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文字数 970文字

「いやちょっと待てよ」

 無粋な声に仕方なく顔をあげた。
 振り向くと、合田が腹を抑えて突っ立っていた。

 いけない。すっかり忘れていた。――というのはさすがに嘘で、縛ったりしなくていいのかなあとちょっと気になっていた。せっかくいい雰囲気だったので、忘れることにしたのに。

「待てよ、おまえら。仲、冷えてたんだろ」

 合田は新種の珍獣でも見つけたような目で、抱き合ったあたしたちを指さした。

「だってほら、死なせてただろう。それは、だから、あれだろ? つまり、いろいろあるけど、だめだろそれは。離れろ。おい、まず離れろ。いいな? まず、離れる。話はそれから」

 雅也とあたしは固く抱き締めあったまま、合田をみつめた。
 沢山の足音が階段を昇ってくる。警察だ、と叫ぶ声。
 合田はそれも聞こえない様子だ。あたしたちをさした指をわなわなと震わせた。顔が紅潮している。

「騙したのか? なあおいおまえら、俺を騙したのか。俺がどんな気持ちでこんなことしたのかわかってねえのか!? 俺を利用したのか! 離れろ! そんな目で見るな! 抱き合うな! やめろ! おいやめろ! こっち見んな!」

 あたしと雅也は目を見合わせ、次の瞬間ぱっと飛び退いた。
 合田の目が血走っている。しかも今にも泣きそうだ。やばい。

 合田がナイフを引き抜いた。
 腰だめに構え、あたしへ向かって突進してきた。

 そういえば、何度かナイフで刺されて殺されたなあ。
 そんな思考が頭を過ぎった。

 身体に衝撃が走って、あたしは尻餅をついた。

「真紀!」

 雅也が合田を突き飛ばした。
 警察だ、という沢山の叫び声が部屋の中に雪崩込んでくる。取り押さえられる合田の姿を、あたしは床に座り込んだまま見ていた。うーん、それっぽいなあと感心した。

 おなかに手をやると、手のひらが真っ赤に染まっている。

 あたしは微笑んだ。
 大丈夫だよ雅也。これくらい、何度も殺されたもの。
 視界がうっすらと溶け落ちはじめた。雅也は泣いてくれるだろうかと、気になるポイントはやはりそこだった。

「真紀ぃ!!!!!」

 雅也が叫ぶ声が聞こえた。
 やっぱりちょっと感嘆符が多い感じだけど、それでもいい声してるなあ。
 意識を失う瞬間、あたしは呑気にそんなことを思った。
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