第3話

文字数 1,582文字

 相変わらず触れてはいけないもののように扱われクラス内で孤立している私だが、桃花のおかげで理研特区の常識や歴史について少しは詳しくなってきた。まず一番基本的なことが理研特区は物理学、生物学、化学を専門とする研究機関が集う3つの区域とそれらをまとめる政治の拠点があるということ。さすがに私もそれくらいは知っていたが、3つの区域…電子工学研究科、生態研究科、化学研究科と呼ばれている場所はそれぞれ自治権を持ち、互いに競い合っているという。力関係としては機械やコンピューターに強く、他国への輸出も盛んな電子工学研究科が頂点で、電子工学研究科に対抗心を燃やし多少強引なことをしてでも追い越そうと必死な二番手が生態研究科、そして化学研究科は一番規模は小さいものの独自のペースでやっている、といった感じだ。こんなのは偉い人たちが勝手にやっている政治的争いだろうと思ったけど一応一般市民にとっても必要な知識らしい。
 そして転校初日にも説明してもらった、海がタブー視されていることも大事なことである。正確には海だけでなく自然を愛する考え自体が良くないとされているらしい。随分突飛で過激な思想だと思ったけど、これも人類の発展を第一に掲げる理研特区ならではの教育なのだろう。別に少しくらい自然を好きになっても問題ない気がするけど上層部はデモか何かを恐れているのだろうか。…デモを起こさないといけないレベルの環境破壊を企んでいる、とかだったらどうしよう。
 残念ながら海がタブーになった原因である戦争のことについては桃花もよく知らないようだった。噂によれば生態研究科の上層部が発明品の実用化試験のために政敵である電子工学研究科の学生を巻き込んで人体実験をした、というのが戦争の実態らしい。戦争という名目のもとサンプルを処理できると考えたからと言われているけど、そんな非人道的行為が1世紀前には普通に行われていたなんて狂っている。
 「ほんとすごいところに引っ越してきちゃったなぁ…」
「私からしたらあなたの故郷のイサナの方が信じられない場所よ?クルージングを中心とした観光産業もそうだけど、なにより人間が魔法を使うことが驚きよ!」
「そっか、そこも違うんだよね。私は使ったことないけど、結構日常的に魔法使う人いたな」
「こっちでは誰も魔法なんて使わないし、使えるものだとも思ってないもの」
「理論的には理研特区の人も使えると思うけど…」
「そうなの?」
「うん。ここに魔力泉がなければ難しいかもしれないけど、海上や空中にも存在する魔力泉がここにだけないのもおかしな話だし…」
「ま、待って、魔力泉?ってなにかしら」
「あ、そっかそうだよね。えっと、魔力泉っていうのは磁場の魔力版みたいなもので、それがあるところならよほどの特異体質じゃない限り、使い方を知っていれば誰でも魔法を使えるんだ」
「そんなものがあるのね。そっか、だから…」
「どうかした?」
「いえ、私たちが生まれる少し前に生態研究科で魔法を使った人がいたという噂を聞いたことがあって…」
「外の人じゃなくて?」
「ええ、その場で魔法を使ったというよりは発明品に魔力がこもっていたらしいけれど…。確かその人は優秀な研究者だったのに自然保護思想を持つ異端者だったとも言われているわ」
「そんな人が…天才だからこそ理研特区の枠に囚われない考えを持っていたのかな。私、気になるかも」
「あら、それなら私もお手伝いするわ。でもその人のようになりたいなんて考えちゃだめよ。道に外れることをしたら…」
 私は自分と似た考えの人が存在したことが嬉しくてそのことで頭がいっぱいだった。桃花が何か忠告していたように思えたが、それよりも理研特区に隠された秘密を知りたいという気持ちが強かった。それがわかればもしかしたら自分の好きなものを隠して暮らさなくても良くなるかもしれないから。
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登場人物紹介

有河ミサキ(アルガ-)

両親の他界により理研特区化学研究科の親戚に引き取られ転校してきた少女。真面目で行動的、正義感の強い人物。編入試験で満点を取るほど優秀だが理研特区の常識には疎く、彼らが魔法と海を頑なに避けていることに疑問を抱いている。

金ヶ崎桃花(カネガサキ モモカ)

一文路本家が滅亡したことで理研特区の覇権を手にした金ヶ崎財閥の令嬢。社交的で華がある。転校生である有河にも友好的で、彼女に学校を案内したり、理研特区の歴史や常識を教えたりする。

名取ほむら(ナトリ-)

お団子頭が特徴の元気で愛らしい小動物のような少女。勉強が苦手で仮進級状態のため成績優秀な有河に助けを求める。フレンドリーだが落ちこぼれゆえ友達が少ない。

狩生来夢(カリウ ラム)

有河たちより1学年上のダウナー系少女。出席日数不足で留年している。理研特区近海で秘密裏に進められている計画について調べている。

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