黒い折鶴

文字数 1,185文字

友達と毎晩のように会っていた頃。
やっと自由になれたような気がしていた。
何度も同じ話をして、いろんなものを食べて、少しお酒も飲んで。それでも満たされずにいた。
その頃の私は、友達のお兄さんの経営するバーで飲むことが多かった。十歳上の話し上手なお兄さん。好きな気がしていた。そこでお酒を飲むと、とにかく楽しくて満たされていた。週末、いつものようにたくさんの人達と店に居た。気づけば閉店前でたくさんの人達はいなくなっていて、友達も飲み過ぎたと言って先に帰っていった。二人きりになって、私はどうしても帰りたくなかった。どうしても確かめたかった。セックスをした。全てが終わると、私は空っぽになった気がした。何にも満たされていなかった。

朝。私は昨夜、あの頃と同じ私がいるような気がしたことを思い出す。秋が私から離れて取り残された時。冷たい唇を重ねて温まっていく体。とろけるようにひとつになれたはずなのに。もう戻れないのかもしれない。

お昼はお弁当を作ってきた。最近は一人で休憩室で食べることが多い。施設内にあるカフェとか駅近くのコンビニとかも利用するけれど、ほとんど簡単なお弁当を作っていく。赤くて酸味のある梅干しを入れて、味付け海苔を巻いた小ぶりなおにぎりをふたつ。刻み葱にマヨネーズと白だしで作った卵焼きとお弁当用ミートボール、昨日の残りのポテトサラダ。このポテトサラダは秋も気に入ってくれていて、きび砂糖でじゃがいもを煮てからマヨネーズで和える。具材はきゅうりハムに、それから必ず薄切りの辛味を取った玉ねぎ。
食べながら美玖(みく)ちゃんから受け取ったメモ帳を眺める。口数は少ないけれど、話すと面白くて、身につけるものは黒やグレーがほとんどの一緒に働く同僚。真っ黒のメモ帳。顧客からの電話があって予約内容が書かれたもの。注文忘れないようにお願いしますと。真っ黒で四角いそのメモ帳は、私に黒い折鶴を思い出させた。
妹が入院する時必ずあった千羽鶴。私も一緒に少しだけ折った記憶がある。黒い折り紙は使わない。私はその残った黒い折り紙で折鶴を折ってみた。勇ましくて美しいと思った。でも、その黒い折鶴は寂しそうで、それは私に似ているような気がした。

遅番でもう外は真っ暗。店から駅まで歩いていく人達。遅番だった人達。
今日はお惣菜を買って帰ろう。家の近くのまだ開いているお惣菜屋。そう決めると電話が鳴った。
「仕事終わった?今日夜何食べるの?何か買って帰ろうか?」
秋だ。声を聞くと安心した。少なくとも私は今、秋を必要としていて、秋も私を必要としてくれているように感じる。それだけで十分。でも私はそれだけでは十分にはなれなくて、これから先もずっと変われないだろう。
秋の好きなものを買いに行こう。
今夜の月は右半分が見えている。上限の月。公園には、ほころび始めた桜の蕾。満開の桜を今年も誰かと一緒に見られるといい。
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