5-2
文字数 1,897文字
合田は携帯電話を取り出し、液晶画面を示した。パネルには、雅也の電話番号が表示されている。
あたしの脇に屈みこみ、通話ボタンを押した。
〈……はい〉
雅也の声が聞こえた。
「よう雅也。合田だ。あのな、今、俺、誰といると思う?」
芝居臭く間を空けてから、言った。
「真紀ちゃんだぜえ」
ぷつっ、と電話が切れた。
雅也が切ったのだ。
合田が舌打ちし、リダイヤルをかけた。
「おい雅也。行動に気をつけろよ。真紀ちゃんを誘拐した。警察に連絡したら、彼女の命は――」
ぷつっ、と電話が切れた。
合田はもう一度リダイヤルをかけた。何度も呼び出し音が鳴るが、なかなか出ない。
「待て。切るな」
ようやく繋がると、合田は慌てて言った。
雅也は黙っている。
「真紀ちゃんは今俺といる。証拠に声を聞かせてやるぜ」
携帯を差し出され、あたしは目を瞬いた。合田を見上げると、喋れ、と顎を振られた。何を喋ればいいのかわからない。
迷ってから、とりあえず、雅也? と声を出した。
それから合田に首を振ってみせた。合田は携帯を取り上げると、耳に当てた。
「聞けよ!」
受話器の向こうからは、機動戦士ガンダムの歌が大音量で流れていた。
「おい雅也! てめえ! 舐めてるとまじキレるぞ! 真紀ちゃん犯すぞ! 犯し殺すぞ!」
合田がしばらく怒鳴っていると、燃え上がれ、燃え上がれ、と繰り返していた歌が遠のいた。スピーカーにでもかざしていたらしい。
〈合田さん。いい加減、こういうのやめませんか〉
辟易した声音だった。
〈俺も実際チャットやってたから、警察に言うのとかあまり乗り気じゃなかったけど、これ以上やるなら通報しますよ〉
「わかってねえようだな。通報したら、真紀ちゃんの命は――」
〈通報しますね〉
「おい待て! ちょっと待て。落ち着くんだ。誤解がある。今回は本当なんだ」
〈俺からすると、合田さんのやり方って、なーんかリアリティが感じられないんです。通報したら命がないとか、そうやってすぐにドラマのテンプレートみたいな台詞言うでしょ。若くみずみずしい果実のような肉体、とかないですよ。どんだけセンス古いんですか〉
あたしは胸を撫で下ろした。雅也のセンスはまともなようだった。
「じゃ、じゃあ、どう言えばいいんだよ」
合田は泣きそうになっている。
〈自分で考えてください〉
雅也はにべもない。
〈ともかく、俺はもう結構なんで。こういうのやりたいなら他の人探してください〉
「待てよ。おい。あれだぞ。真紀ちゃんが――」
雅也の指摘に深く傷ついたのだろう。合田は逡巡したが、上手い言い回しが出てこないようだった。
「こ、このままだと、殺すけど、いいのか?」
〈いいとも〉
ぷつっ、と三度、電話が切れた。
もうリダイヤルしても、話し中のアナウンスが流れるだけだった。合田は呆然とした顔で、あたしを見下ろした。
あたしは首を振ってみせた。一言呟いた。この状況にこれほど相応しい言葉はないだろうと思いつつ。
「狼少年」
「くそっ!」
合田は携帯を床に叩きつけようと振り上げたが、そのまま力なく腕を下ろした。
「正気の沙汰じゃねえよあいつ!」
狂気の沙汰にある誘拐犯が叫ぶ。
「私の携帯は持ってきてないの?」
「あ?」
「あなたが私を誘拐した証拠を示せればいいわけでしょ? 誘拐された私の携帯から電話してやれば、雅也もさすがに信用するしかないでしょう。持ってこなかった? テーブルの上にあったはずだけど」
「いや、すぐにおまえ車に運んだから。部屋の中とか入ってないぜ」
あたしは舌打ちをこらえた。
「どうして気がつかないかな」
「慌ててたんだよ」
「あのね。私の携帯から電話をかければ、雅也は当然、私からだと思って電話に出るでしょ。無意識に、私の元気な声を期待しながら、電話に出るのね」
「だからなんだよ」
「そうやって期待させておいてから、真紀を殺害してその電話を使ってるんだって宣告してやるの。そうすると、元気な私の声を想像していたぶん、雅也のショックはより深くなり、印象に残るのよ。どうしてそんなことに気が回らないの」
「どうしてそんなことに気が回るんだよ」
「携帯でネットに繋げられない? 電話が駄目なら、メールにしましょう」
「同じだろ。それにメールはたぶん、随分前から着拒されてる。いくつかアドレス変えて送ってみたけど、全然返事がないんだ……」
