第10話

文字数 1,365文字

 結局昨日は桃花のことが気になってLAMBDAからのチャットを確認する余裕がなかった。確かに彼女は見た目も思考も大人びているが、それでも私と同じ高校生だ。あれが日常なのだとしたら理研特区最大の財閥は最悪の組織だ。そしてそれに頼って生活している私たちも最悪だ。
「桃花、昨日…その…大丈夫だった?」
「昨日?」
「見間違いだったらあれだけど、学校終わってすぐ高そうなスーツ着たおじさんと一緒にいなかった?」
「ああ、あの人はお世話になっているグループの社長さんよ。うちだって独力ではあんなに発展できないもの」
「そうなんだ…。でもあの人桃花のことやたら触ってたし、変なこととかされなかった?」
「変なことって?」
「え、それは、その…」
「あら、ごめんなさい。ちょっとからかっただけよ。大丈夫、あなたが心配しているようなことは起きていないわ。それにこれは必要なことだから…」
「必要って…家のためなら自分の感情より大人の機嫌をとるってこと!?そんなの…」
「ありがとう、ミサキちゃんはいい子ね。でも私はこれくらいしなきゃいけないの。かつての覇者であった一文路は跡取りが無能だったがゆえに滅びたんだから…」
正直一文路がどうとかはよくわからなかったが、家のために生きる志を語る桃花の目には何故か光ではなく深淵が見えた。


 「あー!なんだよ、せっかくボクがチャットを送ってやったのに返信きてないじゃん!チャットの返信は2時間以内って常識だろ、これだからリアル重視のやつは…。萎えたから今日は久々に”白鯨”を漁るか…」
ボクの趣味は2つ。1つはジャスクロで遊ぶこと。そしてもう1つが理研特区の裏に流れる情報を探ること。裏に流れる極秘の情報を見つけるなんて普通の人には出来ないことだろう。でも何故かボクは小さい頃からこういうのが得意だった。それこそ昔は特技として皆に自慢していたが…いや、この話はやめておこう。とにかく、理研特区の悪事は全部ボクが見つけ出し匿名で公開サーバー上にアップすることで潰している。さしずめボクは正義の捜査官…まるでリアル・ジャスクロだ。
 今までは内容もセキュリティも大したことない情報ばかりでヌルゲーだったが、今回の”敵”は結構骨のあるやつである。理研特区近海一帯を巻き込んだ大規模なエネルギー開発計画、通称白鯨プラン…現状わかっているのはその程度だ。でも滅多に外に出ないボクだって海で何か大きな工事が行われていれば気付くような気がするが、今のところそんな光景を見たことはないしネット上でも話題になっていない。そもそも海上もしくは海中に施設を造ってそこをエネルギープラントにしようなんて御伽噺のようである。単なる誰かの空想か…だがそれにしては厳重に守られ過ぎている。
「そもそも発信者自体がダミーくさいんだよなぁ…計画の内容どころか誰が、あるいはどこが主導なのかすら知られたくないみたいだ」
そうは言ってもこれだけ金のかかる計画、もし本当に実行しようとしているならそれ相応の財力と権力が必要なはず。それが可能なのは一部の財団、研究機関、そして化学研究科本部…
「まあ、金の流れを調べれば追々わかることか」
 
 この時のボクは大きな勘違いをしていた。鯨は生み出されていなかったのではない。とっくに存在していたものを何者かが隠していただけであったのだ。
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登場人物紹介

有河ミサキ(アルガ-)

両親の他界により理研特区化学研究科の親戚に引き取られ転校してきた少女。真面目で行動的、正義感の強い人物。編入試験で満点を取るほど優秀だが理研特区の常識には疎く、彼らが魔法と海を頑なに避けていることに疑問を抱いている。

金ヶ崎桃花(カネガサキ モモカ)

一文路本家が滅亡したことで理研特区の覇権を手にした金ヶ崎財閥の令嬢。社交的で華がある。転校生である有河にも友好的で、彼女に学校を案内したり、理研特区の歴史や常識を教えたりする。

名取ほむら(ナトリ-)

お団子頭が特徴の元気で愛らしい小動物のような少女。勉強が苦手で仮進級状態のため成績優秀な有河に助けを求める。フレンドリーだが落ちこぼれゆえ友達が少ない。

狩生来夢(カリウ ラム)

有河たちより1学年上のダウナー系少女。出席日数不足で留年している。理研特区近海で秘密裏に進められている計画について調べている。

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