◆第17話 香南ちゃんのお父さんとお母さんはこんな人でした☆

文字数 2,080文字

 学校の授業が全て終了し放課後になった。

陸、桃子、アンパンはそれぞれ運動部に所属しているから

何もクラブに入っていない香南とはここでお別れだ。



「日曜日、さっき言った待ち合わせ場所にきちんと来いよ」

「サボったら駄目だからね、香南」

「久々の四人だ。楽しんで行こうぜ! 香南」



思い思いに声をかけてきた彼らに、はいはい、と生返事で答えて

香南は一人小さく手を振って見送った。



すっぽかそうかしらと思っていたら(まあ、冗談だけど)

先手を打って釘を刺されてしまった。やれやれと肩を揉んだ。



 学校から徒歩で三十分ほど。

住宅街の中、香南はどこにでもありふれた、

二階建て住宅の前に立っていた。



無表情で門を抜け、ドアを開ける。

玄関先で靴を脱いでいると早速リビングの方から聞こえてきた。



両親の言い争う声が。両親は共働きで、今日は珍しく両方とも帰宅が早かったらしい。

ああ、今日もまたかと特に何の感慨も抱かず家に上がる。



とうの昔から両親の喧嘩など日常茶飯事だ。

離婚していないのが不思議なくらいに。



いやお金とか財産関係の問題があるから続いているのか。

香南は顔を合わさず、自室に直行する。



あいさつしないのを咎められることもない。

彼らと一日に一言も言葉を交わさないなんていうことはそう珍しいことではない。



他の家ではどうか知らないが香南の家ではこれが普通なのだ。

家庭内の空気は冷たく冷え切っていたが、

これまで不満を持ったり、苦しいと感じたことは一度もない。



むしろこれが自分にとって普通のことであるのだと、

家族とはこういうものだとさえ思っていた。



だからか陸や桃子達がそれぞれ、仲が良い家族の話をしているのを聞くと驚いてしまうのだ。

彼らの方が正常で自分の家族、自分の考え方が異常なものだったのかと。



  父も母も小さな時から香南のことには関心を持っていないようだった。

香南の記憶の中では親らしいことをしてくれたことは一度もない。



学校の授業参観や運動会、学園祭などには一度だって来たことはない。

親子でしなくてはならない行事などは陸の両親がいつも変わりをつとめてくれたくらいだ。



誕生日だって祝ってもらったこともない。

おめでとうの「お」の言葉だって聞かない。



まあ、会話自体しないのだから当たり前か。

プレゼントをもらったこともないし、

クリスマスとか一般的に子供が喜びそうな催しも一切なし。



  父は仕事に趣味ばかりで休日にほとんど家にいない。

母は他に男がいるのか知らないが、父と似たようなものだ。



要するに家族や娘のことよりも自分たちのことが第一優先なのだ。

香南はそんな彼らを非難したり憎んだりはしない。



何も望まないし、期待もしていない。

彼らに対して何の感情も抱いてはいないのだ。



物心ついた頃から冷めた感情で、ただ一緒に住んでいる同居人と思うようになった。

香南の冷めた黒目がちの瞳には両親の姿がぼやけた虚像のように映っている。



生物学的にただ肉親であるというだけで他人なのだ。 



  あれは小学校に上がったばかりの頃だったか。

両親が不仲でものが飛ぶくらいまでに喧嘩が発展した。



香南はやむなくとばっちりのような形で家を追い出されてしまう。

西の空に落ちていく陽が、

公園のブランコで一人座る香南の顔をオレンジ色に染め上げていた。



特に寂しいとは思わなかった。

ただ何の感慨もなく心の中をぽっかりと空洞が支配するだけだった。



無心に近い。自分の靴の先を見つめながらぼんやりしていた時。

「香南、何してるんだ。こんな所で」



地面から顔を上げると母親と連れ立った陸がいた。

「どうしたの? お家の人は?」



陸の母親は心配そうな顔で聞いてくる。

普段はとても明るく優しそうな雰囲気をしていて、家庭的な人だ。



ヒステリックで自己中心的な香南の母親とは正反対。

「仕事がいつも遅くでまだ帰って来てなくて・・」



正直に言うとややこしくなると考えて嘘を言った。

「晩御飯どうしているの?」

「適当に何か買って食べてます」



彼女はまあ、そうなのと考え込むように頷くと。

「じゃあご飯食べにうちに来ない?」

え、と思わず顔をかためる。



建前的な言い方ではなく毒気を抜かれるくらいに、

陸の母はニコニコと屈託がない。



「うんそれはいい。香南うちに来いよ」

陸も同意する。困惑して返事を返さないでいるうちに、じゃあ決まりね、

と強引に話を進められ腕を引っ張って立たされてしまった。



「ち、ちょっと待ってください」

「何?」

二人がこちらを振り返る。口籠りながら言う。



「いきなりその・・迷惑だろうし」

本音は他人の家で食事するなど面倒くさいし、

香南は一人で食事を採りたいと思っているのだ。



「いいのよ。そんなこと気にしないで、大勢で食べた方が賑やかで楽しいんだから」

もう決定のようでさあ、行きましょうと引っ張られそれ以上何も言えなくなってしまった。



妙な展開になってしまったなと思った。

あの両親のことだから香南の帰りが遅くなったことなど心配しないだろう。



まともなご飯を用意してくれはしないだろうし。

仕方なくもう断れる雰囲気でもなかったのでついていった。



まあいいかと軽い気持ちで誘いを受けることにしたのだった。
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