牡丹と雨

文字数 1,625文字

五歳の私は、眠る前布団の上で花札をよくした。彩子おばあちゃんと。トランプの日もあったけれど、花札をした記憶のほうがはっきりしている。簡単にできる花合わせ。隣の部屋では小さな音量で、いつも祖父がテレビを見ている。野球や相撲や囲碁や将棋やニュースなんかを。襖は開けっぱなしなのでリビングと寝室は一部屋のようになっていた。時々祖父もしてくれた。あの時間は今も忘れられない。私は華やかな牡丹と異彩な雨が好きだった。

美玖ちゃんに会いに行く。仕事でほぼ毎日会うけれどゆったり会えるのは久々で嬉しい。でも結局、いつも会う店の別館にあるイタリア料理店だけれど。美玖ちゃんは席に座っていた。
「休みにわざわざ来てくれてありがと。何飲む?私はビール」
今日は上下淡いグレーを着て、黒い長い髪をひとつに束ねている。大きめのシルバーのピアスと太めの指輪が似合ってる。
私は店まで二駅と近い。美玖ちゃんは一年前までここから電車で三十分の店舗にいた。彼女の住んでいる家はその近く。移動してくる前は、休みを合わせて美玖ちゃんに会いに行っていた。美玖ちゃんの家の近くには賑わっている店がたくさんあって迷うほどの店があったから。今は仕事終わりにこのイタリア料理店で会う事が続いている。いずれ今の店舗に人が集まれば、美玖ちゃんはまた元の店舗に戻る予定だ。
「私は今日は黒ビールにしようかな」
生ビール、黒ビール、ビスマルク、ボロネーゼ、シーフードサラダ、生ハムの切り落とし。
ここのランチは野菜ビュッフェにドリンクバーがあってとても人気がある。でも平日夕方のこの時間は私達と、多くても他に二組くらい。
(わたる)さんと昨日どこ行った?」
渉さんは美玖ちゃんの今付き合っている人。
「私の家近くのインドカレー屋。それから私の家でのんびり。そこのインドカレーのナンが特に美味しかった。また場所教える」
私達はビールを飲み、まず海老やイカやタコやイクラが乗ったサラダを頬張る。具が大きくて美味しくていつも私達の頼む一品。
「昨日の男の子誰?香、楽しそうにしてた。」
「ピサの新しい店長。話しやすくて感じのいい子で。買い物来てたみたい」
美玖ちゃんはビスマルクを取り皿に入れてくれる。
「香、久々にいい顔してたね。可愛い顔してた。最近、出会った頃みたいな香だったから。一生懸命で思い詰めてるような顔」
「そんな顔、してた?」
美久ちゃんの言葉は意外で驚く。
「香はいい意味で顔に出やすいから分かるよ。あまり言葉にしないところあるから、顔に出るのはいいところ。近く感じられる。でも、最近の顔は良くないよ。幸せそうじゃないから」
今になって、私にこんな存在ができると思わなかった。胸がいっぱいになる。
「秋さん、素敵だよ。よく知らないけど。でも、香幸せにできないならそんなことないよ」
美玖ちゃんはボロネーゼを口いっぱいにして二杯目のビールを飲み干した。
「香が話したくなったらなんでも聞くから。可愛い香でいてほしい。一緒に美味しいもの食べたいし。赤ワイン飲む?」
出会った頃から、私は彼女に助けられてばかりいる。私達は赤ワインを一本二人で開けて、美玖ちゃんは最後にケーキまで食べた。
美玖ちゃんと電車で別れて家までの道を歩く。少し冷たい風が今日は特に心地良い。お腹も心も満たされている。

家が明るい。
「おかえり。どこ行ってたの?」
秋はソファで寛いでいた。
「美玖ちゃんといつものところだよ。今日は帰るの早かったんだね」
私はコートを脱いでコップに水を入れる。
「うん。キャベツ巻美味しかったよ」
今日食べてもらえなければ明日食べてしまえばいいと思っていた。
今夜は一人で歌を歌っていたかった。気分が良くなると一人になった私は歌を歌う。ずっと変わらず聞いて口ずさむ、大好きな歌をいくつか。
久しぶりに誰かと花札がしたい。遥くんがいい。彼はしたことがあるだろうか。できれば華やかな牡丹は手元に、雨は必ず手に入れておきたい。私達はもう大人だから夜明けまでできるだろう。
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