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文字数 1,495文字
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「来たみたいだぜ」
窓に張り付いて外を見張っていた合田が言った。まるで秘密を共有する悪友に聞かせるような声音だった。
待っている間の一番の不安は、合田が気が変わってあたしを害そうとしてくることだったが、その気はないようだった。雅也の眼前で殺してやるのだと嘯いている。
この男は、ただ後に引けなくなっているだけなのだろう。自分がごっこ遊びをしているに過ぎないことを認めたくないだけの、ただの子供だ。やめるきっかけを作ってやらないと、自分から矛を収めそうにないのが厄介だ。
「おい、来たぞ! どこにいる!」
雅也の呼びかけが聞こえた。
合田の脇から見下ろすと、埃の浮いた窓の向こう、庭の真ん中に雅也が立っていた。デートのときに来ていたのと同じダウンジャケットを着込み、建物を睨みつけている。
叫んで居場所を知らせたくなった。が、なんとか呑み下した。
今は、あたしの恐怖を演出してしまうようなことは厳禁だ。これはごっこ遊びでなくてはならない。リアリティはいらない。現実であることを合田が認識したその瞬間、合田の中で何かが後戻りできないスタートラインに据えられてしまうのではないかという気がした。
「ここだ雅也」
合田が窓を開け、雅也に向かって顎をしゃくった。あたしは頭を引っ込めた。
「真紀ちゃんもここにいるぜ」
「真紀の姿を見せろ」
「応じないで」
あたしは小声で合田に指示した。
雅也は合田のことを神崎だと思っている。その上で恋人を浚われたという演技をしている。つまり雅也は実際には、あたしがここにいるとは、思っていない。
今あたしが顔を出せば、混乱するだろう。本当に浚われたのだとわかれば、パニックに陥る可能性が高い。そうなれば、ごっこが壊れてしまう。
「いいのか?」
「怪我してるとでも言って。その方が盛り上がるでしょ」
「確かに」
合田はにやりと作りものめいた角度で口もとを吊り上げた。いちいち演技が薄っぺらい。窓の向こうへ声をかけた。
「悪いな雅也。真紀ちゃん、自分の脚で歩けないんだわ」
これみよがしにナイフをかざしてみせる。
「痛くて、歩けないってよ」
しばらく、雅也からの応答はなかった。
「なんて顔してんだ。嘘だよ。面白い奴だな」
「……真紀はどうしてる」
「縛って転がしてある。無事だよ。傷つけてない」
「今からそっちに行く。真紀に手を出したら殺す」
その言葉は、思わずぞくっとするほど真に迫った気迫に満ちていた。ごっこ遊びにしては、真剣すぎるほどに。
雅也の姿が玄関口へと向かう。
「な、なんだよあいつ。偉そうに」
合田は、雅也の気迫に焦ったようだ。チャットや電話越しの殺人鬼ごっこでは、相手に強い感情をぶつけられることなどなかっただろう。
もうやめれば――あたしは言いかけたが、合田は耳に入らないようだった。
「……いったん気絶させるか」
合田はナイフをベルトの鞘に収めると、コートのポケットをまさぐった。
部屋の入口、開かれたドアの向こうから、床が軋む音が聞こえてきた。雅也が階段を昇ってくる。
合田がドアの脇に身を潜ませ、息を殺した。不意打ちを喰らわせるつもりだ。
あたしは足で床を蹴った。
どん、という振動とともに、階段の足音が止まった。
「出てこい合田」
雅也の呼びかけが響いた。聞く者を芯から震わせるような、強い怒りを帯びていた。
合田は黙っていた。口を引き結び、ハンカチを握りしめた手を震わせている。怯えているのだ。もうどちらが犯人かわからない。