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文字数 1,647文字


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 部屋の中は薄暗かった。
 埃のこびりついた窓の向こうから、弱々しい陽の光が射し込んでいる。壁の漆喰はあちこち剥げ落ちていた。傾いた丸テーブルの上に安物のコートが放り出されていて、ポケットから黒猫模様のハンカチがはみだしている。

 意識を取り戻したあとも、自分が何処にいるのかわからなかった。窓の下には、荒れ果てた庭が広がっている。どうやらここは二階らしい。
 木材が剥き出しのベッドの上に、あたしは横向けに寝かされているようだ。
 立ち上がろうとしたが、上手くいかない。手首と足首を縛られている。口には捻った手ぬぐいを噛まされていた。なかなか、それっぽい。

「起きた?」

 突然声をかけられ、あたしは顔をあげた。
 部屋の隅に若い男が一人、椅子に腰掛けてこちらを見やっていた。二十代半ばくらいだろうか。ロゴ入りのTシャツを着込み、下は磨り減ったジーンズを穿いている。見たこともない男だ。

「手脚、きつかったりしない? 結構強く縛っちゃったんで」

 そばまで寄ってくると、あたしの口もとの手ぬぐいを外した。中腰になってあたしを見下ろした。
 一瞬迷ったが、叫ぶのはやめておいた。周りに人などいないだろう。

「意外に痩せてるのね」
「ん?」
「チャット上では、巨漢デブって書いてたから。もっと脂ぎった人をイメージしてた」
「あれ。なんで知ってるの?」
「あなた合田さんでしょ。本名は知らないけど」

 自分が雅也に云ったことだ。おまえがチャットをした何人かの中に『林』が紛れ込んでいた、と。あれは真実を突いていたのだ。
 チャットの中で、あたしを殺害し、愉しんでいた男。
 合田は、ああ、と理解の色を浮かべた。

「おれと雅也のチャットのログを読んだんだね?」
「読んだ」
「……どうだった?」
「若くみずみずしい果実のような肉体」

 皮肉のつもりで引用したのだが、通じなかったようだ。合田は満足そうに頷くと、部屋の隅から椅子を持ってきて、あたしのそばに座った。
 遠くでトラックのホーンの音が聞こえた。公道からそう離れてはいないらしい。打ち捨てられた民家か何かに連れ込まれたのだろう。

「普通のセックスって、満足できなくてさ」
 合田はあたしを覗き込みながら続けた。
「太古からの狩猟本能っていうのを満たしたいんだろうね。合意の上で女とやっても面白くない。狩りをしたかった。でも現実ではなかなか機会がない」
「雉でも撃ってなさい」
「雅也の奴は良かったよ。悲嘆の具合が真に迫ってた。奪ってるって感じがぞくぞくしたよ」
「ちょっと理解できない」
「でも雅也、他の奴とばかりやるようになって。なかなかチャットする機会がなくなっちゃってさ。欲求不満で死にそうだったよ。男は狩りをしてないと駄目なんだ」
「雉でも撃ってなさい」
「それで、深夜に医者を装って電話したんだ。電話番号は聞いてたからな。真紀さんがトラック事故に巻き込まれて亡くなったって言ってやったら、あいつ大慌てだった。チャットの比じゃない反応で。面白かった。ハマった」

 合田は病院の草陰に潜み、血相を変えてやってきた雅也を捕捉して後を尾けた。それであたしの家がわかったのだ。
 夜中に雅也が部屋に来ていた日のことを思い出した。病院の受付で話を聞き、電話が悪戯だったとわかった後も、あたしの無事な姿を見るまで安心できなかったのだろう。

 そうやって合田は何度か電話をかけて、雅也の慌てぶりを楽しんでいた。
 雅也が注意を真に受けてくれなかったのは、何度も合田の悪戯を受けていたからだったのだ。

「でも雅也の奴、酷いんだぜ。もう関わるなって言うんだ。真紀ちゃんが死ぬのを望んだのは、あいつ自身なのに。だから――」

 合田はテーブルに置かれたコートの下から、ナイフを取り出した。
 カバーを外して肉厚の刃を見せつける。

「真紀ちゃんがこんなことされてるって知ったら、雅也、どんな反応すると思う?」
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