◇第25話 ターシャが犠牲になれば・・・

文字数 3,050文字

「止まって!」

母が突然短く声をあげた。

ターシャとアルクは急ブレーキをかけるように停止したためつんのめった。



「なんてことなの・・・・」

進む先、森の奥に信じたくはない絶望的な光景を見た。

オレンジ色の炎の灯りが一つ、二つ・・。



背後からの追っ手とは別に村人達に先回りされていた。

複数の足音が近づいて来る。



森の中から武装した男達が姿を現した。

背後からも数人の村人がやってきた。



間隔にして数十メートルの距離。囲まれた。

「とうとう追いつめたぞ、忌まわしい魔女め」



彼らは全員男性で、女性は一人もいなかった。

剣や斧などの武器を構えにじり寄り距離を詰めてくる。



その表情のどれもがターシャのことを

化け物でも見るかのように狂気じみていた。



母はターシャとアルクを背後に匿うようにして後退する。



「あなた達正気なの。まだこんな幼い子供を殺そうとするなんて」

「子供だろうが魔女であることに変わりはない」



村人のリーダーらしき男が答える。アルクが反抗して叫ぶ。

「お姉ちゃんはドラゴンを倒して村を救ってくれたんだ!

なのに何でこんな酷いことするんだよっ」



「ドラゴンを倒してしまえる力があるからこそ、

危険な存在なのであって放っておくわけにはいかんのだ」



「だとしても・・魔法を使えるだけで

この子は悪いことをしようなんて考えていないわ」



母が叫ぶように言う。



「今がそうだとしても、心が変わって将来我々を苦しめる可能性だってある。

 それに村の掟は絶対だ。掟に背くことは出来ない。

 ドラゴンだってその魔女が引き寄せたかもしれんしな」



母は険しい顔で村人を睨み唇をきつく噛んでいる。

彼らにはもうどんな話も通じないのだと悟ったのだ。



魔女に対する考え方は時が経過した今日においても、

古来より変化することはなく、忌まわしいものとして

人々の心に根付いたまま、殺害の対象なのだ。



「我々だけのためではない。この全世界全ての平和を守るためにも

 今その少女をここで抹殺しておかなくてはいけない」



お喋りは終わりとばかり武器を携え迫る村人達。

このままでは全員殺されてしまう。



まだ回復の兆しは見せず魔法も使えそうにない。

ここから三人が無事に逃げ出す方法はなかった。



だったら・・。ターシャは目を閉じ、心の中で決意をかためた。

ターシャのせいで、もうこれ以上家族が傷つけられるのは許せないことだった。



母の背後から前に出る。彼らの方に歩いていった。



「ターシャ?!」

「あなた達の狙いは私だけでしょ」



驚愕しているであろう母とアルクの意識を

背に感じながら、村人達に声をかける。



「私を殺したければ殺せばいい、でも家族には手を出さないで」

「ほう、家族のために身を差し出すというのか」



「駄目よ、ターシャ!一体何を考えているの!」

母は顔色を青ざめさせている。



「お母さん、ごめん。でもこれが一番良い方法だと思うの。

 私一人の命で、お母さんとアルクが助かるのなら・・」



三人全員が殺されてしまうよりはマシだ。

「いけない!こっちに戻ってきなさい!」



「お姉ちゃん、行かないで!」

剣を振りかぶった男がターシャの目の前に肉薄する。



「恨むなら魔女に生まれてきた己の運命を恨むんだな」

頭上から降り落ちてくる剣。



ターシャは胸の前で手を組み目を閉じた。









ここで死ぬんだ。



さよなら、お母さん、アルク。

お父さん。









そして・・リュウ。











剣で切り裂かれる斬撃音が森の空気を振るわせた。

だというのに。





あれ?

