パンドラの箱

文字数 884文字

私はパンドラの箱を開けてしまった。
開けなければよかったのに。
でも気づけば開いていた。
気づかずにいただけだった。

パンドラの箱=あらゆる悪•不幸•禍を封じ込めてあったもの


小さい頃まずなりたいと思ったのは鳥だ。
この場からすぐに離れられる。
誰しも一度はなりたいと思ったものかもしれないけれど。理由は人それぞれだろうと思う。
その次はもののけ姫。
孤独で美しく、自由で強くて優しい。
遠い祖父母の家に行く時、たくさんの田畑と山を眺めながら、長い道のりの間、山の神々や山犬達と戦っているもののけ姫を想像した。
そして時々、漫画の主人公の右腕になった。
それは他の誰でもない私にしか務まらない。主人公を引き立てる存在感のある人物。
それから国を収める王女。
頼りになる個性豊かな仲間と共に戦う王女。
そうやっていつも何かと戦っていた。
強くなりたかった。


寒い朝だ。寝起きは悪いほうではない。
まず眼鏡をかけあたたかな靴下をはく。今日は朝番だからゆっくりはできない。
階下に降りるとコーヒーの香り。
「おはよう」
(あき)が後ろから抱きしめる。
彼の体温。心地良い。
石油ストーブの朝の匂い。
いつも朝は甘いシリアルと果物。昨日隣のおばあちゃんがくれたしらぬいがあったはず。少し包丁で切れ目を入れて剥くとみずみずしい香りがした。
秋は洗濯を干してくれている。優しくてちゃんと言葉にしてくれる私の大切な人。少し嘘つきだけれども。
「今日夜、店の子達とご飯食べて帰るね」
航平(こうへい)くんたち?」
「そう。いつものとこで。何か気に入りそうな新作あれば持って帰ってくるね」
嘘なのかもしれない。ほんとうは違う何かがあるのかもしれない。何度もそう思って、何度もそうだった。でもそれは過ぎたことで、今日のそれは分からない。でも秋の嘘は傷つけないようにする為の嘘だ。現に私は傷つかずに居ることができている。最小限の傷でここに居る。そう思うように今はなれた。
今日はサンプルが届く日。早めに行って棚を整理しなくてはならない。個性的で行き場を彷徨っているサンプル品達。
心地良い朝の時間を過ごして今日も一日がはじまる。夜は何を食べて何を飲もうかと考えながら。

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