資料

文字数 1,843文字

 家にある、小説やエッセイ等でない戦争に関する本。
 岩波書店の「原爆体験」。それと本ではないが七三一部隊の映画のパンフレットのようなもの。
 この「原爆体験」は第一章の「心の傷」から「体の傷」「不安」へと続き、被爆者の証言、病状のデータ、後遺症、戦争が終わった後も抱えなければならない苦しみを調査した結果の、報告書のような本だ。
 事実のみを記している重い本で、いまだに読破できていない。気が滅入ってしまうのと、著者の姿(主観)が見えず、事実の記録でぜんぶのページが埋められているようなのが、壁になっている。
 キューブラー・ロスの「死ぬ瞬間」(中公文庫)も、読めなかった。この本も、実際に死に至るまでの、末期的患者の対話を通して、その心理を分析したような本だったか。
 学問的な本… 死に際して人間の心理は五段階に分けられる、とか、そういった割り振り、区分けされてしまうことに抵抗を感じてしまった。
 この「原爆体験」が読めないのも、事実であること、この事実に対して、傍観者でしかいられない自分を感じることしかできない、そんな無力さのようなものを思い知らされるというか、本と自分との間に大きな距離が感じられて、飛び込めない。
 冷たい言い方をすれば、「それで、どうしたらいい?」、どうしたらこれを繰り返さない?という、道しるべのようなものが見えない。
 そういう本でないことはわかっている。これはあくまで記録であって、こういう事実があったということ、それを大変な労力をもって本にした、このことそのものに「価値」があるのだ。
 それでも読めない。

 この本は、以前ブログでコメントのやりとりをした、戦争を体験した方が、薦めてくれた本だった。実際に体験されたから、この本に対する感じ方が全然違うのかもしれない。
「で、どうしたらいい?」という、せっかちに処方箋を求めるような、自分のこの本に対して求める姿勢は、違うのかもしれない。
 そう、戦争、そしてあの原爆は、こんなにもひどいものだったのだと、確認というか体験として、自分の中で見ることができない。
 だからこそ読むべきだと思うのだが。

 七三一部隊の映画のほうは、当時親交のあった無農薬八百屋さんから、見においで、みたいに言われて見に行った。映画館での上映でなく、あれはどこだったのか、役所みたいな建物の一室だった。今ネットで確認すると、「黒い太陽」という中国・香港の合作映画であった。
 残酷なシーンが多く、見ていた女性が口をおさえて部屋を出て行ったのを覚えている。
 中国人やロシア人の捕虜を、日本軍が人体実験しているシーンだった。

 戦争体験者であるぼくの父が、埼玉にある丸木美術館に展示されていた「南京大虐殺の図」を見て、「こんなのは、なかったんだ」と独り言をいっていたのを思い出す。
 この映画も、「こんなことはなかった」という人がいるだろう。でもぼくは、中国がどうあれ日本がどうあれ、戦争が狂気であり、どんなことでもできてしまう、「狂うのが正常である」情況にあるだろうと思っている。乱暴な言い方をすれば、事実かどうかは、この映画の場合、問題ではない。どうしてこうなってしまうのか、が最大の問題であって、そしてこういうことがあっても、ぼくには全く不思議でなく思える。
 そして、どうしたらこんなことが起きないようにできるのか、については、やはりその答のようなものはなかったと思う。
 確認しかできないのだろうか。戦争とはこんなにも人を狂わせる、残虐な、残虐なものなのだと、確認することしかできないのだろうか。
 もう、確認はいいから、どうしたらそんな狂気の世界にならぬよう、することができるのか。それを知りたい…。それが、具体的に実践できたらと思うが、これは現実に何かできるようなものでなく、結局心とか倫理とか、目に見えないものの問題なのだろうか。

 ただ言えるのは、その本よりも映画よりも、あのブログでやりとりをした方、そして八百屋の主人が、ぼくにはみぢかな、壁のない、今もまるで存在しているような存在であることだ。
 同じ時間を共有したからだろうか。共有し得ない「過去」、ただそこに単体のようにある過去は、何なのだろう。それを今に生かすには、「忘れない」ことしかできないのだろうか。
「原爆体験」は読んでいないけれど、この本の存在から自分が感じること、この重さも「体験」だろうか。あの映画を見て、そこから自分が感じ得たことも、この身、心が体験した体験だったろうか。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み