14 思い出の残し方について
文字数 4,301文字
凪沙はこの間、24歳になった。24歳というのは、ギリギリ20代前半だ。20代前半の最後の年だ。まだ20代前半なのに、と言えばそうなのだけれど、小学生の頃や10代の時と比較すると、段々と月日の流れが早く感じるようになった。それも50代、60代、それより上の人たちからすると、それはもっと進行すると言われ、24歳で感じていた時間の流れよりも、もっともっと加速するようになるそうなので、24歳の自分の体感なんて大したことないのかもしれない。
それでも、着実に、少しずつそのスピードは早まっていることに違いはない。
凪沙は少なくとも、あと三年は同じ環境で過ごすことになる。けれど、同期の多くは修士までで学生を終え、その後は就職してしまう。何も変わらないと思っていたけれど、変わらないのは、 “場所”、“環境” だけで、今まで当たり前のように顔を突き合わせていた人たちと、同じ場所で毎日会えなくなる。考えるだけで、センチメンタルな感情に浸りそうだった。
そして、その多くの人たちと、この先どのくらい関わりを持っていられるのだろうかと考えると、やはりお別れは寂しかった。
柚月とはこれからも会える関係性にはあるけれど、それでも何だか寂しくて、一緒に大学にいられるうちに、何か思い出作りがしたかった。
「ねぇ、久しぶりにさ、学食行かない?」
「ん? いいけど」
午前の実験を終えたという柚月を捕まえると、凪沙はお昼に誘った。ここのところ、実験の合間が合わないか、被ってもお互い少しの時間しか取れないなど、ゆっくりお昼を一緒にできることはなくなっていた。
それでも、修論の実験ももう終盤を迎え、まとめ始めている人もいるとのことで、二人もピークを越え、落ち着きつつあった。
それにしても、凪沙からのお誘いは珍しく、何か別の魂胆があるのかとも思われたけれど、何もおかしなところはなく、お昼ご飯を選んでいた。
注文の品が先に来た柚月が、席を取って待っていた。
「お待たせ」
「結局、何にしたの?」
「明太パスタ」
チキングリルも捨てがたかったけど、とまだ後ろ髪を引かれているようだった。
「西宮は? あれ、西宮それ前にも食べてたよね」
「?」
柚月は凪沙の言葉の意味がわからないようだった。凪沙と学食に来るのは久しいし、一緒に来た時に、今日と同じものを選んだ記憶もない。誰かと間違えているのだろうか。
「初めて実験の班が一緒になった時にさ、みんなでご飯食べようってなって。その時にそれと同じの食べてたんだよ」
あの時、私何食べてたかな、と凪沙は記憶を遡っていた。
柚月は言葉なく凪沙を見つめる。実験班が初めて一緒になったのは、学部2年の時の話だ。確かにあの時、実験器具の順番待ちの関係で、お昼ご飯を順番に食べにいくことになった。せっかくだから班のメンバーで行こうと誰かが言い出し、反対する理由もなく、そのまま学食へと流れたのだった。
その時はまだ、あの例の “名前事件” が起きる前で、仲もいい方だったけれど、まさか4年前のそんな些細なことを覚えていてくれたことに、驚きを隠せない。
凪沙はまだ記憶の旅人なのか、こちらのことは気にも留めていないようだったので、柚月も敢えてそれ以上は触れなかった。
***
柚月は木構研に来ていた。木構研はすずなが所属している研究室だけれど、今日はすずなに用があったわけではなく、そこの教授に聞きたいことがあり、訪ねたのだった。
木構研の教授はこの学部一、変わり者だということで有名で、学生からの評判も賛否両論あった。けれど、柚月からすると、頭の回転も早く、研究者として尊敬できる部分も多かったので、とても慕っていた。研究分野は全く異なっていたけれど、参考にできることが多かったので、今回も少し相談に乗ってもらっていた。その用件は意外とすぐに終わり、研究室を後にする。
扉を閉めるのと同時に、目の前にある木構研の研究室から誰かが出てきた。大輔でないことを祈りながら振り返ると、柚月はあからさまに安堵の表情を浮かべる。
