◆第32話 奇妙な夢を見る香南ちゃん★

文字数 2,225文字

「香南、待ってくれ」

放課後、速やかに帰ろうとしている所を陸につかまえられた。



今回は何と手首をつかまれていた。

呼び止め、つかんできたのが陸だとわかると

香南は悲鳴をあげそうになった。



朝からずっと避けてきて、

今になって始めてまともに二人顔を合わせた。

声がどもってしまう。



「な、な、ななななな何っ」

「話があるんだ。ちょっといいかな」



つかまれた腕に力が込められている。

今度は逃がさない、という彼の意思がひしひしと伝わってきた。



「いいけど・・」

「ここじゃああれだから場所を移そうか」



香南は観念して彼の後について行った。

一体どんなことを言われるのやら気が気でなかった。



告白の返事を聞かせてくれと言われるのだろうか、

考えるだけで頭がパンクしそうだった。



やってきたのは校舎裏、ほとんどの生徒は下校し人気はなかった。

向かい合うと香南は片方の腕を抱えるようにして身構える。



「この間はいきなりなこと言って悪かったな」

頬を掻きながら彼が口を開く。



「そのなんていうか、もしも香南の負担に

 なっているならだけどさ、気にしないで欲しいんだ」



香南は絶句した。押し殺した声で問う。



「忘れろってこと・・・?」

「香南を困らせるために言ったわけじゃないんだ」



無意識に恐怖が引いていき、代わりに

じわじわと憤慨とも怒りともつかぬ感情が湧き起こってくる。



一方的に告白してきて気にせず、

忘れて欲しいだって?



そんなの無理に決まっているだろう。



なかったことにして前のように振舞うなんてなんてできない。

だからこそこうやって日々悶々としているのに。



男の子って何考えてるんだろう。

頭の方に血が上ってきた。



「話はそれだけ?もう帰りたいんだけどいいかしら」

「あ、ああ。時間とってもらって悪かったな」



香南の態度に気圧されたように彼は頷く。

怒りを心頭させたまま、香南は彼を残して歩き出した。



ふとあれ?と我にかえる。

どうしてこんなにも怒っているんだろうと。



何故彼に幻滅したような感情を抱いているのか。

自分は一体どんな態度を彼に期待していたというんだろう。



恥ずかしくて怖いながらも本音では

香南の気持ちを問い詰めて欲しかったのだろうか。



わからない。

己の心を持て余してしまい答えなんてだせなかった。



それによくよく考えると・・返事を聞かせてくれ、

といわれたらどう答えたらいいかわからず

怖くて逃げ回っていたのは香南だから、

彼に大して怒る資格はないかもしれない。





それからの日々、あまり彼との関係は変わることなく過ぎていった。

桃子は陸から事情を聞いたらしく、

私の言った通りだったでしょうと、予想通りの言葉をくれた。



「いくら陸君が告白にこたえてくれなくていいって言っても、

 甘えたら駄目よ。ちゃんと返事してあげなきゃ」



出来るものならとっくにしていると言いたかった。

自分の気持ちがいまいちはっきりしないのだ。

陸のことが本当に好きなのかどうか・・・・



もしもこちらも好きだと答えれば、

二人は付き合うことになるんだろうか。



世間一般的なカップルに?考えられない。

これまでにもずっと考えてきたことだが、

陸には自分みたいな変わった女より、もっと全うな女性が似合うはずなのだ。

いくら彼が香南のことをどれほど好きだったとしても・・・。

その方が陸も幸せになれると思う。



香南の知らない香南以外の女性と陸。

二人は幸せそうに笑っている。

そんな光景を想像した時。



香南の胸をさす痛みが生まれた。







  朝。けだるい体をベットから起こしてカーテンを開ける。



空はどんよりと曇り、青空は見えず、

今にも泣き出しそうな感じだった。



額に手をあてぼんやりと窓辺に立つ。気分が優れない。

何か奇妙な夢を見たからだ。



どんな内容の夢だったのかは覚えていない。

ただわかるのはいつも見る夢とは違い、

どこか濃い内容の夢だった気がする。



夢なんて日々の積み重ねの中に忘れ去られ、

埋もれていくものなんだからと、

香南は最初のうち気にとめないことにした。



だがしかしー頻繁に同じような質の夢を

見るようになり無視するわけにもいかなくなった。



夢の内容も多様で、ただ嫌な後味が残るだけの夢、

恐怖に身を引き裂かれそうな夢、

悲しい気持ちになる夢、

気分が晴れ渡るような夢もあった。



思い出そうとしても夢は明確に像を結ばず、

印象だけが強く残っている。



その一方で逆に起きている間も夢に

対する意識が頭の中の多くを占めるようになってきたのだ。



そして全てに共通するのはどれも同じ風景の中の夢。



目が覚めたらほとんど忘れ去られているのだが、

おぼろげながら覚えているところがそれだった。



どこか・・はるか遠くの世界。

こことは全く違う異国の、

外国のような風景。



深い山々に囲まれた町。

町はずれにたたずむ湖面の美しい湖。



断片的に残っている記憶だった。



毎回場所が限定されている

夢を見るのはどう考えてもおかしい。



香南は自分に起きている異変に戸惑った。

陸に告白されて精神が疲弊する毎日を

送っているからこんなわけのわからない夢を見るんだろうか。



香南の思惑をよそに更に夢は

眠りの中で止まることなく展開された。



微妙な変化ではあったが、

おぼろげながら夢が輪郭を持ち始めた。



人懐っこい小さな男の子。



一緒に住む大人の男性と女性。



化け物に襲われる夢。



自分よりも何十倍の大きさもある

怪物を触れもしないで倒してしまう夢。





そして・・・・・・







崖から身を投げる夢。





徐々に形を帯びていくように具現化していく。

覚えている部分も多くなっていった。





これは一体何を意味しているのだろうか。
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