(第2話 コジマのおしらせ)

文字数 2,323文字

 コジマは翌日、出勤すると、「きりん組親睦会のおしらせ(提案)」とパソコンで印刷した用紙を、父兄との連絡帳に挟んだ。ショーコにも見せ、了承を得た上で。

 ── 陽春の候、新緑の芽も鮮やかに、ますますご清祥のことと存じます。
 五月になり、子どもたちも新しい組に慣れてきました。
 わたしたち(マナベ、コジマ)も、子どもたちの心身の健康第一に、日々その成長を見守らせて頂いています。
 ご家庭での様子、園での様子、連絡帳でやりとりをさせて頂く中で、これだけでは足りない、ここには書けない心配事がある… きりん組に、そんなお父さんお母さんはいらっしゃいませんか。
「子育てに正解はない」といわれますが、わたしたちも、一人一人のお子さんと接しながら、この対応でいいのか、と考える時がございます。何が正しい育て方なのか、一人一人個性の違うお子さまをお預かりし、接しながら、考える時がございます。
 今回、このおしらせを入れさせて頂いたのは、ご父兄さまとの親睦はもちろんのこと、子育ての悩みを一人で抱えず、伝え合えたらいい、そんな気持ちからでした。
 特に悩みはない、という方も、どうぞご参加下さい。
 当日は、私共も「素」で参加させて頂きます。ざっくばらんに、肩ひじを張らず、交流ができたらと思っています。

 日時:五月十三日(日)午後二時~四時まで
 場所:もみの木公園グラウンド
 参加費:無料(レジャーシートご持参下さい)
 雨天中止。
 お問い合わせは、コジマまで。090-△▽〇-◇□〇〇

 ひまわり保育園では、保育士どうしのつながりは希薄だ。ほぼ皆無といっていい。仕事として── 子どもが好きという共通の動機はあったが、それも疑わしい、単なるビジネス、「就職先」として社員になったような保育士もいた。もちろん、どんな理由で働こうが構わない。やるべき仕事をやるだけでいいのだ── 自分の担当業務が終われば、それぞれの家庭へさっさと戻っていく。既婚者も多く、自分の子どもがいれば、かれらは職場でも家庭でも、常に子どもと接していた。

 コジマは、せっかくの日曜日に、出てきてくれるショーコに感謝した。そういえば、彼女は独身なのだろうか? 25、6といった感じで、しかし落ち着いている。そして一生懸命やっていることは、誰が見ても明らかだ。家に帰ってからの余力を残す働き方とは思えない。おれはフルタイムだと

し、三時間で精一杯だ。昼間は、ゲストハウスやビジネスホテルでベッドメイキングや掃除をして収入を得ている。人間相手は、いくら子どもとはいえ、精神的に疲れるからだ。

 この仕事は、手を抜こうと思えばいくらだって抜ける。子どもは、基本的に放っておいても好きなことをして遊んでいるからだ。
 でも、子どもがここにいてホントに楽しそうにしてくれること、ここにいて幸せそうに笑ってくれること── これも自分の仕事として取り入れたら、やりがいもあるが、大変にもなる。
 しかしほんとに自分のことしか考えていないような職員が多いのには閉口する。園長だって、

が起きなければいいとしか考えていない。それさえなければ、何でもOK、職員の自発、自主性に任せるよ、といった感じだ。

 これは一見、働きやすい職場に見える。実際、辞める職員は少なく、疲れ果てているような顔を見ない。フラフラしていた、ぞう組の担任とトイレですれ違ったから、大丈夫ですかと声を掛ければ、いやぁ、昨日徹夜でW杯を見たので! 勢いで風俗にも行ってしまって! という返答だった。
 プライベート優先なのはいいが、仕事に影響するほどの自分の時間の使い方はどうなのだろう? サッカーに興味のないコジマは、ただビジネスライクに「やるだけのことだけして」ろくなことに自分の時間を使っていない今時の人の仕事ぶりを、何となく淋しく感じた。といって、コジマ自身、まだ三十路に入ったばかりだったのだが。

 確かに、人間相手の仕事は疲れる。熱心にやったところで、給料が上がるわけでもない。ドライなスタンスでやった方がいいだろう。しかし、それでは一日の八時間、一体何のために働いているのだろうと考えてしまう。ただお金のため、生活のため、それだけのために一日八時間、その繰り返しを毎日繰り返すうちに、老いぼれてしまうのだ。

 定年を迎え、退職したって、自分の時間を持て余し、働く以外に能のない人間になって、シルバー人材センターに登録するのだ。
 ああ、何という人間の一生だろう! そしてこの園の、「自由」!
 何の芯も持っていないような、自分の哲学を持っていない、ただ流されてきただけのような人間に、自由が与えられたところで、何もできやしないのだ。ここがいい例だ。

 責任の所在は常に曖昧になり、重大事件が起きるまで、その危険の予知能力まで丸め込まれてしまう。なぁなぁイズム。主義も信念もない、ロボットのような仕事しかしない人間が、この世を覆い尽してしまう── コジマは、よくそんな想念に駆られた。

 だが、ショーコと子どもたちが

したキリンの絵、この画用紙が貼られた引き戸を開け、エイエンが一人で遊んでいる姿を見ると、コジマは自動的に微笑んでしまう。彼は、エイエンの姿を探しさえした。風邪で休みと聞くと、空虚な感じさえした。手間のかかるあの子がいない、どこか気が抜ける脱力感とともに。

 というのも、彼はエイエンから、人間の無限の可能性、あの無慈悲ともいえる全力の腹殴り、そして殴った後の、何ともいえない可愛い笑顔── この一連のエイエンの挙動に、コジマは人間の無限の可能性、底知れぬパワー、エネルギーといったようなものを感じざるをえなかったからだった。
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