「今、大輔先輩じゃなくてよかったって思ったでしょ」
「……思ってないよ」
「その間が答えだけどね」
そう言ってすずなは呆れたように笑った。
「そういえば、最近凪沙に会ってる?」
「会ってるけど、何で?」
下に降りるというすずなと、エレベーターホールまで一緒に向かう。
歩きながらすずながそんな質問をした。それが顔を合わせているかという意味なのか、それとも大学以外で会っているかという意味なのか、どちらかわからなかったけれど、どちらも満たしているので、肯定の答えを返す。凪沙が何かすずなに相談でもしたのだろうか。相談されるようなことをしでかしてしまっただろうかと考えたけれど、全くもって身に覚えがない。
あっという間に分岐点に到着し、すずなは立ち止まった。柚月も答えを聞くまでは帰れないと思い、少しだけ広がったスペースに立つ。
「凪沙、最近よく会いに来るんだよね」
「?」
「別にそれ自体はいいんだけどさ。変じゃない? この時期に急にだよ?」
「まぁ確かに、修論も追い込みに入りつつあるわけだしな」
「計画性ない子じゃないから、そこは心配してないけど……何か他に理由があるのかなって」
「今度それとなく探ってみるよ」
ちょうどそこに下に向かうエレベーターがやってきて、すずなはよろしくと言うと、その小さな乗り物に消えていった。
***
研究室に戻ると、水沢が柚月を待っていたかのように声をかける。
「さっき、高見先輩が来てて、西宮先輩探されてました」
「用事?」
「わかんないんですけど、いないならまた後にするって戻られました」
とりあえず報告をということで用件を伝えると、水沢は自分のデスクに戻った。
何か用事だったのだろうか。急ぎではなさそうだけれど、今日やるべきことは終わっていたので、戻ったばかりの研究室を出ると、凪沙の研究室へと向かおうとした。水沢は『さっき』と言っていたけれど、どのくらい前なのだろうか。そのニュアンス的には、それほど時間が経っていないようにも思えた。もし、研究室に戻っていないなら、その時はスマホで連絡を取ればいいだけだ。——————と思っていた矢先、探していた人物に出会す。
「西宮、ちょうどいいところに!」
凪沙も柚月に気づくと、嬉しそうに声をかける。
「どうした?」
「今から時間ある? もしあるなら、学内探検しようよ!」
「いいけど」
大学を探検するというのは、その表現として少し妙な気もするけれど、この大学は、というよりはこの学部はちょっと変わったところがあるので、それも何だかしっくりくる。構内の
しかし、急にそんなことを言い出すなんて、一体どうしのだろうか。すずなの懸念はこういうことか。これは心配されても仕方ないかもしれない。けれど、いきなり出鼻を挫くわけにもいかないし、せっかく凪沙が誘ってくれたので、一旦そのことは忘れ、柚月は承諾の意味で頷いた。
—————————————————
——————————
スタートが遅い時間だったので、外はもうだいぶ暗くなっていた。全てを制覇するのは無理だったけれど、凪沙は満足したようだった。冒険の締めくくりにたどり着いたのは、楠が植えられている
「今日は満月だ」
凪沙の隣に座ると、同じように柚月も天を仰ぐ。
大きな楠のちょうど上に位置するように、満月が二人を照らしていた。ほんの少しだけ雲がかかっているのだけれど、それもまた風情だった。
「綺麗だね」
「もしかして、それ有名なやつ?」
柚月がそう言うと、凪沙は意味がわかったのか顔を赤くし、普通に感想を言っただけだと否定した。冗談のつもりで言った柚月だったけれど、半分残念な気持ちは心の奥底に押し込んだ。
「西宮はそういうの、ストレートに言いそうだよね」
「何? I Love You の訳?」
「そうそう。月が綺麗ですね、も素敵だけど」
凪沙は自分ならどう訳すだろうか、と考えながら月を見上げる。
