第8話

文字数 2,024文字

 さて、思っていた以上に第一の作戦は上手くいきそうだ。いきなり先輩たちのフロアに入り込んであれこれ話しかけるのは不審かと思ったが、狩生先輩は色々な意味で有名なようで私たちはただの物好きな後輩くらいにしか見られなかった。”不登校の人間の顔を知ったって意味ないじゃない”とあしらわれることがほとんどだったものの、中には親切に写真を探してくれる人もおり、ついに私たちは狩生先輩の顔を知ることができたのだ!
 「思ったより似てたね!さっすが有河先生、作戦大成功だよ!」
「まさかここまでスムーズにいくとは思ってなかったよ。目が隠れるほどの前髪という特徴がそのままだったのは美味しかったね」
そう、思った以上に狩生来夢は”LAMBDA”に似ていたのだ。もちろん服装などはゲームの世界観に合わせたものであるが、髪型や顔の雰囲気はそのままであった。2つの存在をイコールで結べたおかげで私たちは次のステップへ行ける。
「でもまだまだ作戦の序盤だよ。これからが大事。LAMBDAが狩生先輩だってわかっても接触できなきゃ意味がないからね」
「うん、その通りだよ!ここからあたしと有河先生のジャスクロランカーへの道が始まるもんね!さっそく有河先生もジャスクロをインストールしよっ!」
「それなんだけど、既にちょっとだけ遊んでみたんだよね」
「そうなの!?初心者の新鮮な反応を見るのが楽しみだったのにぃ!あ、でもでも、まだはじめの方だよね?ジャスクロではあたしが先生になれるはず…!」
「そうだね、今度は名取先生のお世話になるかも。えっと、確か昨日レベル20のステージまでクリアしたんだっけな…」
「れ、レベル20…!?」
「うん。とりあえずメインクエストってやつを全部終わらせておこうかなと思ったから…」
ほむらは硬直して目だけをぱちくりさせている…。何かまずいことでも言ったのだろうか、もしかして進みが遅かったとか…
「う、嘘…、あ、あたしが先生になれると思ったのに…どうして…」
「え…?」
「有河先生、ジャスクロ歴はどれくらい…?」
「え?えっと、先週から始めたから1週間くらい…?」
「い、1週間で!?待って、あたしがレベル20のクエストクリアしたの割と最近なんだけど!? …じゃ、ジャスクロでも有河先生は先生です…」
…こういったゲームをやるのは初めてだったせいでつい熱中し過ぎたらしい。ほむら曰く、レベル20クエストは最近追加されたメインクエストの中でも最難関のステージらしくジャスクロファンたちもかなり苦戦していたらしい。確かに1週間のうち2日くらいはここに時間を費やしたし、難しかったのは確かである。しかし私のような新参者が比較的あっさりとクリアできてしまったことについてはほむらだって内心良くは思っていないはず。謙遜するのも調子に乗るのも誤った判断だろう。ならば最初から目的だけを話すか。
「つまり私は初心者としてほむらの足を引っ張らずに済むってことだよね?」
「そ、それどころかあたしより全然すごいよ!」
「良かった、ならマルチプレイで遊んでも大丈夫そうだね」
「えっ、マルチ!?」
「うん。このゲーム複数人でチームを組んで遊ぶこともできるんだよね?ゲームに慣れてるほむらにはアクションパートで活躍してもらって、謎解きパートでは私が頑張れば…」
「た、確かにそれがいいと思うけど…でも有河先生だったらあっという間にアクションも上手くなると思うよ…?」
「そうかな?それならそれでどちらのパートでも一緒に頑張れるからいいと思うけど」
しかし何故かほむらの表情は曇っていた。元はと言えば彼女がおすすめしてくれたゲームだ、一緒に遊べた方が楽しいものではないのだろうか。
「そ、それなら心強いな!えっと、そしたらどこかで試しにプレイしてみたほうがいいのかな?」
「そうだね。ならこの後とかどう?」
「いいよ!どこかいい場所ないかなぁって言っても、あたしあんまりそういうとこ詳しくないし、有河先生もだよね…?」
「うーん、確かに私も知らないかも。そしたらどちらかの家とか―」
「い、家っ!?」
…どうしたのだろう、家という言葉を聞いた途端ほむらが悲鳴を上げた。気になるけどあまり深堀りするのも良くない気がする。
「…もしかしてほむらの家はまずかった?だったらうちでも大丈夫だよ。まあうちというより親戚の家なんだけど…」
「親戚の?」
「実はうち、両親いないんだよね…」
「えっ…、そうなんだ…」
「あ、ごめん暗い話なんかして。私は全然大丈夫だから!」
「…」
「ほむら?」
「…うちの…さんも…なら…」
「ほむら?聞こえてる?」
「うえっ、あ、うん!ごめんね、色々考えちゃった」
「ほむらは優しいね、ありがとう」
 結局私の家…正確には親戚の家で遊んだわけだが、親戚のおばさんは私が友達を連れてきたことが嬉しかったらしくほむらを熱烈に歓迎した。最初は怯えていたほむらも実家のようにくつろいでいたように思う。その一連の姿はまるで小動物のようだった。



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登場人物紹介

有河ミサキ(アルガ-)

両親の他界により理研特区化学研究科の親戚に引き取られ転校してきた少女。真面目で行動的、正義感の強い人物。編入試験で満点を取るほど優秀だが理研特区の常識には疎く、彼らが魔法と海を頑なに避けていることに疑問を抱いている。

金ヶ崎桃花(カネガサキ モモカ)

一文路本家が滅亡したことで理研特区の覇権を手にした金ヶ崎財閥の令嬢。社交的で華がある。転校生である有河にも友好的で、彼女に学校を案内したり、理研特区の歴史や常識を教えたりする。

名取ほむら(ナトリ-)

お団子頭が特徴の元気で愛らしい小動物のような少女。勉強が苦手で仮進級状態のため成績優秀な有河に助けを求める。フレンドリーだが落ちこぼれゆえ友達が少ない。

狩生来夢(カリウ ラム)

有河たちより1学年上のダウナー系少女。出席日数不足で留年している。理研特区近海で秘密裏に進められている計画について調べている。

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