◆第36話 香南ちゃんへサプライズの贈り物!

文字数 3,241文字

夜の六時ごろ、香南は自宅のベットの上で大の字になって寝転んでいる。

視点の定まらない視線を宙に泳がせていた。



外は暗くなってもカーテンを引かずにいたから

街灯の光が部屋の中に忍び寄るように差し込んでいる。



家に帰ってきてから着替えずにもうずっとその状態でいた。

制服がしわになっている。



陸に告白されたことが、

霞んでしまいそうになるくらいのことを占い師に告げられたのだ。



頭の中でそのことが何度も反芻され、

精神がまともだとはいえない状態だった。



家のチャイムが鳴り来訪者を告げた。

香南は起き上がるのも面倒くさくそのままでいると、

何度もチャイムが鳴らされる。



しつこいな、と思いながらのろのろと起き上がり玄関に向かう。

両親は仕事で留守だった。



ドアを開けると、

私服姿の桃子が立っていた。



「こんばんはっ、わっどうしたのよ制服姿で」

「帰ってすぐ寝てたのよ」



来て欲しくない人物が来たな。

「今から出れない?」

「今日はそんな気分じゃないんだけど」



「是非とも香南に見てもらいたいものがあるのよ」

「興味ないからいいわよそんなの」



断りながらもなんだろう、

と思わないでもなかった。



しかし毎回こんなパターンだな、としみじみする。

デジャブを見ているようだ。



「絶対面白いから、ね、行きましょうよ」

腕を引っ張られる。



「ちょっと、待って待って待って」

今の香南に強く拒否する気力もなくて結局。



「わかった。行くから着替えさせてよ、せめて・・」

数分後無理やり桃子に連れ出されていた。



先を歩く桃子はルンルンと足取りも軽く、

鼻歌まで歌って気分が良さそうだった。



どんよりもやもやした香南とは大違い。

しかしどこに連れて行く気なのか。



賑やかな繁華街に行くわけでもなく、

電車に乗るために駅に向うでもない。



人気もほとんどない暗い夜道を歩いていく。

ふと気がついた。



やたらと角を曲がったり、細い道に入っていき

目的地が特定されないと思ったら。



気がつけばいつのまにか陸の家の近くまで来ていた。



「やっぱり帰る」

桃子の思惑が読めた。



最短距離をとって行くと、

すぐに香南にどこに向かうかばれるからだろう、

明らかにわざとらしく遠回りしてここまで連れてきたのがわかった。



香南は立ち止まり、踵を返そうとした。

何を企んでいるか知らないが、

素直に陸の家に行ってやるつもりはない。が。



「ばれちゃったか、でもここまで来てもう遅いわよ」

がっちりと両腕をつかまれる。



動けない。日々運動部で鍛えている桃子。

帰宅部の香南では抵抗虚しく引きずられてしまう。



「いやっ、離せっ離しなさいっ!」

「もう観念しなさいな、いつまでも陸君から逃げてちゃ駄目なんだから、

 一生そうやって避けていくつもりなの?」

「う・・・」



返す言葉がない。ひるんだ所を一気に持っていかれる。

もう陸の家はすぐそこで見えてくるところまで来ていた。



家の前に人影があった。

おばさんが立っていてこちらに気がつくと

笑顔で手を振ってきた。



「あ~~~・・・・・・」

「おばさんの前ではもう逃げれないわね」



がくりと肩を落す香南をぽんぽん叩く。 

「いらっしゃい香南ちゃん」



おばさんは満面の笑顔で迎えてくる。

「最近どうしたの?