空はどこまでも繋がっているから————繋がっているという表現が適切かどうかは別として————『I Love You』を『月が綺麗ですね』と訳すと、遠くにいても、夜空を見上げるたびに繋がっているんだ、と言ってもらえている気がする。
そういうのって何だかいいな、と凪沙は思った。いつでも心が繋がっているような、そんな感じがして、素敵だと感じた。それに、『月』は柚月の名前の一部だ。だから尚更、その意味は凪沙にとって、より深いものになった。
そうなると、それ以上の答えは出ないのではないか。少なくとも、凪沙にはそれ以上のベストな回答をここで出すことはできそうになかった。
「さて、帰ろっか」
立ち上がろうとした凪沙の腕を柚月が掴む。
「どうした?」
「凪沙こそ、最近どうした?」
「?」
「最近よく会いにきてくれるし、時間作ってくれるよね」
もちろん嬉しいんだけどさ、と付け足す。
凪沙は少しだけ寂しそうな顔をした。その表情に、一瞬嫌な想像をしてしまい、柚月は無意識に手に力が籠る。
「西宮との思い出を大学 に残しておきたくなってね」
「思い出して寂しくなっちゃうかもだけど」と凪沙はそう言って笑った。笑っていたけれど、その笑みには、虚無感のようなものが含まれていた。
卒業まで、まだ3ヶ月以上もあるのに、凪沙は今から寂しくなっていたということか。だから、すずなとの思い出も作ろうとしていたのか。
柚月は、そんな凪沙がたまらなく愛おしくて仕方なかった。一人、ここに残されるとでも思っているのだろうか。
そんなこと考える必要はないのに。けれど、凪沙は何も変わらないのに、いつもの場所に、いたはずの人がいないというのは、思った以上に寂しくなるのかもしれない。置き去りにされた感覚に近いだろうか。それを想像して、焦って、みんなに会いに行っていたというのか。
自分の目に焼き付けて忘れないように————
「また、ここで一緒に月見ような」
「うん……約束、ね?」
凪沙の目に涙が浮かんでいたような気がしたけれど、それは見ないふりをした。
それでも、着実に、少しずつそのスピードは早まっていることに違いはない。
凪沙は少なくとも、あと三年は同じ環境で過ごすことになる。けれど、同期の多くは修士までで学生を終え、その後は就職してしまう。何も変わらないと思っていたけれど、変わらないのは、 “場所”、“環境” だけで、今まで当たり前のように顔を突き合わせていた人たちと、同じ場所で毎日会えなくなる。考えるだけで、センチメンタルな感情に浸りそうだった。
そして、その多くの人たちと、この先どのくらい関わりを持っていられるのだろうかと考えると、やはりお別れは寂しかった。
柚月とはこれからも会える関係性にはあるけれど、それでも何だか寂しくて、一緒に大学にいられるうちに、何か思い出作りがしたかった。
「ねぇ、久しぶりにさ、学食行かない?」
「ん? いいけど」
午前の実験を終えたという柚月を捕まえると、凪沙はお昼に誘った。ここのところ、実験の合間が合わないか、被ってもお互い少しの時間しか取れないなど、ゆっくりお昼を一緒にできることはなくなっていた。
それでも、修論の実験ももう終盤を迎え、まとめ始めている人もいるとのことで、二人もピークを越え、落ち着きつつあった。
それにしても、凪沙からのお誘いは珍しく、何か別の魂胆があるのかとも思われたけれど、何もおかしなところはなく、お昼ご飯を選んでいた。
注文の品が先に来た柚月が、席を取って待っていた。
「お待たせ」
「結局、何にしたの?」
「明太パスタ」
チキングリルも捨てがたかったけど、とまだ後ろ髪を引かれているようだった。
「西宮は? あれ、西宮それ前にも食べてたよね」
「?」
柚月は凪沙の言葉の意味がわからないようだった。凪沙と学食に来るのは久しいし、一緒に来た時に、今日と同じものを選んだ記憶もない。誰かと間違えているのだろうか。
