第47話 震度(3)

文字数 1,494文字

燻煙の香りが当たり前になった頃、レオが口を開いた。彼のマスは骨だけになった様である。
「酔ってる前提だけど、…。」
レオの表情は真剣である。何故、今になって断ったのか分からないが、理由があるとすれば、本当に酔って来たのだろう。
レオの言葉が続く。
「多分、揺れてる。」
レオは、確かに言った。
それは、入社した時にうるさく言われた、誰もが知るシナリオである。
ただ、アストルフォは感じていないので、揺れは小さい。
震度階級Ⅰ。
「今度の自噴の前、後?」
アストルフォが尋ねると、レオはタンブラーを見ながら即答した。
「後。」
因果関係がありそうな気もする。
「どのぐらいの間隔?」
レオは少しだけアストルフォを見た。まさか気付いていないとは、思っていなかった様である。
「注水した日に何度も。二、三日後にも少し。」
アストルフォは、一度、ラフロイグに逃げてから、口を開いた。
「まあ、当たり前だよ。程度の問題かな。」
あると分かっている事なので、過剰な反応は不要である。
レオも、分かっている。頷いた彼は、しかし、黙る事なく、確かなリスクを口にした。
「そのうち、誰か騒ぐと思う。」
アストルフォは俯き、少し考えてから、顔を上げた。念のため、エンジニアの見解を聞いておくのが正しそうである。
「地震かな?」
レオは、考えていた様である。
「それならいいけど。火山が噴火するのも、あるかもしれない。」
それは大事件である。アストルフォは小さく笑った。
確からしい危険だが、人間はいつか死ぬらしいと聞いた時の様な感覚。
火山があるから、ここに来ている。つまり、最初からそのつもりである。
考えてみても、立場上、言える事は限られている。
「まあ、様子を見るしかないね。震度はどうせ分かるし。後でトレースできる様に、資料をちゃんとしとかないと。そのぐらいかな。」
レオは頷いたが、何も言わない。きっと、彼の心には反論が浮かんだ。決して、口にしない反論。
アストルフォは、勝手に想像したレオの心に寄り添った。
「未来の環境がどうなんて話じゃないね。明日、死ぬかもしれない。」
レオは、アストルフォの方を見ると、少しだけ微笑んだ。
ただ、彼が人の顔を見続ける事はない。レオは、また俯いた。
レオの考えていた事は当てたらしいが、それだけで何が変わる訳でもない。
間もなく、レオが口を開いた。
「働かないと、明日のご飯が食べれないから。」
ジョークと理解したアストルフォが笑うと、レオもつられて笑った。
確かに、物事には優先順位がある。
「未来の事は、偉い人達に任せよう。」
アストルフォの無責任な言葉にも、レオは頷いた。
レオには、自分も偉く見えているかもしれないと思うと、申し訳ない気持ちになる。
ただ、大きく外れてはいないだろう。偉い人達に任せるのは、どんな時も、アストルフォにとって、かなりの確率で正解なのだ。
そして、レオ。今日の彼は語る。
「ラフロイグに水を一滴入れると、香りが引き立つってベンジャミンから聞いて。凄く楽しみになったんだ。」
何を言うのか。アストルフォは、レオの顔に目をやった。
「少しの事で、何かが大きく変えられるのが凄いと思って。絶対、やってみたいと思った。」
この口調からすると、一滴に自分を重ねている。
レオは、何で、こうも自分を卑下するのか。
ただ、アストルフォも、悪い兆しを無視する他ない男である。
死ぬかもしれない場所にいるのに、決断を人に任せた方が安心できる様な、ちっぽけな存在。
間違いなく、アストルフォもレオと同じ。
一滴なのだ。
そう思ってから、レオに悪いと思った。自分には、その自覚さえなかった。
不意に寂しさに襲われ、アストルフォは、タンブラーに手を伸ばした。
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