◇第19話 希望は捨てないでね、ターシャ!

文字数 2,067文字

 アルクと共に村を離れ、森の中の山道を出来うる限りの足早で歩いていた。

ターシャは疲労のために走ることが出来ず、アルクに肩を貸してもらいながら。



まさかこんなことになってしまうなんて。

あの時周りに誰もいないと踏んで魔法を使った。だが詰めが甘かった。



魔法を目撃した村人は、さっきの取り乱しようからして、

きっと他の村人達にターシャのことを言って回るだろう。



魔女の存在を知った彼らはどんな反応をするのか。

溢れ出す不安は次から次にとめどなく、心の中を満たしていく。



「これから一体どうなるのかしら・・」

「あのまま村にいたらお姉ちゃんはひどい目にあわされてたかも知れないんだ。

だから今は見つからないようにしないと駄目だよ・・

それにきっとリュウお兄ちゃんが何とかしてくれるよ」



朦朧とする意識の中、アルクの声を聞く。

姉を励まそうとする弟の一心が伝わってくる。



しかし状況は限りなく絶望的に思えた。最悪の結果を想像する。

おそらくリュウが先程の男性を説得しようとするだろうが、

あの怯え方からあまり期待はできないだろう。



村人にターシャのことが知れてしまう。

古来より魔女は迫害の対象とされているから、もう村にいることは出来ない。



父や母にはもう会えないのだろうか。



  どれくらい歩いただろう。日が傾き、森に薄暗い闇がかかってきた。

村から遠く離れた場所で一息つく。木々の根元にアルクと腰を下ろした。



「お姉ちゃん、そんな顔しないで」

どうやら見るからに暗く沈んだ顔をしているようで、アルクに心配された。



「今頃村じゃ大騒ぎね・・」

「まだ決まったわけじゃないんだ。リュウお兄ちゃんみたいに村の皆がお姉ちゃんに、

村を救ってくれたって感謝してくれるかもしないでしょ」



「そうね、時代は変わっているんだから、

人々の考え方も変わってるかもしれない。希望を捨てちゃ駄目よね」



ターシャは一生懸命励ましてくれる弟に微笑みかけた。

そうだ。彼の言う通り、そういうことだってありうるかもしれないのだ。



可能性は低いだろうけれど。魔女は昔の話だ。

もしかしたら過去の常識は捨て去られターシャのことが受け入れられるかもしれない。



  森の中、闇の色が入り混じりだした頃、草木を掻き分ける、

擦れるような音がすぐ近くで聞こえた。二人共びくりと飛び上がりそうになった。



「お姉ちゃん・・」

アルクと手を結び合って体を震わせる。

森の獣か、あるいは村人が追ってきたのかと恐怖した。



「ターシャ、アルク!」

森の中から姿を現したのはなんと父と母だった。

二人とも荷物の入った袋を提げている。



「お父さん、お母さん!」

「よかった。見つかって・・」



心底安堵したように母は言い駆け寄ってくる。

アルクと共に強く抱きしめられた。



不安に押しつぶされそうだった心が温められ解きほぐされる。

父がターシャの頭を撫でた。



「リュウ君といったか、彼から話は聞いたよ」

どうやらリュウがターシャ達の両親を見つけ出し事情を説明してくれたらしい。



どの方角に逃げたかも教えてもらったから、

こうして両親と出会うことが出来たのだろう。



「村は・・村の様子はどうなっているの?」

最も気になっていたことを聞くと、両親は暗く表情を曇らせた。



「村人達は・・魔女の討伐を決めたわ」

残酷な現実にショックを受けうな垂れた。



わかっていたことではあったけど、

さっき抱いた微かな希望はいとも容易に消え失せてしまった。



「だから一足先にあなた達を探しに来たのよ。村人達に見つかってしまう前に」

目には涙が浮かぶ。



「ごめんなさい・・あんなに魔法は使わないようにって・・言われていたのに」

「ターシャ・・」



母に抱きしめられた。頭を預けると優しく撫でてくれる。

「あなたは悪くないわ。魔法を使ってなかったら

今頃ここにアルクはいなかったでしょうから」



「そうだよ、お姉ちゃんは僕を助けてくれたんだよ」

アルクが強くターシャの服の袖をつかんでくる。



「ターシャが家族や大切な人達が殺されるのを黙って

見過ごせるような子じゃないって、お父さんもお母さんもわかっているわ」



「よく頑張ったね、それでこそ僕たちの自慢の娘だ」

父もターシャのことを誇るように労ってくれた。



村人達がターシャの敵に回った今、家族だけが、理解しどこまでも受け入れてくれている。

温かく包み込んでくれる、その存在がありがたかった。



心強かった。泣いてしまうほどに。



「さあ、のんびりはしてられないぞ。家族みんなで逃げよう」

「逃げてどうするの?」



立ち上がった父を見上げて問うた。

「どこか別の場所で新しい暮らしを始めるんだ」



「新しい暮らし?」

ターシャとアルクの声が重なる。



「そうよ。あなたが魔法使いだということを誰も知らない土地で一から始めるの」

まだ希望はあるわ、と母は笑う。



父もターシャを励ますように明るい表情で見つめてくる。

何も心配することはないと、心全体が抱きしめられたような気持ちになり温かくなった。



父と母の言うこれからの明るい展望を聞くうちに、

何だかターシャまで感化されて本当に何もかもうまくいくのではないかと思えてきて、

前向きな気持ちになることができた。
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