「初めて実験の班が一緒になった時にさ、みんなでご飯食べようってなって。その時にそれと同じの食べてたんだよ」
あの時、私何食べてたかな、と凪沙は記憶を遡っていた。
柚月は言葉なく凪沙を見つめる。実験班が初めて一緒になったのは、学部2年の時の話だ。確かにあの時、実験器具の順番待ちの関係で、お昼ご飯を順番に食べにいくことになった。せっかくだから班のメンバーで行こうと誰かが言い出し、反対する理由もなく、そのまま学食へと流れたのだった。
その時はまだ、あの例の “名前事件” が起きる前で、仲もいい方だったけれど、まさか4年前のそんな些細なことを覚えていてくれたことに、驚きを隠せない。
凪沙はまだ記憶の旅人なのか、こちらのことは気にも留めていないようだったので、柚月も敢えてそれ以上は触れなかった。
***
柚月は木構研に来ていた。木構研はすずなが所属している研究室だけれど、今日はすずなに用があったわけではなく、そこの教授に聞きたいことがあり、訪ねたのだった。
木構研の教授はこの学部一、変わり者だということで有名で、学生からの評判も賛否両論あった。けれど、柚月からすると、頭の回転も早く、研究者として尊敬できる部分も多かったので、とても慕っていた。研究分野は全く異なっていたけれど、参考にできることが多かったので、今回も少し相談に乗ってもらっていた。その用件は意外とすぐに終わり、研究室を後にする。
扉を閉めるのと同時に、目の前にある木構研の研究室から誰かが出てきた。大輔でないことを祈りながら振り返ると、柚月はあからさまに安堵の表情を浮かべる。
「今、大輔先輩じゃなくてよかったって思ったでしょ」
「……思ってないよ」
「その間が答えだけどね」
そう言ってすずなは呆れたように笑った。
「そういえば、最近凪沙に会ってる?」
「会ってるけど、何で?」
下に降りるというすずなと、エレベーターホールまで一緒に向かう。
歩きながらすずながそんな質問をした。それが顔を合わせているかという意味なのか、それとも大学以外で会っているかという意味なのか、どちらかわからなかったけれど、どちらも満たしているので、肯定の答えを返す。凪沙が何かすずなに相談でもしたのだろうか。相談されるようなことをしでかしてしまっただろうかと考えたけれど、全くもって身に覚えがない。
あっという間に分岐点に到着し、すずなは立ち止まった。柚月も答えを聞くまでは帰れないと思い、少しだけ広がったスペースに立つ。
「凪沙、最近よく会いに来るんだよね」
「?」
「別にそれ自体はいいんだけどさ。変じゃない? この時期に急にだよ?」
「まぁ確かに、修論も追い込みに入りつつあるわけだしな」
「計画性ない子じゃないから、そこは心配してないけど……何か他に理由があるのかなって」
「今度それとなく探ってみるよ」
ちょうどそこに下に向かうエレベーターがやってきて、すずなはよろしくと言うと、その小さな乗り物に消えていった。
***
研究室に戻ると、水沢が柚月を待っていたかのように声をかける。
「さっき、高見先輩が来てて、西宮先輩探されてました」
「用事?」
「わかんないんですけど、いないならまた後にするって戻られました」
とりあえず報告をということで用件を伝えると、水沢は自分のデスクに戻った。
何か用事だったのだろうか。急ぎではなさそうだけれど、今日やるべきことは終わっていたので、戻ったばかりの研究室を出ると、凪沙の研究室へと向かおうとした。水沢は『さっき』と言っていたけれど、どのくらい前なのだろうか。そのニュアンス的には、それほど時間が経っていないようにも思えた。もし、研究室に戻っていないなら、その時はスマホで連絡を取ればいいだけだ。——————と思っていた矢先、探していた人物に出会す。
「西宮、ちょうどいいところに!」
凪沙も柚月に気づくと、嬉しそうに声をかける。
「どうした?」
「今から時間ある? もしあるなら、学内探検しようよ!」
「いいけど」
