第13話 兼好法師の終焉の地、三重県種生へ エッセイ

文字数 1,898文字

新今宮駅から、大和路線で奈良を経由し、賀茂駅に着く。乗り換えて伊賀上野まで単線であり、駅で交差する一両電車である。木津川沿いに電車は山間を延々と走る。川向こうに、住居が散在する。遠い昔、兼好法師は、この山の中の道を何日間も歩いて行ったのだ。歩きが当り前の世界だった。田圃さえあれば、人は何処でも生活ができた。
伊賀上野駅に着く少し前から、山は開け、田園が遠くまで広がる。伊賀は京都の公卿たちが、隠れ家にした土地柄だったらしい。駅を出ると、昔の歴史的建物が立ち並んでいる。伊賀忍者の観光地として有名である。ホテルで確かめても、兼行法師のことは分からないという。忍者が有名であり、また俳句の芭蕉が生まれた土地でもある。
翌日レンタカーを借り、観光協会へ行くと、地図をくれ、種生に兼行法師の塚があると説明を受けた。電話番号をナビに設定し、青山高原を快適に走る。車は少ないが、山間で二匹の野生の鹿が道路に出ているのには驚いた。故郷の山を感じさせる村落へ着いた。地域センターの女性が、「電話をくれた人ですね。声で分かりました」という。「此処は『つれづれの里』種生です。兼行法師終焉の地という伝説が残っています」と担当者は言う。センター長も出てきて「「徒然草」を書いた兼行法師が、この青山町種生の国見山に住み、ここで病を得て亡くなったと昔から伝わっています」とマップを呉れ、歴史特集「兼好塚の碑文」などの掲示物をコピーしてくれた。親切な人たちである。
近くの常楽寺という寺に、土佐光成画の「絹本着色兼好法師画像」が所蔵されており、伝 兼行法師自筆 短冊」もあるという。県遺産となり拝観するには許可がいるらしい。寺は無人で、見ることができなかった。そこから一キロ坂道を車で登ると国見山に着く。公園があり兼好塚が祀られてある。芭蕉の弟子の土芳が此処で詠んだ「月添いて かなしさこほる 萩すすき」と石に刻まれている。
この広場に草蒿寺というのがあり、兼行法師はこの近くに住んでいたらしい。向いに二階建ての農家があった。庭から声を掛けると、高齢老人が、玄関前の石に腰を掛けて、昔話をしてくれた。「私の先祖は大昔から国見に住み、米を作っていた。田圃は山向こうにある。草蒿寺は大伽藍で、永平寺にも匹敵する立派な寺だったという。多分、兼行法師は寺でお世話になっていたのだろう。天正の頃、伊賀の乱があり国見の人間は、最後まで寺に立てこもって抵抗したと聞いて居る。それから焼き討ちにあい焼失した。再建されたが地震で倒壊した。その後は再建されず、残った物は常楽寺に移された」と地元の歴史を語ってくれた。「目の前に住んでいる地元の私が、兼行法師の事を詳しく知らないのは残念な事ではある」と言われた。「地元の人のはなされた事が、証言として、一番真実味があります」と、お礼を言って庭をでていった。
今回の阿倍野・伊賀上野の旅は、地元の人と出会い、話しを聞き、資料を貰い、兼好法師の本性が覗ける感じがした。法師は、一二八二年生まれで、高貴な家に生まれ、京都御所で帝や公卿の生活や文化を知り、巧みな表現で当時の生活を随筆にまとめた。和歌の嗜みは生涯変わらず、勅撰の三条為世の弟子四天王と言われた。戦乱の世の、策略・戦争・人殺しの世界を眼の当たりにした。兼好は「仏に仕え、心の濁りも清める心地がする」と遁世を願い、三十歳頃、出家した。仏教に没頭し、「命は人を待たない。心の安らぎのため、全ての所縁を投げ捨て、出家すべし。生活・人事・技能・学問等の所縁をやめよ、と摩訶止観にある。」と力説する。戦乱は書かず、貴族社会の日常出来事を捉え、描写する。そのなかに、人間としてあるべき姿の共通項を読者に暗示する。仏門に入っても、住職でもない世捨人は、生きるために食と庵がいる。当時の法師は、全てを捨て貧困の極限にあった。才能はあるが変人と、周囲に見做されたのではないだろうか。仏教に没入することなく、時に酒や音楽を楽しみ、和歌が中心で、貴族とも交流したようだ。五十歳頃、双ヵ丘で、貴族社会を七割・仏教を三割で徒然草を書いた。その後は旅をし、和歌を詠み投稿、七十歳で生涯を閉じた。百年後、臨済宗僧侶で歌人の正撤により草子を発見され、それから、世に喧伝されるようになった。江戸時代には武家・庶民の愛読書となり、その才能が開花し、もてはやされた。
巧みな人間行動の描写で、人間の心を見詰めていた。彼が言いたいことは、「いかに巧みに文章を表現するか」に、力を入れていると、ある知識人は評価した。巧みな表現の和歌を、作ることに生涯を掛けた兼行法師の姿に納得である。
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