第6話

文字数 1,957文字

 視線の正体は私の机からひょこりと頭だけ出してこちらを見ている少女であった。その姿に見覚えがないので恐らく他のクラスの子だろう。
「あ、あの…私に何か…?」
「ぴゃっ、な、なにも…ここにはなにもいません!」
机の陰で縮こまって、隠れているつもり…なのだろうか。でもわざわざこの教室まで来て用がないということはないのでは。
「えっと、まずあなたは誰なのかな?それと、何故私のところに?」
「あわわっ、一度にたくさん聞かないで!」
「あ、えっとごめん…。改めて、あなたは誰?」
「あう、あの、あたしは名取ほむらですっ!クラスはおとにゃっ…お隣のB組です!」
「名取さん…、やっぱ他クラスの子か。で、名取さんはどうしてうちのクラスに?」
「あ、えっとあたしこのままだと2年生になれなくて…」
「2年生になれない?もう2年生じゃん」
「えっと、その、1年の時成績が悪すぎて…一応2年生にはなれたけど1学期で目標点を取らないと留年ってことで1年生に戻されちゃうんだ…」
なるほど、さすが難関校。進級にもある程度のレベルが要求されるのか。しかし成果が上げられないと2学期から下の学年ってただ留年するより過酷では…?
「そういうわけだから…その…」
「私の力を借りたいってことね?」
「…!」
頭を縦にブンブンと振り、肯定の中の肯定と言うような勢いの頷きだ。小心者なのか、元気なのかよくわからない…が、この状況は願ったり叶ったりなのでむしろ私の方こそこの子に感謝したいほどである。
「そのっ、忙しいなら全然いいのでっ!あたし自分のクラスの1番の子にも見放されちゃったくらい馬鹿だし…」
「いや…むしろ私は大歓迎だよ?何か頼みごとをしてくれたの、名取さんが初めてだし」
「ふぇっ!?…あ、あの、お金とか…」
「お金?いやいや、お金なんて取らないよ!」
「え…なんで…?あれ、もしかして噂に聞いていた感じと違う?」
「噂?」
「みんな有河さんのこと怖い人だって…声をかけるだけで怖い目つきでにらまれたり、学校案内だとか言って人がいないところに連れ込んで恐喝したり…」
「待って、なにそれ!?私そんなことした覚えないんだけど!」
「ひっ!?」
…しまった、驚きのあまり大きな声を出したら余計怖いイメージを強めてしまう。それにしたって何も知らないやつが勝手に人のイメージを決めつけるなって話だ。一体誰が…と思ったが、恐らくこのような噂を流しているのは桃花の取り巻きたちだろう。理研特区の権力者と親しげな転校生が気に食わないのだ。いや、私からしたら”そんなこと知るか!”って話だけど。
「あ、今のはごめん…。そもそも私転校してから1か月くらい経つのにほとんど誰からも話しかけてもらえてないからね?いっそ”友達になれやー!”って恐喝したいくらい…」
「えっ、な、なんで?」
「初日にやらかしたからかなぁ…」
「やらかし…ま、まさか…」
「いやたぶん名取さんが想像しているようなものじゃないと思う。普通にさ、自己紹介でスベったというか…てかこのことは噂になってないのもおかしな話だね」
「…?」
「ああ、ごめん。前置きはいらないよね。うーん、名取さんも私の好きなものが海の生き物やマリンスポーツだって言ったら引く?」
「えっ、う、ううん!確かにびっくりはしたけど、別にそれだけで嫌だとは思わないよ…?」
「ほんと?良かったー!せっかく”勉強会で仲良くなろう作戦”が上手くいきそうだったのに、やっぱ他の人に頼むねって言われたらどうしようと思って!」
「ふえ…?勉強会で仲良くなろう作戦…?」
「あ、やば…、待って今のナシ!別に教えてやったんだから仲良くしろやみたいな脅しじゃないから!」
「…ふふっ、有河さんって面白ーい」
「え?」
「だって作戦まで立てて友達作ろうなんて…やっぱ噂はただの噂ってことかぁ」
なんだかよくわからないけど、先程までの警戒…というか怯え切ったような感じはない。これはもしかしなくとも2人目の友達ができるということではないだろうか。
「…とにかく、勉強教えてくれるってことだよね?それに…それだけじゃなくて、あたしもクラスにあんまりお友達いないから…」
「そうなの?名取さん普通に友達いそうな感じなのに…」
「ほむらでいいよ!その代わり有河さんのことも好きなように呼んでいい?」
「うん。あ、下の名前知ってる?ミサキって言うんだけど…」
「うん、知ってるよ、有河

!」
「せ、先生…?」
「うん!だってお勉強教えてもらうんだもん、だから

!これからよろしくですっ!」
「あ、あはは…よろしくね…」
”先生”など大層なニックネームを頂いてしまったが、私だって単に勉強ができるだけで人に教えることについては素人である。果たして愛嬌のある敬礼とキラキラとした瞳からにじみ出る期待を裏切らないような勉強会ができるだろうか。


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登場人物紹介

有河ミサキ(アルガ-)

両親の他界により理研特区化学研究科の親戚に引き取られ転校してきた少女。真面目で行動的、正義感の強い人物。編入試験で満点を取るほど優秀だが理研特区の常識には疎く、彼らが魔法と海を頑なに避けていることに疑問を抱いている。

金ヶ崎桃花(カネガサキ モモカ)

一文路本家が滅亡したことで理研特区の覇権を手にした金ヶ崎財閥の令嬢。社交的で華がある。転校生である有河にも友好的で、彼女に学校を案内したり、理研特区の歴史や常識を教えたりする。

名取ほむら(ナトリ-)

お団子頭が特徴の元気で愛らしい小動物のような少女。勉強が苦手で仮進級状態のため成績優秀な有河に助けを求める。フレンドリーだが落ちこぼれゆえ友達が少ない。

狩生来夢(カリウ ラム)

有河たちより1学年上のダウナー系少女。出席日数不足で留年している。理研特区近海で秘密裏に進められている計画について調べている。

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