第7話

文字数 3,507文字

 あれから少し私に声をかけてくる子が多くなった気がする。と言っても大半は”あの名取ほむらに勉強を教えるなんて無謀”だの、”成績トップは落ちこぼれにも情けをかける余裕があるのね”などあまり嬉しい内容ではなかった。どうにもここの学校は家柄的にも勉強面でもプライドの高い生徒が多く、その分性格が悪い…きつい子が多いような気がする。それとも理研特区の人はみんなそんな感じなのだろうか。いや確かに嫌味なやつばかりではあるけれど、一方でほむらの友達や同じように成績で悩んでいる子たちとは少しずつだけど仲良くなれている気がする。”有河先生”という呼び名が定着しつつあるのは恥ずかしいが。
 「…そう、上手くいっているのね」
「うん。そこそこ喋れる子もできたし、情報集めも進んでる。いきなり核心的なことを突っ込むのもあれだから、情報通な知り合いはいるかとかそんな感じで聞いているけど」
「ミサキちゃん最近色んな子と話してるものね~。昼休みだって私と会ってくれない日もあるじゃない?ちょっと寂しいわ~」
「そう?桃花だっていつも人に囲まれてるじゃん」
「まあ、囲まれてるのは確かね。それより良い情報が得られたんでしょ?私もそのことについて知りたいわ」
「当然桃花にも共有するよ。えっと、3年の先輩に捜査官並みに色んな事に詳しい人がいるらしくて…なんでも、ハッキングとかもできるって話!」
「そんなすごい人が…!何て名前なのかしら」
「えっと確か狩生(かりう)来夢(らむ)先輩だったかな」
「狩生…?」
「ん?もしかして桃花の知り合い?」
「…いいえ、なんとなく聞き覚えがあるような気がしただけよ。たくさん人に会っていれば1人くらい似た名前の人がいてもおかしくないし」
「それもそうか。でも1つ問題があって、その狩生先輩が不登校なんだよね」
「あら…、それだと会ってお話しするのは難しそうね」
「最初はそう思ったんだけどね、ある”抜け道”を見つけたんだ。その抜け道を見つけたのが…」