大学を探検するというのは、その表現として少し妙な気もするけれど、この大学は、というよりはこの学部はちょっと変わったところがあるので、それも何だかしっくりくる。構内の
ジャングル
だけでなく、校舎内に一歩足を踏み入れただけでも怖気付くだろう。何せ、表の入り口には蔓のアーチがあり、その傍らには食虫植物を思わせる、少々不気味な植物が飾られているのだから。おまけに正面にはスプリンクラーもあって、一階はほとんど建物として機能していない。他大学もしくは、他学部の人間は、一人では入りたがらないだろう。しかし、急にそんなことを言い出すなんて、一体どうしのだろうか。すずなの懸念はこういうことか。これは心配されても仕方ないかもしれない。けれど、いきなり出鼻を挫くわけにもいかないし、せっかく凪沙が誘ってくれたので、一旦そのことは忘れ、柚月は承諾の意味で頷いた。
—————————————————
——————————
スタートが遅い時間だったので、外はもうだいぶ暗くなっていた。全てを制覇するのは無理だったけれど、凪沙は満足したようだった。冒険の締めくくりにたどり着いたのは、楠が植えられている
庭
の一角だった。そこに置かれているベンチに腰掛けると、凪沙は空を見上げた。「今日は満月だ」
凪沙の隣に座ると、同じように柚月も天を仰ぐ。
大きな楠のちょうど上に位置するように、満月が二人を照らしていた。ほんの少しだけ雲がかかっているのだけれど、それもまた風情だった。
「綺麗だね」
「もしかして、それ有名なやつ?」
柚月がそう言うと、凪沙は意味がわかったのか顔を赤くし、普通に感想を言っただけだと否定した。冗談のつもりで言った柚月だったけれど、半分残念な気持ちは心の奥底に押し込んだ。
「西宮はそういうの、ストレートに言いそうだよね」
「何? I Love You の訳?」
「そうそう。月が綺麗ですね、も素敵だけど」
凪沙は自分ならどう訳すだろうか、と考えながら月を見上げる。
空はどこまでも繋がっているから————繋がっているという表現が適切かどうかは別として————『I Love You』を『月が綺麗ですね』と訳すと、遠くにいても、夜空を見上げるたびに繋がっているんだ、と言ってもらえている気がする。
そういうのって何だかいいな、と凪沙は思った。いつでも心が繋がっているような、そんな感じがして、素敵だと感じた。それに、『月』は柚月の名前の一部だ。だから尚更、その意味は凪沙にとって、より深いものになった。
そうなると、それ以上の答えは出ないのではないか。少なくとも、凪沙にはそれ以上のベストな回答をここで出すことはできそうになかった。
「さて、帰ろっか」
立ち上がろうとした凪沙の腕を柚月が掴む。
「どうした?」
「凪沙こそ、最近どうした?」
「?」
「最近よく会いにきてくれるし、時間作ってくれるよね」
もちろん嬉しいんだけどさ、と付け足す。
凪沙は少しだけ寂しそうな顔をした。その表情に、一瞬嫌な想像をしてしまい、柚月は無意識に手に力が籠る。
「西宮との思い出を
「思い出して寂しくなっちゃうかもだけど」と凪沙はそう言って笑った。笑っていたけれど、その笑みには、虚無感のようなものが含まれていた。
卒業まで、まだ3ヶ月以上もあるのに、凪沙は今から寂しくなっていたということか。だから、すずなとの思い出も作ろうとしていたのか。
柚月は、そんな凪沙がたまらなく愛おしくて仕方なかった。一人、ここに残されるとでも思っているのだろうか。
そんなこと考える必要はないのに。けれど、凪沙は何も変わらないのに、いつもの場所に、いたはずの人がいないというのは、思った以上に寂しくなるのかもしれない。置き去りにされた感覚に近いだろうか。それを想像して、焦って、みんなに会いに行っていたというのか。
自分の目に焼き付けて忘れないように————
「また、ここで一緒に月見ような」
「うん……約束、ね?」
凪沙の目に涙が浮かんでいたような気がしたけれど、それは見ないふりをした。