◆第13話 もしも拒絶されたら怖くて桃子ちゃんは香南ちゃんにはなしかけれないっ

文字数 3,158文字

 その日の最後の時間は体育だった。男子とは別で女子のみで行われる。

期間ごとに取り組む種目が変わるがこの時期はソフトボールだった。



体育教師は二人一組ペアを組んでキャッチボールをするように生徒に指示を出す。

女子達が各々仲の良い者同士ペアを組んでいく中、



一人無表情で香南が立っていると声をかけられた。

そんな人間はクラスで一人しかない。



「香南、一緒にやりましょ」

桃子が笑顔でこちらにやってくる。

太陽の下、光に照らされた彼女のブルマ姿は女の香南から見ても眩しい。



別に変態的な目で見ているわけじゃない。

さらさらの髪を後ろに束ねてうなじが見える。



ブルマからのびた足は健康的で瑞々しく、純粋に綺麗だと思えた。

とはいえ、みとれていてはいかんいかんと、頭を振る。



周囲ではちらちらと他の女子生徒達の視線がこちらに注ぐ。

桃子はクラスで人望がある。



普通なら彼女は一緒にいるだけで楽しい気持ちになれる子だろうから。

組みたかった女子はきっとたくさんいたはずだ。



それなのに彼女は香南を選ぶ。

もう体育の時間では当たり前のようになっていた。



「どうしたの? 私の顔見て。あ、やだ。何か顔についてる?」

香南にじっと見つめられて、自身の顔を両手で擦っている。



勘違いしている桃子を見ながら、

香南は彼女と初めて話した日のことを思い出していた。







  あれはいつ頃だったか。

高校に入学してまだ数回目の体育の時間だったと思う。



二人一組のペアを組むようにと教師の指示の元、

クラスメイト達が動いている中。



誰とペアを組もうとするでもなく、

おろおろするでもなくぼんやり立っていた香南に桃子は声をかけてきたのだった。



「藤倉さん、一緒にやりましょう」

一度も話をしたことがなかったから少し驚いた。



彼女は明るく教室でも目立っていたので、

他人に興味を示さない香南でもその存在だけは知っていたのだ。



他のクラスメイトがペアを組もうと彼女のことを呼んでいた。

「他の子とやればいいでしょ」



立ち去ろうとすると、待ってと手首をつかまれた。

「私は藤倉さんとやりたいのよ、ね」



香南が冷たく断っても、彼女は引き下がらなかった。

それどころか強引に話を進めてしまった。



人気者の彼女が何故日陰者の自分などと、訝しんだが、

おそらくどうせ珍しいもの見たさ、興味本位のことだろうと結論づけた。



一度接してみて面白みのない人間だと実感すれば、

もう近づいて来ることもないだろう。



だからそれきりのことだと思っていだ。



しかし香南の予想は裏切られた。

体育の時間以来、それがきっかけにでもなったかのように休み時間にも。



果ては陸やアンパンに加わって香南に接しかけてくるようになったのだ。

彼女のような人間がどうして香南に構うのかまったく理解できなかった。



日がたってから一度聞いたことがある。

どうして自分なんかに構うのかと。



目をぱちくりとさせた後、照れたような笑みを浮かべて彼女は言った。



「あなたにはあなたのいい所があるからよ。皆もあなた自身も気づいてないだけでね」

思わず面食らってしまった。



「例えば?」

「例えば? う~ん」



眉間に皺を寄せて真剣な顔で考え込んでいる。

「もういいわよ、無理に答えなくても」

「あーっ待って待って言うから!」



香南は呆れぎみにため息をついた。どうせ思いつきで言ったに違いない。

一緒にいても面白みも何もないはずなのに。



他の女子生徒達と過ごしたほうがずっと楽しいはずなのに。

彼女は一体何を考えているのか。陸と同じで少し変わっているのだろうか。



時にはうざったく思うこともある。

けれども不思議とあからさまに拒絶したことはない。する気にはならなかった。



それはたぶん、時にはからかわれることもあるけれど、

その彼女の態度に裏や企み、

悪意のようなものが感じられないからではないだろうか。











  桐坂桃子が最初に藤倉香南と出会ったのは