 ―数日前、狩生先輩の情報を聞き喜びつつも落胆している頃。
「ざんねんだったねー、登校してくれるのを待つしかないのかなぁ」
「でもそれじゃいつになるかわからないし…他をあたるしかないのかな…」
「そもそも有河先生はどうして情報通の人に会いたがってるの?」
そうだった、他の子はともかく先陣を切って手伝ってくれているほむらにもまだ何も説明していなかった。でも桃花が特別な価値観を持っていただけで今度も上手くいくかなんてわからない。せっかく得た友達を失うことだって…いいや、そんな考えじゃほむらを信頼していないと言っているようなものじゃないか。…ええい、当たって砕けろだ!
 「…というわけなんだけど…」
「…」
沈黙。故郷のことや海が好きなこと、理研特区に対して抱いている疑問など全て話したけど、やっぱり大丈夫そうなところだけかいつまんで話すべきだったのだろうか。いや駄目だ、それじゃ信頼関係が築けるとは思えない。
「…すっごーい!」
「…え?」
「あたしバカだからよくわからないけど、有河先生探偵みたい!それか正義のヒーロー?うーんと、ドラマとか漫画とかで見る社会の悪を見つけ出す捜査官みたいなやつの方があってるかな?とにかくすごーい!」
「…待って、引いたりしないの?クラスで自己紹介した時はだいぶ冷ややかな目で見られたんだけど…」
「えー!なんでなんでー?…あっ、そっか、きっとみんなは難しいことを考えてるからだ!んー、なんて言えばいいのかな、あたしはルールとか慣習?とか堅苦しいのわからないし嫌いだから、有河先生が海好き!って言っても、そうなんだ!としか思わないのかも」
なるほど、理屈っぽい人間ばかりの場所だと思っていたけど感覚で考える子もいるにはいるんだな。そうは言っても理系的思考が尊重されるこの場所ではきっと生きづらいに決まって…駄目だ、浮いているからといって不幸であると決めつけるのは良くない。
「でもさっきちょっと間があったような…」
「あ、えっとね、あれは”処理落ち”かな…?」
「処理落ち?」
「お話が難しすぎて…」
”てへへ”と恥ずかしげに笑うほむらを見て難しく考えすぎてしまう自分が逆に恥ずかしくなってきた。
「そうだ!正義の捜査官で思い出したんだけど、有河先生ってゲームとかやる?」
「いや、あんまり…」
「そっかぁ…良かったら知恵を貸してほしいなって思ったんだけど」
「知恵?」
「うん。あたしが今やってるゲーム、『ジャスティス・クロニクル』通称ジャスクロは正義の捜査官になって闇組織と戦うゲームなんだけど、最近謎解き要素が増えてきて詰まってるの!」
「謎解きかー、どんな感じのやつ?」
「お、興味ある?待ってね、今タブレット出すから…」
 そのゲームは故郷でメジャーだったゲーム機にカセットを入れて遊ぶタイプのものではなく、タブレットやPCなどにインストールして遊ぶいわゆる”アプリゲーム”と呼ばれるものだった。アプリを開くと荒廃はしているけど高度な技術が存在していたことがわかる先進的な都市とメインキャラクターらしき人物のシルエット、そしてタイトルのロゴが表示された。私はゲームやサブカルチャーに詳しいわけではないが、正直ほむらがやりそうなのはもっと可愛くてライトな感じのゲームだと思っていたので意外だった。
「基本的にはキャラクターを動かして散策したり戦ったりするアクションパートがメインで、最近そこに謎解きパートも追加されたんだ~。1つのミッションをクリアするまでにかかった時間を他の人と競うことができるんだけど、ランキング1位の”LAMBDA”って人がすごくて…!」
画面にはタイムと名前、そしてその人のアバターらしきものが映し出されている。素人なのでわからないが2位以下の人と比べて半分くらいのタイムを出している”LAMBDA”はきっとすごいプレイヤーなのだろう。アバターとして設定されている目隠れの少女の見た目からは想像がつかないけど。
「…ほんとだ、ぶっちぎりの1位って感じだね。女の子なのかな?」
「どうだろうね~、多くの人が自分をイメージしたアバターを使うけど、どんな見た目にするも自由だから、実はおじさんでした!なんてこともありえるよね!でも、もし見た目通りだったとしたらたぶんあたしたちと同じくらいの子だよね?」
「同じくらい…待って、確か狩生先輩について聞き回った時に”オンラインゲームが好き”って情報なかった!?」
「あった!不登校って聞いて、お家で何してるんだろー、暇じゃないのかなって思ってたけどゲーム好きってわかって納得したもん!ってことはもしかしてこのランキング1位の人って狩生先輩ってこと!?」
「ユーザー名も”LAMBDA”…ラムダ、だし…下の名前の来夢(らむ)から取ったとも考えられるね」
「えー!?じゃあゲーム内のチャット機能で狩生先輩と話せるチャンスがあるってこと!?」
「待って、早まるのは良くないよ。その人が本当に狩生先輩かもわからないし、ゲーム内でいきなり”狩生先輩ですか!?”なんて声をかけたら不審に思われるに決まってる」
「そっか…そうだよね。いい作戦だと思ったのに…」
「いい作戦なのは確かだよ。だからまず私たちは3年生の先輩とか、狩生先輩を見たことがありそうな人に狩生先輩の見た目について聞いてみる。それで特徴が一致してたらより確実になるでしょ? で、ゲーム内で話しかけても不自然にならないように…『ジャスティス・クロニクル』のランキング上位を目指す!」
「えっ!?ジャスクロのランカーになんて無理だよ!」
「大丈夫、私も一緒にやるから!協力して頑張ろう!」
「うう…確かにランカー同士なら声かけるのも自然かもだし、ゲームの話から仲良くなって実際に会ったりもできるかもだけど…」
「とにかく、不登校の狩生先輩と接触するにはそれが一番!…あと個人的にそのゲーム面白そうって思ったし」



 「あはははは!すごいわ、ミサキちゃん、あなたこそ面白いわ!」
「あれ、私なんでそんな笑われてるの?もしかして作戦として駄目…?」
「いや、いいと思うわ。その人が本当に狩生先輩なら好きなことからアプローチするって大事だもの。私も交渉の際に使おうかしら」
「交渉?」
「ええ、金ヶ崎(うち)の事業のことでね、ちょっと難航してて」
「へぇ、高校生なのにそんな大役を任されてるなんて桃花はすごいね!」
「そ、そうかしら?でもなかなか難しいのよ?ミサキちゃんの行動力や賢さが欲しいくらいだわ」
「えー、私は突っ走ってばっかりで、現場の突撃兵にしか向いてないよー」
「うふふ、それがミサキちゃんの良いところよ」

 「ほんと、欲しくなっちゃうくらいに…」


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登場人物紹介

有河ミサキ(アルガ-)

両親の他界により理研特区化学研究科の親戚に引き取られ転校してきた少女。真面目で行動的、正義感の強い人物。編入試験で満点を取るほど優秀だが理研特区の常識には疎く、彼らが魔法と海を頑なに避けていることに疑問を抱いている。

金ヶ崎桃花(カネガサキ モモカ)

一文路本家が滅亡したことで理研特区の覇権を手にした金ヶ崎財閥の令嬢。社交的で華がある。転校生である有河にも友好的で、彼女に学校を案内したり、理研特区の歴史や常識を教えたりする。

名取ほむら(ナトリ-)

お団子頭が特徴の元気で愛らしい小動物のような少女。勉強が苦手で仮進級状態のため成績優秀な有河に助けを求める。フレンドリーだが落ちこぼれゆえ友達が少ない。

狩生来夢(カリウ ラム)

有河たちより1学年上のダウナー系少女。出席日数不足で留年している。理研特区近海で秘密裏に進められている計画について調べている。

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