◇第24話 迫りくる追手!「幸せになるんだぞ」

文字数 2,917文字

家族で森を歩き始めて数時間、

今夜は父の提案で野宿することになった。



「ここまでくれば村からも距離があるし大丈夫だろう。

連中はこちらがどの方角に逃げたかもわかってないだろうから、

よほどのことがない限り見つかることはないはずだ」



ちょうど大木の根元に深めの段差があって、

身を隠すのにちょうどよい場所があった。



ターシャとアルクがくっついて座り、

父と母が交代で周囲の見張り番をすることになった。



捜索に来た村人に発見されるのを警戒して火を焚くのはやめておいた。

幸い寒い季節ではなかった。



火を灯した蝋燭一本だけで一晩を過ごすことになった。



父の考えでは夜が明け、景色が白み始めてから、

別の村まで行き食事を採るつもりらしい。



更にそこから移動しまだ見ぬ村を目指すのだ。

ターシャもアルクも長時間歩き通しだったため、疲労ですぐに眠気に襲われた。



特にターシャは魔法使用での消耗が激しかったから。

今は体を休めることに努めよう。



起きたらまた長い道のりを歩くことになるのだから、

と明日に備えるために眠りについた。







まどろむ意識の中、ターシャは夢を見た。

薄暗い森の中を必死に走っている。



一人きりで。

どうしてか一緒に逃避行していたはずの父や母、アルクの姿はなかった。



どこかではぐれてしまったのだろうか、

そのことがすごく不吉に感じられた。



背後から無数の足跡が追いかけてくる。

それらは明確な殺気を伴い息の詰まるような圧迫感で迫り来る。



全力で足を動かしているにも関わらず、

双方の距離はじわりじわりと近づいていた。



追いつかれたら確実に殺されるとわかっていた。

だから心臓が悲鳴をあげ限界を訴えていてもなお、

夢中で地を蹴り走り続けた。





体を跳ねるように起こして目が覚めた。

呼吸が乱れ冷たい汗が体を覆っていた。



夢にしては妙にリアルで生々しく、

どちらが夢か現実なのかと混濁してしまいそうなほどだった。



「大丈夫、ターシャ。酷くうなされていたわよ」

隣で横になっていた母が心配そうにこちらの顔を覗き込んでいる。



「何でもないわ。ちょっと変な夢見ちゃっただけ」

わざわざ不安をばらまくこともあるまいと、

夢の内容までは話さなかった。



母も気になるようだったが

それ以上追求してこなかったので、ターシャは話題を変えた。



「そういえば、リュウのことだけど

よくお父さんとお母さんのことわかったわね、会ったこともないのに」



「ああ、リュウくんはね」

母の話によると、ドラゴンの襲来時、

村人達は一箇所にかたまって非難していたらしい。



そこに血相を変えた男性の村人が駆け込んできて、

ターシャの魔法のことを打ち明けたという。



周囲が騒然とする中、

男性の後からやってきた少年がまっすぐに父と母の元にやってきた。



それがリュウだった。

ターシャやアルクに似ていて、尚且つ魔法のことを

聞いて他の村人達と異なった驚き方をした父と母がすぐにわかったらしい。



両親かどうか確認した後、細かな事情とターシャ達の行方を

周囲に聞かれないよう耳打ちして教えてくれたという。



さすがはリュウだと、ターシャは改めて感心した。

「なかなか好感の持てるしっかりした少年じゃないか」



森の周囲の見張りをしていた父が背中を向けたまま、

面白くなさそうに言った。母子の話を聞いていたらしい。



どうやら父もリュウのことを認めざるおえないようだった。

そんな様子にターシャと母はこっそりと笑い合った。



会話も途切れ、不安がやわらぎまどろみがまた訪れようとしていた頃。

「いたぞ!」



男性の鋭い叫び声が森の静寂を切り裂いた。

突然強いられた緊張感で一瞬にして意識が覚醒する。



「アルク起きなさい!」

