第16話

文字数 1,744文字

 結局昨日はほむらがジャスクロにログインした形跡がなかったため、本当に何か家庭内で大事なことがあったのだろう。一方でその間にLAMBDAこと狩生先輩とついに現実世界で会う約束をすることができたので、とにかく今はそれをほむらに報告したい。
 …だが昼休みになってもほむらは私のもとに来ない。当番制になった私との昼食タイムも今日はほむらの日だし、そもそも最近桃花は学校に来ていないため別に遠慮する必要もないはずだ。だとしたら昨日の放課後家で何かあったのだろうか。今日は私の方から隣のクラスに出向くことにした。
 「あっ、有河先生!どうしてうちのクラスにいるの!?」
「え、どうしてって…ほむらが昼になってもうちのクラスに来ないから…」
「あれれ~?そっか、もうお昼なんだね!あたしってば忘れてた!」
ほむらは普通に元気そうだったため拍子抜けした。でも昼休みになったのを忘れるなんてこと、あるだろうか…?
「せっかくだし今日はこっちの部屋で食べようか」
「わわっ、あたしの机ぐっちゃぐちゃだから恥ずかしいよ~!待ってて、今綺麗にするから!」
そう言いながら机の上のノートやらタブレットやらをまとめるほむらだが、それらを端に寄せたり無理やり鞄に押し込もうとするせいで余計大変なことになっているような気がする。
「ところでさ、昨日は帰った後大丈夫だった?」
「帰ったあと?なんで?」
「いや、ゲームをする余裕もないくらいだったからお説教が長かったとか、何か大事な家族会議でもあったのかなって…」
ほむらはポカンとしていたが、すぐにいつも通りおどけた返事をした。
「全然!怖いことは何もなかったよ~!あのね、親戚のおばちゃんが久々に遊びに来てくれてたからみんなでおもてなししただけ!あたしにだけ秘密だったんだよ!ひどくない!?」
「そっか、そりゃゲームしてる場合じゃないよね」
私の杞憂だったのだろうか。昨日少しはしゃぎすぎてぼんやりしているだけ?
 「そういえばついにLAMBDA…いや、狩生先輩に会うことになったんだよ!」
「え!?ほんとに!?有河先生すっごーい!!」
「まあまだ本当に会って話をしてくれるかはわからないんだけどね。あの人不登校なくらいだし、色々警戒しているようだから…」
「それでもすごいよ~!だって狩生先輩とおはなしするために有河先生はジャスクロを始めたんだもん。ついに夢が叶って…ってあれ?そっか、有河先生がジャスクロをプレイする理由はLAMBDAさんと仲良くなるためだから…」
確かに。最近はゲーム自体が面白くなっていたから忘れかけていたけど、私の当初の目的は狩生先輩だと思われる上位ランカー”LAMBDA”と接触することだった。そっか、ようやく目的を果すことができそうなんだ…!
「ほむら、私…!」
「ダメッ!有河先生やめないで…!ゲーム以外でも頑張るから…!いや、ゲームも、途中からは有河先生の足を引っ張ってばっかだったかもしれないけど…お願い、捨てないで…」
「ほ、ほむら…?どうしたの急に…」
「ごめんなさい…ごめんなさい…迷惑かけないから、もっと頑張るから、捨てないで…」
急に喚き出したほむらに教室中の視線が向く。一体何がこの子をこうさせたのかわからない。でも昨日何もなかったという言葉が嘘であったことはわかる。
「待って、落ち着いてほむら!」
とにかくパニック状態のほむらに私の声を届けなければ!何が起爆剤になったのかはよくわからないが、”捨てないで”という言葉からしてきっと私が目的を果たしたから一緒に遊ぶのをやめてしまうと思っているのだろう。そんなことはないとしっかり伝えなければ!
 「…騒がしいわね。あら、ミサキちゃん。見かけないと思ったら隣の組にいたなんて」
「桃花…?」
「そろそろ昼休みも終わる時間よ。こんなところで油を売っていたら授業に遅れてしまうわ」
「でもこんな状態のほむらを放っておくなんて…!」
「今何かを言ったって無駄よ。ほら、行きましょう」
桃花の提案を拒もうとすると教室中から視線の圧が向けられた。私を謗る声なんかも聞こえたが、そんなものには慣れている。だが私がここに居座ることでほむらまで”金ヶ崎に逆らう者”としての不利益を被るのは耐えられなかった。
「…わかった。ほむら、大丈夫。また遊ぼう」






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登場人物紹介

有河ミサキ(アルガ-)

両親の他界により理研特区化学研究科の親戚に引き取られ転校してきた少女。真面目で行動的、正義感の強い人物。編入試験で満点を取るほど優秀だが理研特区の常識には疎く、彼らが魔法と海を頑なに避けていることに疑問を抱いている。

金ヶ崎桃花(カネガサキ モモカ)

一文路本家が滅亡したことで理研特区の覇権を手にした金ヶ崎財閥の令嬢。社交的で華がある。転校生である有河にも友好的で、彼女に学校を案内したり、理研特区の歴史や常識を教えたりする。

名取ほむら(ナトリ-)

お団子頭が特徴の元気で愛らしい小動物のような少女。勉強が苦手で仮進級状態のため成績優秀な有河に助けを求める。フレンドリーだが落ちこぼれゆえ友達が少ない。

狩生来夢(カリウ ラム)

有河たちより1学年上のダウナー系少女。出席日数不足で留年している。理研特区近海で秘密裏に進められている計画について調べている。

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