ホワイトチョコレート

文字数 1,292文字

私はあまり泣かない子供だったと思う。
妹が入院して、九歳だった私は家から車で十分くらいの祖父母の家で生活していた。妹が産まれてからの私は、そんな生活をすることが何度かあった。
祖父に祭りに行こうと言われた。
私は、祖父達と祭りに行くことが嫌だった。不貞腐れた顔で出かけた。嫌な雰囲気だった。祭りから帰った私は涙がいっぱい溢れて声を出して泣いた。祖母がずっと側に居てくれた。大好きだった彩子(あやこ)おばあちゃん。声を出して泣いたのはその記憶だけだ。

昼食は昨日買ったライ麦パンと目玉焼きにしよう。分厚めにパンをカットしてマーガリンをたっぷりと、残っていたミックスチーズを全て乗せる。目玉焼きはトロトロの半熟に仕上がった。それにホットミルク。パンをちぎってトロトロの黄身をつけて口に入れる。美味しい。
家にひとり。秋はミーティングだと思う。朝は家の掃除が捗った。外は日差したっぷりのとてもいい天気だ。
「明日のイベント一緒に行こう。手伝いもあるからずっと一緒には居られないかもしれないけど」
ビストロに行くのは久しぶり。
机に飾ったスイートピーが可愛らしい。ピンクに紫に白のスイートピーとカスミソウ。
食べて少し眠ろう。それから服を選んで髪を整えよう。その頃には秋が帰ってくるはず。

パンビストロピサ。
無機質なパン屋と同じような雰囲気だが、こちらには温かみのある照明に、店の前にはサイクルスタンドと派手な椅子や植木鉢がいくつか置いてある。
今日のイベントは、ピサのオープン時に手伝ってもらったワイン店の7周年イベントとか。私にはよく分からないけれど。
少し早めに行っていた秋に迎えられた。優弥くんに航平くん、秋の働いている店のスタッフ数人。あとはよく知らない人達。カウンターにはタパスやピンチョス、パンが並べられている。おしゃれ。さすが優弥くん。秋がビールを持ってきてくれた。秋と一緒に、秋の周りの人達と過ごす時間が久しぶりで楽しい。いつもと違う秋の表情が新鮮。
たくさん飲んで少し食べて、私は店の前の派手な椅子に座っている。少し疲れた。秋は知らない人達と話している。知らない女の子。距離が近い。深呼吸してみる。飲み過ぎた気がする。飲みすぎると決まってチョコレートが食べたくなる。できればホワイトチョコレート。
「水いりますか?」
目の大きな色の白い男の子。彼は確かピサの新しい店長。秋が最近よく会っていると話をしていた。名前は確か(はるか)
「ありがとう」
グラスには氷も少し入っていて飲むと落ち着いた。
「ないと思うんだけど、店にチョコレートとかないかな?クッキーとかそんなのでもよくて」
「ありますよ。僕のでよかったら。ホワイトチョコレートしかないけど」
そう言ってエプロンのポケットから、キャンディ包みのチョコレートを出してくれた。美しい包み紙を開けると丸い真っ白なホワイトチョコレート。なめらかで上品な甘い味。
「僕、ホワイトチョコレートのほうが好きで」
そう言って遥くんも同じチョコレートを口に入れた。空気は澄んでいるけれどまだ肌寒い夜。口の中は甘いチョコレートでいっぱいで幸せな気持ちになった。もうしばらくここで座っていようと思う。
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