母の行動は素早かった。眠っているアルクを揺り起こす。



周囲を見回すと百メートルほど離れた場所、

まだ暗い森の奥深く無数の松明の明かりと共に、武装した人影が見えた。



村人達がここまでターシャを追ってきたのだ。

血の気が引いていく。



ターシャが討伐されようとしている事実が、

生々しくリアルに胸に迫ってきた。



急いで荷物を纏めると木々の根元から抜け出し、

追っ手とは逆方向に家族と走り出した。



「くそっ、何故見つかったんだ」

父が悔しそうに唇を噛み締めて呟く。



ターシャ達がどこに逃げたのか村人達は知らないはずなのに。

わかっていたのは両親とリュウだけだったはず。



疾走する四人の横を、

何かが耳を掠めるようにヒユッッと空気を裂いて、通り過ぎ追い越していった。



地面に刺さったそれは木の棒の先に鉄の鏃を付けた矢だった。

村人達がターシャ達の足を止めるべく放ったのだ。



間隔をおかずに新たに無数の風を切る音が迫ってくる。

「危ないっ!」



父が叫びターシャ達の背後に覆いかぶさってきた。

途端、父はうめき声を漏らし膝をついて倒れた。



「お父さんっ」

「あなた!」



立ち止まり、引き返す。痛々しい光景に息を詰め口を覆った。

父の足、背中には三本の弓矢が深々とつき刺さっている。



父は苦しそうに顔を歪め言葉を吐き出す。

「俺のことはいい・・構わず逃げるんだ」

「そんなの駄目っ」



「お父さんを置いてなんていけないよ!」

いやいやと離れないターシャとアルクに、父は諭してくる。



「このままじゃあ、皆殺されてしまうんだ。お父さんの言う事を聞いてくれ」

ターシャは涙を堪えられなかった。



いやだ。こんな所で父と別れるなんて。

さっき新しい場所で新しい生活を家族四人で始めようと約束したばかりじゃないか。



誰か一人でもかけては意味がないのだ。

楽しい日々などとても送ることはできない。それなのに・・。



母と父が見つめ合う。

「この子達を頼む」

「あなた・・」



短く強い抱擁を交わした。二人が頷きあっている。

言葉は少なくてもそれだけでたくさんの想いを交し合っているように見えた。



母はターシャとアルクの手を引いた。

「追いつかれる前に逃げるわよ」



毅然としながらも母の目尻は光っていた。

こうしている間にも追ってくる足音は近づいて来る。



「幸せになるんだぞ、ターシャ、アルク」

父は優しげな目をしてターシャ達の頭を撫でる。



たまらずターシャはアルクと共に父に抱きついた。

最後になるだろう親子の触れ合い。



本当にこれで永遠の別れになるかもしれないことを悟った。

アルクも涙を浮かべそのことに気づいている。



もうどうしようもなくこうするしかないことも。

父はもう走れない。



父を庇いながら逃げていてはつかまってしまうと、

父自身が判断したのだ。



自分ひとりのために家族皆が殺されてしまうよりも、

妻と子供達が生き延びてくれることを望んだのだ。



父は腰に携えた剣を抜き背中を向ける。

「さあ、早く行け!」



「お父さんも、後で絶対に来てね」

かなわない願いと知りながらも、そう口にせずにはいられなかった。



返事はかえってこず横顔を見せた父はただ笑っていた。

名残惜しさと共に涙を振り切って、父をその場に残し走り出した。



数十メートル進んだ時、

背後から剣の交錯する音が鳴り響いて耳に届いたのだった。



父が足止めしてくれているのだろう、

追ってくる足音の数が減っていた。



相手は男達で、こちらは女子供の足。

持てる力を使い尽くし走り続ける。



木々の枝が肌を傷つけても構わない。

息が切れ肺が酸素を必要としてもなお無視して足を動かし続ける。



そうしなければ追いつかれるからだ。
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