2-2

文字数 1,569文字

〈林さん、そうだよねえ〉

 由香里に電話すると、携帯の向こうで弾んだ声が聞こえた。あの実験の日以来、ときどきこうして電話をする仲だ。

〈私も一度やったんだけど、コウちゃんが私に宛てた最期の手紙とか持ち出してくるんだもん。テレビドラマだったらそれで泣くんだけど、趣旨違うだろって〉

 由香里はからからと笑う。
 由香里には耕介という年下の彼氏がいて、あの日喪失体験したのも耕介だという。以来、耕介としっくりいかなくなるたび、チャットを利用しているらしい。
 利用者としてのみならず、由香里はサイトの立ち上げにも関わっていた。遺族役だけでなく通知者役としてもチャットをこなし、死亡の告げ方が真に迫っていると、人気の通知者役の一人になっている。

〈私の場合、死亡事実と状況だけ告げて、なるべく相手に想像させるようにしてるんだけどね。相手の脳内スクリーンに、喪失対象の死の映像を再生させたいっていうか〉

 由香里はデートのことでも話すように弾んだ声でそう言う。もともと人とのコミュニケーションが好きなタイプらしい。自分の話術(チャット術?)を発揮するのが楽しいのだろう。

〈でも男の通知者たちって、愛の手紙とか死ぬ間際の一言とか、そういうドラマティックなのが好きなんだよね。通知者役が勝手に盛り上がったら、遺族がついていけないと思うんだけどなあ〉
〈マニュアルを作るって話はどうなったの?〉
〈難航中。初期メンバーの間でも、意見がまとまらなくって。ほら、みんな、喪失相手バラバラだし〉

 恋人以外に、子供や親を対象としている人も多い。いろいろ勝手が違うらしい。

〈そのへんはもう、相性と経験かなって思ってる。人それぞれ、いろんな事情があるからね。この前、夫の喪失をやったんだけどさ。私は、癌で亡くなった設定でやったんだけど、遺族役の人、どうもしっくりこないらしくてね〉
〈うん〉
〈で、今度は年配の通知者が、ちょっと別の病気の設定にしたわけよ〉
〈別の病気?〉
〈性病にしちゃった〉

 あらら。

〈あとで聞いてわかったことなんだけど、どうも旦那の浮気が引っ掛かってたみたいなのよねえ。心の奥で旦那の昔の浮気を許しきれてなかったみたい。今更蒸し返すのも……と思って生活を続けるうちに、旦那のことが本当に大切なのかどうか、わからなくなっちゃった〉

 人間、割り切れないものを溜め込んだままだと心が膿むのね――由香里は言って、ずずっと飲み物をすすった。

〈旦那がそんな死に方したところを想像したら、膿みを吐き出した感じで、すっきりしたみたい。それからは私も、必ずしも淡々と死亡通知をするばかりではないなあって思ってる〉
〈由香里はどうして通知者役、やってるの?〉
〈なんだろうね。人の役に立ちたいのよ。そうすることで、自分の居場所が欲しいのかもね。相変わらずコウちゃんとは死んだ直後しかうまくいかないしさあ〉

 ひどいもんよね、と由香里は笑った。まったくだ。

〈真紀も通知者役、やってみない? きっと真紀なら上手くできると思う〉
〈私には向いてないよ〉

 昔から引っ込み思案で、人とのコミュニケーションは苦手だった。自分がリードして、見知らぬ人の喪失を演出していくだなんて、とてもできる気がしない。
 その後は、二人で雑談をした。あたしは雅也のことを、由香里は耕介のことを愚痴り、どうしたもんかね、と二人で笑った。

〈その奥さん、それからは旦那さんとうまくいってる?〉

 電話を切る間際、そう訊いた。

〈うん。なんだかんだで、旦那さんのこと大切みたい。ときどきチャットに来てストレス発散しながら、元気にやってるよ〉
 由香里は苦笑して付け加えた。
〈旦那、この前は浮気相手に刺されて、殺されちゃってたみたいだけどね〉
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み