 全然顔を見せてくれなったからすごく心配していたのよ」



桃子のほうを見ると彼女が首を振る。

どうやら真相はおばさんに話していないらしい。



「こんばんは・・あの・・・」

非常に気まずい。



まさかあなたの息子に告白されたから

恥ずかしくて来れませんでしたなんてこと、言えない。



「さあさ、話は中ででもできるわ。

 入って入って、皆香南ちゃんのこと待ってたんだから」



なんとも答えられないまま、背中を押されて家に招かれる。

おばさんの手前もう引き返せない。

しかし皆待っているって・・。



玄関を上がり廊下を歩く。

リビングに入って気がつく、

部屋の照明がつけられていない?真っ暗だった。





「おばさん?桃子?」

後ろから背中を押すように

部屋に入れられたから後ろを振り返る。



その瞬間。

ダイニングからパンっと弾けたような音が聞こえた。



それから火薬の匂い。

これは確か・・。照明がパッとつく。



テーブルには陸とアンパンが、

やはり放たれたクラッカーを持って立っていた。



「よっ、香南。誕生日おめでとさんっ!!」

「おめでとう、香南、今日で十六歳だな」



二人口々に言う。

「香南ちゃんおめでとう」

「おめでとう香南」



おばさんと桃子が笑っている。

「誕生日・・・・・」



呟いて、テーブルを見ると中央にケーキが置かれている。

ハッピーバースデイ、それからKANAとローマ字でつづられた、

板チョコと共に。



その周りにはローストチキンやサラダなど

その他豪勢な料理が並んでいた。



ああ、すっかり忘れていた。



そういえば今日は香南の十六歳の誕生日だった気がする。



色んなことで立て込んでいて、まったく頭になかった。



普段何もなくても、自分の誕生日なんて興味がないし

意識するものでもないから忘れていたかもしれないけど。



桃子が言っていた面白いことってこれのことだったのか。

皆の様子からわかったこと。

前々から香南に内緒裏で計画を立てていたんだろうか。



「思った通りね、自分の誕生日忘れてたでしょう」

「香南駄目じゃねーかよ、自分の生まれた日は大事にしなきゃっ」



桃子とアンパンに突っ込まれて、

その通りなので言い返す言葉もない。



「お前は祝い事でご馳走を食うのが

 目的なんじゃないのか」

陸が突っ込みを入れる。



「そんな薄情な人間に見られてたのか俺はっ、

 まるで本能だけで生きてるみたいじゃないかっ」



「実際そうじゃないのか?」

「心外だ!ひでーっ!俺はちゃんと

 祝福しようって気持ちあるからな、香南」



「はいはい、香南ちゃんには

 真ん中に座ってもらって、乾杯しましょう」



陸らを丸め込んで、おばさんがグラスにシャンパンを注いでいく。

あれよあれよと香南はグラスを持たされる。



「それではでは!香南の十六歳の御誕生日を祝して乾杯っ」

桃子の音頭に合わせてグラスが合わされ、

硬く高い音が鳴り響く。



皆と合わせる中で、

香南は陸ともぎこちなく合わせた。





賑やかな食事が始まった。

「おかわりもあるから、どんどん食べてね」



「コラ、アンパン、肉ばっかり食うな」

陸がアンパンの頭をはたいている。



「おばさん、これすっごいおいしいっ、どんな味付けしたんですか」

目の前で楽しそうに繰り広げられる光景を、

じっと見つめる。



これまで小さい頃から陸やおばさんに祝ってもらったことはあるけど。

高校生になって新たにアンパン、桃子が加わって、

こんな大勢に祝ってもらうのは初めてだった。



両親さえ祝ってくれなかった誕生日を他人であるはずの彼らが、

本人すら忘れていたのにきちんと覚えてくれていて祝ってくれている。



胸に熱いものがこみ上げてくる。



正直、嬉しい。

この気持ちをきちんと伝えないといけない。

気恥ずかしくても。



それが彼らに対する礼儀だと思ったから。

「あの・・・」



小さく声をあげても周りは気がつかなかった――。

「あの!」



だから香南は大きな声をあげる。

場がピタリしんとなった。



陸、桃子、おばさん、アンパンが動きを止めたまま、

香南に注目している。



「その・・・みんな・・お祝いしてくれて・・・・

 どうもありがとう」



顔を真っ赤にして目をきつく閉じ俯いて、

消え入りそうな声で呟くように言う。



皆の反応がない。

恐る恐るといった感じで片目を開け上目遣いで顔を上げると。

みんなの顔が優しいものに変わっていく。



「ほんとにもうっ、香南ったら、可愛いんだからーっ!」

「わっ、も、桃子っ」



桃子にがばっと抱きつかれる。

頬に頬をすりすりこすり付けられた。



「喜んでくれて何よりだわ」

おばさんが微笑む。



「香南、来年も再来年も任せろ!

 俺たちががっちりきっちり祝ってやるからさっ」

どんと胸を叩くアンパン。



「よかったな」

控えめに言って笑う陸。



数日前公園で香南が弱音を吐いた時。

彼が香南は皆から愛されていると言った。



そのことを証明するかのように、

ほら、お前は一人じゃないんだよと言葉にはせずとも、

そのまなざしで言われたみたいだった。
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