痛くない。





瞼を開けると血しぶきが飛んでいた。

ターシャの頬に赤い鮮血がふりかかる。





ターシャの流したものではなかった。

傷などどこにも負っていないのだから。



ターシャと男の間に飛び込んできた、

母の体がゆっくりとスローモーションのように、

空を舞って崩れ落ちていく。



「う、そ・・」



剣を振り下ろした男。

地面に横たわる母。



それを呆然と見つめるターシャ。

「お母さんっ!」





我に返り、母に駆け寄った。

アルクもやってくる。



肩口から斜めに斬撃の痕。

口からは血を吐き出している。



「逃げ・・なさい・・ターシャ」

「どうしてっ、何で私のことを庇ったの」



ターシャ一人が犠牲になればそれで二人は助かるのに・・。

穏やかな表情を浮かべ母は震える手でターシャの涙を拭う。



慈愛に満ち溢れた瞳だった。

「子供が不幸になることを・・・願う親なんていないのよ・・」



娘を想う溢れるような想いが伝わってくる。

「お母さん、死んじゃやだよっ・・」



泣きつくアルクの頬を優しく触れた。

「ごめんね・・アルク。あなた達を守ってあげられなくて・・。

 お母さんもう・・だ・・め・・みたい」





弟の頬からするりと手が落ちる。

瞼が静かに閉じられた。



息をするごとに上下していた胸の動きが止んだ。

「お母さん?お母さんしっかりして!お母さんっ」



永遠の眠りについた母はもうターシャと

アルクの声にこたえてくれることはなかった。



涙がとめどなく溢れ、母の頬に落ちた。

もう一生止まることなどないのではないかと思えるくらいに。



父に続いて母も、ターシャ達をおいていってしまった。



「馬鹿な女だ、娘を犠牲にすれば残った子供と

 逃げることができたかもしれないものを」



ターシャは男を睨みつける。



「まあどの道魔女の家族は皆殺しにする予定だから構わん」

何だって?意識が凍りつく。



ターシャだけじゃなく母やアルクも最初から殺すつもりだったのか。

命を差し出そうとした自分の行為は無意味だったのか。



だとしたら母は無駄死にしたということなのか。

そんな・・・そんな。



胸をつく悲しみと絶望感に打ちのめされている間にも、

村人達は武器を携え近づいて来る。



いけない、今はまだ悲しみにくれている場合じゃない。

ターシャ達は殺されようとしているのだ。



母にすがるアルクの肩に手を置いた。

涙で濡れた瞳に、ターシャは首を左右に振った。



唇を血が出るくらいにきつく噛み締めて、胸の痛みを堪えた。

「行くわよ・・アルク」

「お姉ちゃん・・」



母の顔を見、それから小さく囁くと弟は泣きながらも頷いてくれた。

辛くとも今は悲しみに浸っている場合ではないと理解してくれている。



横たわる母親の手を胸の前で組んで、心の中で告げた。



さようなら、お母さん。

村人達のふいをつくように、母を残して二人即座に走り出した。

森の中に逃げ込む。



「おい、待て!」

村人達も当然後を追って来る。

ターシャもアルクも気持ちは同じ。しっかりと手をつないだ。



逃げ切れないとわかっていても逃げのびないわけにはいかなかった。

命を懸けて守ってくれた父と母に報いるために。



何が何でも生きなくてはいけない。

それが父と母の願いだから。



ターシャとアルクは涙で瞳を濡らしたまま、

目指す目的地もなく走り続けた。



村人達の魔の手から逃れるためだけに。

逃がしてなるものかと村人達が武器を掲げて追ってくる。



ターシャ達が逃げ延びれるのか、それとも捕まって殺されてしまうのか。

果たして天はどちらに味方するのだろう。



鬱蒼と茂る、道とは呼べない木々の中を通って数分、

森がなくなり唐突に視界が開けた。



ターシャとアルクは足を止め目を見張った。

「・・・・そんな」



運命を呪いたくなった。数メートル先。

木々のなくなった地面が長く突き出すように延び、



その先の方は地面が突然消え去り、月の光が降り注ぐ空があった。

道がそこで途絶えていたのだ。絶望したようにアルクが呟く。



「行き止まり・・」

切り立った地面の下は断崖絶壁。



はるか下方には河がうねるように

壁伝いに沿い流れているのがかろうじて小さく見えた。



幾分もしないうちに村人達がやってくる。

無数の慌しい足音がターシャ達の背後で止まった。
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