叫ぶ。

「お姉ちゃんは僕が守る!」



目を見開き、アルクの名を呼ぼうとしたがうまく出ない。

「威勢のいい坊やだな」



村人達は馬鹿にするように笑いを浮かべている。

「あ、あなたでは無理よ・・危ないから下がって・・」



搾り出すように言う。

枝を構えたままの弟と目が合う。



「もう嫌なんだ。大切な人を守れないで、何もできないのは」



弟の強い意志のこもったまなざしを見た瞬間、

ターシャはこれまでの日々が頭に駆け巡った。



森で獣に襲われ無力だった自分を責めていたアルク。

リュウに剣術を教えて欲しいと意地でも決意を曲げず頼み込んで、

鍛錬に明け暮れた日々。



魔法を使う必要のないくらいに強くなってターシャを守りたいんだと。



今がまさにアルクにとって、その真価が問われる瞬間なのだった。

確かに今ターシャは魔法を使えない、アルクが本気なのもわかる。



でもだからと言って数人の大人の男達を相手にするのは

どう考えても小さな子供の彼には酷だった。



「その勇気は買うが。子供だろうが容赦はしないぞ」

「やめてっ!その子には手を出さないでっお願い!」



出せない声を無理やり押し出し、

咳き込むのも構わないで必死に叫ぶ。



止めなくては、もうこれ以上ターシャは大切な人を失いたくなかった。

アルクまでいなくなってしまったらもう・・。



アルクが枝を手に立ち向かっていく。



迎え撃つ村人。



ターシャは死に物狂いで弟の背に手を伸ばした。









しかしその手は届くこともなく無常に、空を切った。





アルクの打ち出す太刀は軽く村人にいなされる。

それでも彼は必死の表情で攻めるのをやめない。



最愛の姉のことを守るために。

だがその決意を無常に打ち砕くかのように。



アルクの手にした枝は剣にはじき飛ばされ

無防備になったところを













剣の切っ先が弟の胸を貫いていた。





スローのコマ送りの、

非情な映像としてそれらはターシャの瞳に映った。







ターシャは声とも悲鳴ともつかない絶叫をあげた。

剣がさしぬかれ、アルクは地面に崩れ落ちていく。





「アルク―――っ!」







四つん這いで近づいていき、

倒れた弟を抱えあげた。



剣はアルクの胸の急所を貫いていた。

血が止まることなく溢れだしている。



認めたくはなくても・・

もうどうやっても助からないと一目見てわかってしまった。





「お、ねえ・・ちゃん」

かすんだ瞳がターシャを捉える。





「アルクっ、しっかりして、どうして、こんなことに、何でっ」

「ごめん・・ね、お姉ちゃん」





吐血しながら言う。



「お姉ちゃんを守れるくらいに強くなるって・・

 頑張ったけれど・・・駄目だったみたい・・

 こんな頼りない弟で・・ごめんね・・」





そんなことない、そんなことないよとターシャは

弟の手を強く握りしめると弱々しく握り返してくれた。



「あなたは立派な私の自慢できる弟だわっ」

言いながら涙が溢れて止まらない。





「それに謝らなくちゃいけないのは私のほう。

 私のせいでお父さんもお母さんもアルクも・・」





「お姉ちゃん・・自分を責めないであげて・・

 僕はお姉ちゃんのことが大好きだから、

 当たり前のことをしただけなんだ。

 それにお父さんもお母さんもきっと僕と同じ気持ちだったろうと思うよ」



どうしてターシャなんかにそんな

ぬくもり溢れる言葉をかけてくれるのだ。



己のせいで家族を失いつつある、

罪と罰を受けなくてはならないこの身にそんな資格はないだろうに。



苦しく本当に苦しくて胸が張り裂けそうだった。

呼吸がうまくできない。



「何だか・・すごく眠くなってきたよ・・」

「アルクっ・・駄目よ、いかないで・・」



「僕・・・死んじゃうんだね・・」

握り返してきた弟の手からゆっくりと力が抜けていく。





「さようなら・・お、ねえ・・ちゃん」

ゆっくりと瞼を閉じていく。





眠るように。



弟を支える手に重みが増した。

「いや、いやだぁ・・、死なないで・・おいていかないで・・アルク」





ターシャは声をあげて泣いた。

動かなくなったアルクを抱きしめて。





周りに他人がいるのにも構わずに。







もうお姉ちゃん、と可愛い声で、

愛らしい顔で呼んでくれることはなくなってしまった。



弾けるような笑顔を見せてくれることも。

甘えて慕ってくれることももう二度と・・ない。





永遠に失われてしまった。





自分の命よりも大切にしていたターシャの大切な宝物は。

失われてしまった。





永遠に。







ターシャは・・一人ぼっちになってしまった。

父も母も、アルクも皆、家族を失ってしまった。



この世界にターシャのことを愛してくれる人はこれでもう。





誰もいなくなった。



頭の中を真っ白な空白が

喪失感が

埋めていく。





この目に映る世界が

色褪せていく。





死んでゆく。







弟に手をかけた男を憎悪をこめて睨みつける。



「ひどい、ひどいわっ。どうしてこんな酷いことが出来るの?

 この子はまだこんなに小さいのにっ」



「魔女の家族は生かしてはおかん。例え子供だとしてもな」

罪悪感もまったく感じていない、

さも当然のことだと言わんばかりに男は答える。



村人達は武器を構え、ターシャ達を囲み近づいて来る。

アルクを静かに地面に横たえた。



また体温の残るその柔らかな頬に触れる。

家族が守ってくれた。



この命、簡単に失うわけにはいかない。



ターシャはゆっくりと立ち上がった。

背後にある崖の下、河が流れている。



今気がついたがかなりの急流だ。



後ずさりしながら先端まで移動すると共に男達も接近する。

「チェックメイトだ。お前もすぐに家族の元に送ってやるから安心しろ」



ターシャは村人の声を無視するかのごとく、

何もない空間に背中を預けていく。



こちらが何をしようとしているのか気づいた彼らは、

目を剥いた。



「なっ、正気か」

一か八かの賭けだった。



運がよければ助かるかもしれないし、死ぬ確率も高かった。



魔法を使えず彼らを倒すことが

出来なかったターシャの決断。



手が伸びてくるが、

こちらの動作が早くもう届かない。



足先が地を離れた。

後ろ向きに、頭から崖下に落ちていく。





落下していく経過の中で。

ターシャは。







ターシャハココロ二キメタ。







モシモ、イキノビルコトガデキタノナラバ

















―フクシュウシテヤル―







家族の敵。

奴らを全員皆殺しにしてやる。村も何もかも。





ターシャを異端者として排除しようと

全世界が敵になるというのなら、





ターシャに優しくしてくれず、

ターシャの幸せ、大切なものを全て奪っていくというのならば





拒絶されるだけの世界ならば







こんな目を覆いたくなるくらいに残酷で醜い世界、

この手で支配してやる。





望みどおり邪悪な魔法使いとやらになってやろうではないか。









ターシャは激しい水しぶきを上げ河に落下した。

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