合田は項垂れた。思わず、しょんぼり、という擬態語を付けたくなる。
あたしの脇に屈みこみ、通話ボタンを押した。
〈……はい〉
雅也の声が聞こえた。
「よう雅也。合田だ。あのな、今、俺、誰といると思う?」
芝居臭く間を空けてから、言った。
「真紀ちゃんだぜえ」
ぷつっ、と電話が切れた。
雅也が切ったのだ。
合田が舌打ちし、リダイヤルをかけた。
「おい雅也。行動に気をつけろよ。真紀ちゃんを誘拐した。警察に連絡したら、彼女の命は――」
ぷつっ、と電話が切れた。
合田はもう一度リダイヤルをかけた。何度も呼び出し音が鳴るが、なかなか出ない。
「待て。切るな」
ようやく繋がると、合田は慌てて言った。
雅也は黙っている。
「真紀ちゃんは今俺といる。証拠に声を聞かせてやるぜ」
携帯を差し出され、あたしは目を瞬いた。合田を見上げると、喋れ、と顎を振られた。何を喋ればいいのかわからない。
迷ってから、とりあえず、雅也? と声を出した。
それから合田に首を振ってみせた。合田は携帯を取り上げると、耳に当てた。
「聞けよ!」
受話器の向こうからは、機動戦士ガンダムの歌が大音量で流れていた。
「おい雅也! てめえ! 舐めてるとまじキレるぞ! 真紀ちゃん犯すぞ! 犯し殺すぞ!」
合田がしばらく怒鳴っていると、燃え上がれ、燃え上がれ、と繰り返していた歌が遠のいた。スピーカーにでもかざしていたらしい。
〈合田さん。いい加減、こういうのやめませんか〉
辟易した声音だった。
〈俺も実際チャットやってたから、警察に言うのとかあまり乗り気じゃなかったけど、これ以上やるなら通報しますよ〉
「わかってねえようだな。通報したら、真紀ちゃんの命は――」
〈通報しますね〉
「おい待て! ちょっと待て。落ち着くんだ。誤解がある。今回は本当なんだ」
〈俺からすると、合田さんのやり方って、なーんかリアリティが感じられないんです。通報したら命がないとか、そうやってすぐにドラマのテンプレートみたいな台詞言うでしょ。若くみずみずしい果実のような肉体、とかないですよ。どんだけセンス古いんですか〉
あたしは胸を撫で下ろした。雅也のセンスはまともなようだった。
「じゃ、じゃあ、どう言えばいいんだよ」
合田は泣きそうになっている。
〈自分で考えてください〉
雅也はにべもない。
〈ともかく、俺はもう結構なんで。こういうのやりたいなら他の人探してください〉
「待てよ。おい。あれだぞ。真紀ちゃんが――」
雅也の指摘に深く傷ついたのだろう。合田は逡巡したが、上手い言い回しが出てこないようだった。
「こ、このままだと、殺すけど、いいのか?」
〈いいとも〉
ぷつっ、と三度、電話が切れた。
もうリダイヤルしても、話し中のアナウンスが流れるだけだった。合田は呆然とした顔で、あたしを見下ろした。
あたしは首を振ってみせた。一言呟いた。この状況にこれほど相応しい言葉はないだろうと思いつつ。
「狼少年」
「くそっ!」
合田は携帯を床に叩きつけようと振り上げたが、そのまま力なく腕を下ろした。
「正気の沙汰じゃねえよあいつ!」
狂気の沙汰にある誘拐犯が叫ぶ。
「私の携帯は持ってきてないの?」
「あ?」
「あなたが私を誘拐した証拠を示せればいいわけでしょ? 誘拐された私の携帯から電話してやれば、雅也もさすがに信用するしかないでしょう。持ってこなかった? テーブルの上にあったはずだけど」
「いや、すぐにおまえ車に運んだから。部屋の中とか入ってないぜ」
あたしは舌打ちをこらえた。
「どうして気がつかないかな」
「慌ててたんだよ」
「あのね。私の携帯から電話をかければ、雅也は当然、私からだと思って電話に出るでしょ。無意識に、私の元気な声を期待しながら、電話に出るのね」
「だからなんだよ」
「そうやって期待させておいてから、真紀を殺害してその電話を使ってるんだって宣告してやるの。そうすると、元気な私の声を想像していたぶん、雅也のショックはより深くなり、印象に残るのよ。どうしてそんなことに気が回らないの」
「どうしてそんなことに気が回るんだよ」
「携帯でネットに繋げられない? 電話が駄目なら、メールにしましょう」
「同じだろ。それにメールはたぶん、随分前から着拒されてる。いくつかアドレス変えて送ってみたけど、全然返事がないんだ……」
合田は項垂れた。思わず、しょんぼり、という擬態語を付けたくなる。