高校に入学して同じクラスになってからだった。



桃子は自分で言うのもあれだけれど、社交的で、誰とでも臆することなく接してきた。

中学校でも気がつけば、人の輪の中心にいて騒がしく過ごしてきた。



だから高校で新しいクラスになってもすぐに友達ができた。

日がたつにつれて、クラスメイト達は互いの名前や顔を徐々に覚えてくる。



仲のあうもの、気の合うもの同士、自然とグループが出来ていった。

そんなクラスメイト達の中で、桃子は一人の女子生徒のことが気になっていた。



  初めて彼女のことを知ったのは、始業式を終え新しい教室でのことだ。



担任の紹介が終わると今度はクラスメイト達一人ひとりが

教壇の前に立たされて自己紹介することになった。



  皆それぞれの個性が良く出ている自己紹介が続いた。

しっかりした声で話す体育系の生徒、控えめで大人しそうな生徒、

お笑い芸人ばりに面白おかしいことを言って笑いをとろうとする生徒など様々だ。



桃子は自身の紹介を明るくはきはきと終えると、

早く皆のことを覚えようと、話に耳を傾けていた。



「じゃあ、次は藤倉さんお願い」

担任の声に、窓際の席が引かれ一人の生徒が教壇に向かって歩いていった。



彼女が教壇に立ち、クラスメイト達の方を向いた瞬間。

桃子はまなざしごと吸い込まれていきそうになった。



比喩ではなく本当にそんな感覚で。



あの時抱いた感情をどう表現したらいいのだろうか。

何とも言えない、切ないような胸が熱くなるような不思議な気持ちになったのだ。



黒目がちな瞳が印象的な彼女はパッと見てものすごく綺麗で人目をひく容姿をしていた。

その証拠に、彼女を見て男女問わず周囲がざわついた。



「藤倉香南」

抑揚のない低い声、一言それだけ言うと藤倉香南は教壇を離れようとした。



「藤倉さん、もう終わり? 何か他にいう事はないの?」

担任が驚き引き止めるように聞くと、小さく頷いただけで席に戻っていった。



教室がしんとなった。

彼女の自己紹介はほかの誰よりもっとも短くて、無愛想なものだった。



  藤倉香南。彼女の存在を知って以来、桃子は意識せずにはいられなかった。

こんなことは生まれて初めてだった。特定の人間のことが無性に気になるなんて。



  入学して数日、桃子は友達が出来、クラスメイト達全員と既に言葉も交し合っていた。

藤倉香南一人を除いて。



いつだって誰に対しても自ら心を開いて気さくに接してきたのに。

どうして他の生徒達同様に彼女に話しかけられないのだろうか。



桃子は躊躇っていたのだ。理由はおそらく。



これまで出会ってきた人間とは明らかに

違う感情を彼女に対して抱いていたからだろう。



  他の生徒達と仲良くしていても、

気がつけば目で彼女の姿を追うことが多くなっていた。



そうやって観察しているうちに藤倉香南がどんな感じの人であるのかがわかってきた。

彼女がクラスメイトの女子に話しかけられている場面を見た時のことだ。



「藤倉さん、携帯アドレス交換しようよ」

「携帯持ってないの」



にこやかに話しかけてきた女子に藤倉は淡々と告げる。

「え、そうなの、残念。でも今時持ってないの珍しいね」

「仮に持っていたとしてもどうしてあなたに教えなければいけないの?」

「え・・」



突き放すような藤倉の言葉に、

女生徒は絶句し気を悪くしたように離れていった。



他にもクラスメイト達が彼女に接触していたが、

皆同じような結果になっていた。



彼女は誰に対しても無愛想で冷たかった。

だから自然としばらくすると誰も彼女に話しかける人間はいなくなって

教室の中でぽつんと一人孤立した状態になっていた。



桃子は頃合を見て彼女に話しかけてみようと思っていたが、

クラスメイト達が悉く疎まれているのを見ていたために、

躊躇いに余計拍車がかかってしまった。



彼女に拒絶されたらと想像すると怖くてしかたなかった。

今まで生きてきた自分では考えられないくらいに怯えていた。



それぐらい桃子のなかでは彼女が特別な存在となっていた。
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