カシミヤのコート

文字数 1,602文字

彩子おばあちゃんが死んだ。三年前。
死ぬ前に、もう死んでもいいとよく言っていたと聞いた。苦しんでいたのだろうか。そう思うと今でも悲しくて切なくて涙が出る。
おばあちゃんの家には、私が選んで使っているのと同じ洗濯機があって、色違いの食器スポンジがあって、よく似たクッションカバーがしてあった。私は彩子おばあちゃんによく似ていると思う。やっぱりそうだった。クローゼットには綺麗に整えられた服達があった。デザインは古くても私好みの服がいくつかあって嬉しくなった。コートを三着リメイクして、スカートを一着、大判のストールを一枚。全てよく使っている。彩子おばあちゃんは三年前より穏やかに過ごせていると私は思う。

秋と並んでピサに向かっている。秋はいつも自分から手を繋いでくれる。
仕事でしばらく県外にいた郷架(せとか)ちゃんが帰ってきて、私にも会いたいと言ってくれているようだ。モデルになれた郷架ちゃん。
遥くんに会える。そう思うと繋いでいる手に違和感を感じた。

中華料理の匂い。ピサに充満している。パンビストロなのに。郷架ちゃんの希望で中華をデリバリーしたようだ。もうすぐ貸切の店にはまだ数人の客がいた。遥くんが接客している。
既に二十人くらいの人達が集まっていた。
「香ちゃんだ!久しぶり!」
郷架ちゃんはそう言いながら抱きついてきた。さらに痩せてしまったように感じる。秋とピサによく行っていた頃、一緒に飲んでいた郷架ちゃん。優弥くんのたくさんの女の子のひとり。お互いの事はあまりしらないけれど一緒に楽しく何度も飲んだ。郷架ちゃんの今日会いたい一人になれたことは嬉しい。
皆んな楽しそう。今日も知らない人がほんとんどだけれど、私は飲めればそれなりに過ごせる。遥くんは飲み物を作るのに忙しそう。
「香ちゃん、疲れてない?」
優弥くんがお皿いっぱいの麻婆豆腐を食べながら隣に来ていた。
「郷架、手当たり次第呼んだから。俺も知らないやついるし。なんか疲れてきた」
「私は大丈夫だよ。それ美味しい?」
「あんまり。花椒入ってて。もっと普通のがいい」
そう言いながらたくさん頬張っている。優弥くんは面白い。
「私食べようか?さすがに全部は無理かもしれないけど」
「ほんと?食べてくれると助かる。俺、香ちゃんと最近よく会えて嬉しいよ。ピサによく来てくれてた頃の店長辞めて、何回も面接して辞められて。全然いいやつ来なかったから。ピサの雰囲気悪かったし。三ヶ月前に遥が来てから、やっと落ち着いてきたんだよね。だから香ちゃんも前みたいに気軽に来てよ」
麻婆豆腐食べながら話を聞いていると遥くんと目が合った。
「うん。そうする。雰囲気いいの分かるし。私、飲み物頼んで来ようかな」
「香ちゃんは決まってるの意外も飲んでよ。遥になんでも作ってもらって」
「ありがと」

私は今日ずっと遥くんと話がしたかった。
「おつかれさま。ウィスキーの水割りお願いします」
「水割りですか?渋いな。僕、酒あんまり飲めないからいいな。ちょっといいので作りますね」
「普通のでいいよ。味の違いはよく分からないし」
多分飲んだことのない、ちょっといいので作ってくれた水割りは、口当たりがとてもよくまろやかでいい香りがした。
「店長大変だね。店も忙しいと思うし、優弥くんマイペースだし、いろいろと」
「確かにマイペースですね。今日みたいな日はだいたい飲み過ぎてるし。でもほんといい人だし、僕、この店が好きでよく来てたから。それに秋さんにも話聞いてもらったりしてて。だから今楽しいです」
遥くんの笑った顔は私を黙らせてしまう。
「僕、香さんとなんか似てる気がします。秋さんと優弥さんも似てるから、ふたりと一緒にいるって意味かな。なんていうかなんとなく」
私は今日、彩子おばあちゃんのカシミヤのコートを着ている。おばあちゃんのものを身につけていると守られている気がして安心する。
私は今、彼の表情や言葉のひとつひとつに心を動かされている。
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