Op.1-25 – Popularity

文字数 2,393文字

「山賊王に俺はなる!」

 毎週日曜朝9時から放送されている国民的人気アニメ『ツーピース』の次回予告で主人公がお馴染みの台詞を決めて番組の終わりを迎える。
 広瀬家は毎週、このアニメを視聴しながら朝食を摂ることが週に1度の習慣となっている。

「(この漫画も長いなー)」

 明里はブルーベリージャムを付けたトーストをかじり、次の番組が始まるまでのCMを眺めながらクラスメイトたちがこのアニメやその原作漫画について熱心に話している様子を思い返す。

 この原作漫画は去年100巻を超え、連載開始から20年以上が経過している。ここまでの長期連載となると読者離れやマンネリ化が常態化していくものだが、未だにその読者数が減る気配は無く、その巧みに張り巡らされた伏線を考察する動画やテレビ番組まで放送される始末だ。
 
 光、というより父である和真はこの漫画を全巻買い揃えており、恐らく結城家も家族でアニメを楽しんでいたところだろう。光が起きていればの話だが。
 
 ちなみに光は両親の影響で漫画やアニメが結構好きで、多くの漫画を持っている。そのことを知る者は仲の良い女子以外には殆どおらず、以前に「結城さんは知らないよね」と当たり前のように言われたことがショックでそれ以来、その類の会話には参加しないようになった。

 周囲からのイメージ、つまりは『大人しいお淑やかな美人さん』といったイメージは時に残酷なものだが、光の隠れた問題児ぶりを隠すのには丁度良いのかもしれない。そう思って明里も暴露するようなことはしないでおいた。

 10時からのワイドショー番組がスタートし、司会の芸人が『ツーピース』の劇場版について話し始めた。先日、映画が公開され、その興行収入は過去のアニメ映画を超えて歴代1位になる勢いだという。

「(もし……もし、私がミュージシャンになったらこんな風に愛されるようになれるかいな?)」

 明里はこの人気作と普段自分がMinstagramで眺めているプロミュージシャンたちの人気に思いを馳せる。両親にも、勿論光にも言ったことはないものの、明里は将来ベーシストとして生活したいという思いが日に日に強くなっている。

 そのためにも日々努力を惜しまないようにしているものの、ベースを始めて理解したその奥深さと難しさ、そして何よりそれまでただ「光ちゃん凄い!」と傍観者でしかなかった自分が実際に才能溢れる光と演奏してみることでリアルとなったその差に時折、心が挫けそうになってしまう。

 明里は食べ終えた皿を持ってキッチン向かい、それを洗って片付けた後に再び自分の部屋へと戻る。

「さむっ」

 窓は閉めているものの、僅かな隙間から入ってくる冷気とそれが充満した部屋の温度で一瞬寒気を感じる。着替えるのも躊躇するくらいに感じる中、明里はタンスから着替えを準備した後に自分に鞭打ってパジャマの上を脱ぐ。

 最近使い始めたブラックのナイトブラ。友人たちとの会話で成長段階にある今から下垂や型崩れなどからバストを守り、綺麗な形に育てることが大切なんだ、といった話になった。ここで進学校らしいのが、"クーパー靭帯"といった専門用語が出されてそこから論理的に語り始める生徒が数名現れることだ。
 
 たかだか胸の話、それに限らず女子高生の思春期における下らない話やよく分からない"Minstagramer"の投稿からこうした会話が始まるのだが、こうも真剣になってくるとなかなか笑えなくなってくる。

 最初は相手にしていなかった明里も少し気にし始め、つい先日、光を引っ張り出して同じものを買いに行ってみたのだ。
 Minstagramで宣伝している投稿者の写真をいくつか見せると「皆んな大っきい人ばっか……私への当てつけなん?」とご機嫌斜めではあったが、明里のお願いとあってしぶしぶ付いてきてくれた。

「正直、何も変わらん……」

 鏡の前で明里は自分の姿を確認しながら小さく呟く。「こういうのは気持ちが大事だ」と考え直した後にベッドに置いたグレーのハイネックを着た後に、ブラック系で中央にモノクロの花の絵がプリントされているパーカーを更に上から被る。ボトムスにはネイビーのスウェット素材のものを履いて動きやすいようにする。

 早速エレキベースを取り出してPCを起動し、ヘッドホンを接続して装着する。今日は15時から光の家に行って練習する約束をしている。

 文化祭で参加するバンドは1グループ15分〜20分の持ち時間を与えられる。インプロヴィゼーションの時間を考えると3曲が限界。既にいくつかの候補曲を挙げており、それを今日、固めるつもりだ。
 オーディションは3月10日 (金) の放課後に予定されており、それに向けて練習を本格的に始める。

––––不安と期待

 明里は譜面を横に、MeTubeにアップされている『エントランス』の動画に合わせてベースを弾きながらこの正反対の感情が内包する。

 明里がベースのリフをミスる。

「うーん、集中、集中!」

 明里は自分に言い聞かせて汗の出ていない額を拭い、動画を停止してWac book proのタッチパネルを左端までスライドし、開始位置まで戻す。

 動画を再び再生するのを一旦止め、明里は光の左手とユニゾンするであろう、テクニカルなリフの確認をする。このリフはピアノと同様、ベースにとっても非常に難しい。更にこれをピアノのインプロヴィゼーション中に維持し続けるのは手首に痛みを催す。

 しかし、それを悟られて光が不完全燃焼のまま即興を止めてしまうようなことは絶対に避けたい。そのために毎日このリフを練習し、また、別のテクニカルなエクササイズを続けているのだ。

 明里はトイレや昼食以外はエントランスを始め、様々な楽曲やエクササイズに取り組み続け、光の自宅へと向かう15時前を迎えることとなった。


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