Op.1-49 – Distance (2nd movement)

文字数 1,616文字

「結城さん、ゴミ、こん中に入れてくれる?」

 箒で教室の床を掃いて一ヶ所にゴミを集めていた光に井上が文化ちりとり (ふた付きのちりとりで置くとふた部分が閉まってゴミの散乱を防ぐ) を構えながら光に告げる。

 教室掃除ではまず、椅子を逆さにして机の上に乗せ、そのまま教室の後ろへと運ぶ。その後、教室の前半分を箒で掃いた後にちりとりで取り、モップで床を磨いていく。
 それが終わったら今度は机を教室の前方に机を運び出し、同じような行程を踏んで床を掃除し、最後には机を所定の位置に戻して椅子を下ろす。この際、床には机の位置を示すマーカーが残っており、それを頼りに机の足を合わせれば机は等間隔に並び、綺麗に整列した状態となる。

 他にも黒板を消した後に粉受 (ボードの下の辺にある細長いトレイの部分。チョークを置いている部分) を掃除し、黒板消しをクリーナーで綺麗にする者や (早めに終われば机並びなどに参加する)、 教室前の廊下を掃除する者などもいるが大体は教室内の掃除が主な仕事となる。

 光本人は「楽できそう」と言う理由で黒板消しをやりたいと思っていたものの、教室掃除の他の面々は「光にそんな制服や手が汚れるような仕事をさせられない」という理由でやらせず、箒で床を掃く役割を任せている。
 一方で光は「やっぱり黒板消しは人気なのか」と残念に思っており、ここでもクラスメイトとの認識の違いが生じている。

「ありがとう」

 光は井上にそう告げると2人で協力して床のゴミを掃除していく。それが終わったのを見ると木本(きもと)間宮(まみや)、佐々木の男子生徒3人はモップがけを始め、それが終わると担任の宇都を含めた6人で机の移動を開始する。

 腕の細い光は、ステージ上で力強い演奏をするのとは打って変わって机1つを運ぶのにも他の者たちより時間がかかる。また、変に拘りがあるが故に最後の机並べでは印に対して正確に置こうとするため、より時間がかかってしまう。

 それもあってか最後の机を引いて並べる作業では他の清掃場所から帰ってきた生徒たちが率先して協力する。(他クラスでは手伝わずに静観していることが多く、言われるまで積極的に手伝おうとはしない)
 
 今日も例に漏れず、明里や沙耶 (とは言っても沙耶も身長が低く非力なため、あまり戦力にはなっていない) を始めとした、他の掃除場所から戻ってきたクラスメイトたちが光たち教室掃除の面々を手伝う。

 明里はこの生徒たちの姿は偶然ではなく、光の姿につられているのではと推測している。
 これは光の恵まれた容姿が主な原因なわけではなく、やはりここでも光の、人を惹きつける不思議な特性にあるのではないかと明里は感じている。

 これまで光は (勿論、本人の才能と努力が1番の要因であるが) 何かと周囲の協力を簡単に得ては難しいことを成し遂げてしまう傾向があった。世界的に活躍する瀧野が多忙な中で唯一、レッスンしているという事実が最たる例である。
 
 勿論、ピアノが上手いというのは最低条件で、それ以上に光の中にある、言葉ではなかなか上手く言い表すことができない魅力が人を惹きつけるのだ。

「私、会う人、会う人、皆んな良い人っちゃん。明里も含めてね」

 光は前にそんなことを言っていたが、まさしくその通りで、光と知り合う人はいつの間にかあれこれと手を差し伸べていく。

 光の、高嶺の花ともいえる容姿や物静かな雰囲気から声をかけ辛いと思われる一方で、「助けてあげたい」と積極的に力を貸したくなるという奇妙な感情・行動の融合の正体を、小さい頃からと共に過ごしてきた幼馴染みの明里ですらもよく分かっていない。

 その"何か"が光の人間的魅力を形成し、彼女の、他の誰も持ち得ない音楽観を編み出しているのだと明里は確信している。

 いつも通り戻ってきた生徒たちの殆どは、率先して自分たちの机を整列させて午後の授業に向けての準備をそれぞれ進めていくのだった。
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