◇第35話 リュウ「復讐なんてやめなさい!」ターシャ「嫌です!」

文字数 3,478文字

リュウとターシャは数年の時を得て再会した。



まさかこんな形で、世界支配を目指す

魔女と騎士として会うことになるだなんて。



かつて親しかった友の来訪は思いもよらず、

ターシャは動揺を隠せずにいた。



また会えて嬉しい、でもどうして今になって・・

色々な思いが複雑に交錯する。



「あの日、ドラゴンが村を襲った日以来ね」

「短いようで長かったな」



戦闘体制を解く。

彼との過去の思い出が懐かしく胸に迫りよみがえった。



「あれから・・どうしていたの?」

「君と最後に別れた後・・色々あったよ」



彼の話によると。



ターシャ達親子を逃がすために村人達に、

嘘の行方を言ったがばれてしまい村を追われてしまったという。



どうやら彼がターシャ達の味方側の人間だと

知られていたようなのだ。



ドラゴンとの戦いを目撃していた一人の村人によって。

リュウは彼の父と共にターシャ達に追いつこうとしたが、

全ては事が終わってしまった後だった。



「ターシャ達が殺されてしまったと聞いて、本当に辛かった」

助けることが出来なかったことを悔いたまま旅に出たという。



その数年後、旅先で魔女が現れ、

街や城を襲っているという噂を聞いたらしい。



「噂を聞いたときはもしやって思ったよ。

 魔女が君じゃあないことを祈っていた一方で、

 心の片隅ではおそらく君だろうと思っていた」



だからこの城にやってきた時

彼は驚いた様子だったのだろう。



「それからの日々僕は鍛錬に鍛錬を重ねた。

 世界の平和を守るため・・・・・魔女を倒すためにね」



そして今日とうとうここにやってきた。

ターシャはリュウの言葉に警戒心を纏い始める。



「やはり君だったんだね、ターシャ」



「そうよ・・あと少しで世界制覇を

 完遂しようとしている魔女は、この私よ」



悲しげに漏らす彼に、

戸惑いながらも堂々宣言する。



二人の間に居心地の悪い重苦しい沈黙が訪れる。

「僕は君を殺しに来たんじゃない。

 こんなことはもうやめるように説得に来たんだ」



「説得ですって?」

ターシャは嘲笑する。



「君のそんな姿は見ていたくない。

 君が本当は悪い人間じゃないのは昔から知っているんだ」



「もう遅いわ。家族を殺され復讐を誓ったあの日から、

 私が何人の人間をこの手にかけてきたと思っているの」



リュウの願いといえども

こればかりは聞くわけにはいかない。



「だからこそもうこれ以上

 その手を汚させるわけにはいかない」



「今更やめたとしても・・

 この世界には私の居場所なんてどこにもないわ。

 あるのは魔女を拒絶するだけの世界よ」



「一生許されない人生になるのかもしれないけれど・・

 それでも君には罪を償って全うに生きていて欲しい」



「そんな人生まっぴらごめんだわ。

 私は絶対にこの世界を許さない・・決して許してはいけないのよ!」



家族を殺された時のことが、

鮮明に昨日のことのようによみがえった

ターシャは吐き捨てるように言った。



肩がわなわなと震えている。

彼は痛ましいものを見るように呟く。



「生き方が歪んでしまうくらいに、大切に思っていたんだね。

 家族のこと・・。でもそんなことをしても

 君の両親や、アルクは喜ばない」



家族のことに触れられ、

ターシャに怒りの感情が湧く。

高ぶるままに思いをぶつけた。



「あなたに何がわかるっていうのよ!

 大切な家族を殺されてしまった私の気持ちなんてわからないわ!」



話は平行線を辿るのみだった。

「どうしてもやめないというのなら

 僕は君を倒さなくてはいけない。

 この世界の平和を取り戻すことが僕の使命だから」



「私を・・殺す?」



リュウは答えずただ悲しげな表情をしている。

少年だった頃、彼が語っていたことを思い出す。



母が愛していた世界を守りたい、

そのために騎士になるのが夢だと。



その信念の元彼はこうしてターシャを

止めようとしてるということだろう。



「私のことを邪魔をしようっていうのなら・・

 あなたも敵よ!」



ターシャのこの想い、恨み、復讐、

行いを理解してくれないというのなら、



たとえリュウであっても、ターシャの敵だ。

憎むべきこの世界の一部だ。







両者が戦闘体制になる。

分かり合うことのない話し合いはもう終わりだ。



かつて親しかった友と、生死をかけた戦いが始まる。

まだ幼い頃こうなることを誰が想像するなんてできただろうか。



毎日、会っては笑い合った日々から、

現在は互いを倒そうとそれぞれの思いを胸に対峙している。



決して自ら望んだことではない。

どうしてこんな結果になってしまったのだろう。



どこで間違ったのだ。

魔法を使った時から?



