◇第9話 お父さんは年頃の娘が心配で心配でたまらん(涙)

文字数 2,778文字

 ある日のことだ。湖でいつものように魚の獲り方を

アルクがリュウに教えてもらっていた時だった。



槍を水面に投げこみ続けたのはもう、千回は軽く超えていたが一回も成功したことはなかった。

失敗するたびに悔しさをあらわにしながらも、根気よく続けていた。



湖を睨む弟の幼い顔に集中力がみなぎっているのがわかった。

リュウが魚を狙う時と同じ顔つきをしていた。



端から見ているターシャの所にも緊張感のある空気が伝わってきて、

思わずごくりと喉を鳴らした。



今だ、といわんばかりに目を見開くとアルクは槍を投げ込んだ。



空振りとは違う槍の行方。

槍は見事に、水面に浮かんできた魚を貫いていた。



「やったぁ! 初めて魚が獲れた! やったよぉ!」

岩場の上でアルクが飛び跳ね、体全身で喜びを爆発させている。



リュウもわが事のように嬉しそうに笑っている。

「おめでとう! よく頑張ったね」

「ありがとう、リュウお兄ちゃん!」



リュウとしっかり握手しブンブン振り回した後、こちらに駆けてくる。

「お姉ちゃん! 見た? 僕やったよ!」



「ええ、しっかり見てたわよ。毎日あきらめずに頑張ってきた成果がやっと出たね」

抱きついてくる弟の頭を目一杯撫でてあげる。



笑顔を弾けさせて本当に嬉しそうだった。

弟の喜びはわが事のようにターシャにとっても喜ばしいことだ。



一緒になって大切に分かち合う。

内心では小さいアルクには難しいのではないかと思っていたから、正直とても驚いていた。



リュウの指導が上手だったのもあるだろうけれども、それを抜きにして純粋に一人の小さな男の子が、大人でも難しい所業を成し遂げてしまうなんてすごいことだ。



我が弟の、途中で投げ出さない粘り強さと

成長を目の当たりにして素直に感心させられた。









「最近いいことでもあった?」

「え、どうして?」

母と我が家の調理場で並び、晩御飯の支度をしていると、

ふいにそんなことを聞かれた。気がつくとターシャ自身鼻歌まで歌っていた。



「ターシャったら最近、なんだか楽しそうだから」

そうかな、と首を傾げて見せるとアルクが駆け込んできた。



「新しい友達が出来たんだ!」

「まあ、そうなの。それは良かったわね。この町の子?」



包丁で器用に野菜の皮をむきながら訪ねてくる。

母はこの間弁当を作った時から薄々、気づいていたことだと思うけれど・・。



「ううん、旅人の子だよ。湖に住んでるの」

今度はいきなり慌しく父親が駆け込んできた。



「何? それは男の子か?」

聞き捨てならない、という風に母との会話に割って入ってくる。

父ははらはらと心配そうな顔をしていた。迫力に少し気圧される。



「お、同い年の男のよ」

「ターシャまさかお前、その男の子のこと・・」



悲愴に顔を歪めて呟く父の言いたいことを察して、

慌ててムキになり否定する。



「もうっ、そんなんじゃないったら! ただのお友達よっ」

激しく手を振りながらも頬が火照っていた。

父は我が娘の言葉が信じられないみたいで、本当かと疑りぶかそうにしている。



母が父をなだめる。

「あなたったら。ターシャだって女の子なんだから、ボーイフレンドの一人や二人いてもおかしくないでしょう」



「いーや! まだ早すぎるぞ。もっと大きくなってからだろう」

「お母さんがターシャぐらいの歳には仲のいい男の子ぐらいいたわよ」



父は頭を掻き毟って得体の知れない絶叫をあげる。

父親としてはやはり娘のことが心配で気になるのだろうか。



変な男につかまってないとか・・。

リュウと出会えてよかったと思ってる。楽しい思い出が出来たしアルクも喜んでいる。



新たな友達が出来たことで生活に色鮮やかな彩りが加わり、

何でもない日常が輝きを増したからターシャ自身楽しそうに見えたのだ。



友達。そう、リュウは仲のいい友達なのだ。それなのに・・・・。



父の問い詰めも否定したのに。

胸に手を当てると心臓が高鳴っていた。



彼のことを考えると胸が少し痛いのはどうして・・・・?

海で夕暮れを見た時に抱いた感情を思い出す。あの時と同じだった。









  一度コツをつかんだようで、アルクは次々に魚を獲ることに成功していく。

その成長ぶりをただただ感心するままに、リュウと見守っていた。



「あなた達を見てたら何だか仲のいい本当の兄弟みたいに思えちゃったわ」

「僕とアルクがかい?」



きょとんとした顔で見つめてくる。



「女である姉の私には出来ないことを教えてあげてるんですもの。あの子もリュウお兄ちゃんリュウお兄ちゃんってついてまわって、あなたのこと慕ってるでしょ。家でも家族にあなたのこと楽しそうに話してるんだから。可愛い弟を取られたみたいでちょっと嫉妬しちゃうかな」



わざと恨めしそうな顔を彼にして見せる。

色々なことが出来るリュウにアルクはいつも尊敬のまなざしを向けているのだ。



もちろん本気で妬いているわけではない、本音はターシャも喜んでいるのだ。

弟が毎日を楽しく過ごせているのなら姉としてこれ以上嬉しいことはないのだから。



「そんなことはないよ。役割が違うだけで、君にも僕ではしてあげられない、とても大事で必要なことをアルクにしてあげれているんだよ、きっと。気がついていないだけで」



実際は君たち姉弟の仲には敵わないけどね、と笑う。

「僕は一人っ子だからね。正直弟か妹がいたらいいなって思ったこともある。だからかな、アルクのことを可愛く思えるのも」



もちろんそのことを抜きにしてもアルクはとても素直でいい子だし可愛いよ、と彼は言った。

細められたアルクを見つめる瞳はどこまでも穏やかで優しく

慈愛に満ちて本当のお兄ちゃんのように見えた。







 別の日。いつもよりも遅い時間に湖を訪れた。

その日は日中家の大掃除をしていたからだ。



夕御飯の支度を終えると母が持っていってあげなさい、

とおかずのおすそ分けを包んで持たせてくれた。



湖の畔でリュウは普段身につけている剣を抜いて素振りをしていた。

何もない空中を切ると、ひゅっと鋭い音がした。



ターシャ達が来たことを覚ると、額の汗を拭って剣をおさめた。



「すまない。物騒な所を見せてしまったね。今日はもう来ないと思っていたから鍛錬していたんだ」

「ううん、私達がこんな時間に来たのが悪いんだから、構わずに続けて」

「ありがとう」



もって来た料理を渡すと、微笑んでお礼を言い受け取ってくれた。

「後少しで切り上げるから待っててくれないか」



彼の言葉に頷き、ターシャはアルクと一緒に少し離れた場所に並んで座り、剣を振るうリュウを見守った。そうだ、リュウは剣士になるのが夢だった。



森で助けてもらって以来、剣を振るう姿を普段見ていなかったからついそのことを忘れそうになる。

「きっと私達の知らない所で、毎日欠かさずああやって練習してたんでしょうね」



アルクにポツリと呟くように話しかける。しかし反応がない。

アルク? と隣を見やると、弟は口元をきつく結び食い入るような目で、リュウを見つめていた。

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