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文字数 1,408文字


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【お返事ありませんが、どうなっていますか。いつでもご連絡ください。ご希望の喪失方法があれば、対応しますのでお伝えください。こちらの予定は気にしていただかなくても大丈夫ですよ。 林】

 新着メールを確認すると、あたしは講義室を抜けだした。ゼミの教授が非難がましい目で見てきたが、気にしない。

〈なかなか暴走が止まらないみたいねえ、林さん〉

 電話口の向こうで、由香里は落ち着き払った声を出した。先日相談をしたときは狼狽えていた様子だったが、何かいい対策を考えついたのかもしれない。

〈ストーカー化ってやつだね。コミュでの話から察するに、真紀、通知者役の中で結構人気だったみたいだから〉

 喪失チャットのファンが作ったコミュニティが、SNS上に出来ているらしい。喪失体験の心理的効用について語り合うという名目だったが、もっぱら各遺族役や通知者役のうわさ話ばかり交わされているということだった。

〈特に林さんが真紀を気に入ってるのは、有名だったみたい。コミュの人たち、さもありなんって反応だった〉
〈何度かチャットをしただけなのに〉
〈勘違いする人もいるんだって。真紀、相手のチャットが拙くても、気を遣って泣いたりしてあげてたでしょう? 自分のチャットで相手がいい気分になったと思って、舞い上がっちゃうんだ〉
〈どうすればいいの〉
〈迷惑メールにフィルタリングしちゃえばいいじゃん〉
〈そういう問題じゃないの〉

 あたしは鞄から封筒を取り出した。
 昨日の夕方、ポストに届いていたものだった。封筒の表書きは真っ白で、消印はない。直接届けられたということだ。中には便箋が一枚。
 中央に一言だけ、印字されている。


『殺してやる!!!』


〈感嘆符が三つもついてるのよ〉
〈住所を教えたの?〉
〈林さんに? まさか〉
〈何か地域を特定されるような情報を漏らさなかった?〉
〈雅也と行く予定だった映画館の名前は、云ったかもしれないけど〉
〈そういう些細な情報の積み重ねで、辿られたりするんだって。ともかく、今は相手の出方を待つしかないよ〉

 由香里は警察へ相談することには否定的だった。チャットの運営側の立場としては、問題が大きく発展するような事態は避けたいのだろう。サイトには、『利用者間のトラブルについて運営側は一切責任を負わない』という一文が追加されていた。

 通話を終え、あたしは考え込んだ。
 由香里を頼っても仕方ないようだ。だが現時点で警察に相談しても、あしらわれるだけだろう。
 どうすればいいのだろう。林が現実で雅也を傷つけるなんて、あるはずないとは思う。けれどそのことを考えるとたまらない。そうか、これが喪失の疑似体験か、と妙に納得した。

 雅也に林のことを警告するとなると、必然的にチャットの話題に触れざるを得ない。それは避けたい。あたしがチャットをしていることは秘密にしている。あたしが神崎だと気付かれたくない。雅也と自分を繋ぐ細い糸を、失いたくなかった。
 考えた末、神崎のアドレスから、メールを打つことにした。あたしが警告することはできないが、神崎ならできるのだ。無性に雅也と話したいのに、話すことができるのはあたしではなく神崎。自分の中の殺人犯を妬ましく感じる。
 いつの間にか、雅也が自分では手を触れられない、とても遠い場所にいってしまった気がした。
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