それともターシャ自身が生まれてきたこと自体が間違っていたのか。



運命とは、時の流れとは何て残酷なものなんだろう。

ターシャの胸は張り裂けそうに痛み、悲鳴をあげていた。



リュウも同じ気持ちなのかもしれない。



でももう戻れない。



輝かしい彩りに溢れたあの頃に引き返すことはもう、

出来ない。二度と、永遠に。



リュウは剣を構え、ターシャは腕をあげる。

戦いが再開する前に、ターシャ、と彼は呼んだ。



静かで落ちついた声だった。



「僕はまだ諦めないよ、

 君ならきっとわかってくれるって信じてる」



澄んだ青い瞳と共に見つめられて、

その言葉が心に染みた。



だがターシャは答えることはせず、

踏み出して戦いの幕を自ら開けた。











リュウとの決着はつかなかった。

互いの実力が均衡しあいどちらも一歩も譲らなかった。



世界を制圧する寸前くらい、絶大な魔女に成長した

ターシャを相手にしてリュウはまったく

遅れをとることがなかったのには驚愕した。



ドラゴンを倒した少女の頃から更に

桁違いな魔力を身につけたターシャ。



そのターシャと互角に戦っているリュウ。

少年の頃から強く格闘のセンスはあったけれど、



おそらく相当血の滲むような修行を

積み重ねてきたのは想像に難くなかった。



鎧の至る所にひび割れを走らせ

リュウは片膝をつき剣で体を支えている。



ターシャも魔力の大量消費で

足がふらつき今にも倒れそうだった。



二人の荒々しい息遣いだけが

天井の高い玉座に存在する。



互いに疲労し死力を尽くしたまま見つめ合う。



「残念だけれど今日の説得は諦めよう。

 でも近い内にまたここに来るからね」



「フ・・命拾いしたわね。

 次こそ決着をつけてあげるから覚悟していなさいな」



本当はそんな余裕などどこにもないのに虚勢を張った。

弱みを見せたくなかった。



そんなターシャの胸の内を察してかどうかはわからないが、

彼は笑みを残し居城を後にしていった。







初めての戦いから後、

何度もリュウはやってきたが勝敗がつく事はなかった。



彼との戦いに魔力の多くを割くことになったために、

世界を制覇する活動が停滞していた。



ターシャは城や街を襲う際、魔力で操る兵士達を従える。

その兵士達を使役する魔力が不足しているのだ。



リュウの行動はターシャを倒すには至らないけれども、

勢いを食い止める形となり、

結果的に彼の望む方向に進んでいるのだった。



野望を邪魔される苛立ち、

もどかしさをターシャは持つようになった。



しかし一方で心の中で別の感情を抱くようにもなった。

なんだろう、うまく言葉にできない気持ち。



ターシャは居城で過ごし消費した魔力の回復をする間、

リュウのことをよく考えるようになった。



これまでの挑戦者をはるかに凌ぐ力、

殺すことを目的とせず、

ターシャのことを本気で説得しようとしている。



数年前ターシャが魔女だと知っても味方してくれた

あの頃ならいざ知らず、多くの人々を殺した今でもだ。



あらゆる所から敵意を向けられる中で、

そんな夢物語を口にするのは彼だけだった。



彼は今頃どうしてるだろう。

次はいつ来るのだろうか。

玉座に上がってくる階段のほうをしきりに気にしたりした。



彼をそんな風に意識している自分に気づき、

馬鹿馬鹿しい、とターシャは一人自嘲した。



拒絶しながらも彼と再会できたことを

喜んでいるというのだろうか。



まさかそんなことはない。

もうあの頃とは違うのだ。



互いの立場も取り巻く状況も、

抱く想いも、何もかも。





しかし・・・もしも。





ふと思ってしまった。

もしも彼の言うように、罪を償う道を歩めたなら。



リュウはそんなターシャのことを

世界の非難から守ってくれるのだろうか。



茨の道を歩むターシャを彼がいつも側にいて、支えてくれる、

どんなに辛い思いをしたとしても

決して裏切られることなどなく励ましてくれる・・



そんな優しい色彩の光景を描いてしまった。



気持ちが揺らぎ流され力が抜けそうになった時。

思い描いていた光景を遮るように、

家族を目の前で殺された映像が胸に迫った。



かぶりを振り描いた夢物語を打ち消す。

いけない。家族のことを強く想う。



惑わされては駄目だ。

もう決めたのだ。





復讐の道を歩むのだと。
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