第13話

文字数 2,548文字

 珍しく桃花が学校を休んだ。まあ今まで休むことなく毎日登校していたから欠席に少し驚いただけで、よく考えたら家の事情などで休むこともありえるだろう。クラスメイトたちの反応もおよそ私と似たような感じであった。
 「えっ、これって…!」
「なに、どうしたの!?」
「ちょっと、今ニュースで…」
HRが終わって皆が端末を開いた途端クラス内が急に騒がしくなった。一体何があったのだろう…
「有河さんも、これ見て!桃花様が…」
「えっ、も、桃花が…?」
近くの席の子に言われるがまま新着ニュースを確認するとそこには”金ヶ崎財閥の令嬢、救急搬送。急性アルコール中毒か”という見出しがあった。
「嘘…どういうこと?理研特区では未成年の飲酒が許可されているってこと…?それとも接待で無理やり…」
「そっか有河さん知らないのね。うちでは飲酒前にアルコール分解剤を飲むことで15歳以上ならお酒が飲めるのよ。」
「そ、そうなんだ…ありがとう」
「未成年の飲酒のためだけじゃなくて酔いによるトラブルやこういった急性アルコール中毒への対処法でもあるはずなんだけど…」
「じゃあ桃花は分解剤を飲まなかったってこと…!?」
「あるいは…こんなことを言うのは金ヶ崎様に対する不敬だけれど、誰かが錠剤をすり替えたか…」
「…桃花様に敵がいるなんて考えたくもないけれど、その可能性が高いですよね…」
「そうね、私は以前お兄様に連れられてお酒が飲めるお店に行ったことがあるけれど、入口に確認用の機械があったもの…」
「あら、確か5年ほど前にアルコール飲料を提供する全ての飲食店に機械の設置が義務化されたはずですわ」
何故か私を囲んでクラスメイトたちが議論を始めてしまった。情報を整理すると、理研特区では独自に開発された錠剤を飲むことで未成年でも飲酒が可能で、その錠剤を飲むことは年齢に関わらず義務みたいなもの…チェックもきちんとされているようだ。でも今回桃花は何らかの理由でその錠剤を飲まなかったから体調を崩し搬送された…
「でも金ヶ崎の転覆を狙うなら桃花様ではなく直接お父様に手を下した方が…」
「いえそもそも殺害が目的ではないのかもしれないわ」
「一体誰がこんなことを…!」
…何か違和感がある。違和感と言うか不快感と言うか…。飛び交うのは金ヶ崎財閥に明確な敵が現れたことへの衝撃と不安、犯人についての推測…一応桃花の体調を心配する声もあったがそもそも何故彼女がこのような状況に陥ったのか、財閥のために身を犠牲にする彼女のやり方に疑問を抱く人や彼女を助けたいと思う人はいないのだろうか。皆桃花の話をしているようで桃花のことを考えていないのではないか。
「財閥が…権力者がそんなに偉いのかな…」

 その後1日どう過ごしたかはあまり覚えていない。私も理研特区で育っていたら桃花を1人の人間として見ることができなくなっていたのだろうか。理研特区の秘密を探るなどと言っておきながら基本的な常識さえまだ教えてもらう段階で…ただの女子高生がアクセスできる情報なんてたかが知れていると諦めて狩生先輩のような特別な存在にすがろうとしてはいないか。
 「…真っ直ぐ家に帰ることが多いけど、たまには」

 まずは高校生の寄り道の定番、ファミレス。クラスの子が言っていた通り入口にアルコール飲料を注文したい人向けのチェック機械が設置されている。…ということは理研特区のファミレスではお酒を提供しているのか。船に関わる仕事をする人が多いイサナでは申請を通過した居酒屋だけがお酒を出していたので分解剤が普及しているとは言え少し不思議な感覚である。
「注文がタッチパネルなのは…まあ、うちもそうだったし…自動で頼んだものが運ばれてくるのはハイテクだよね…」
しかも保温と保冷が完璧なカプセルに入った状態で料理が運ばれてくる。ただ驚くべきことにメニューに載っている美味しそうな料理はどれも人工食料らしい。野菜だけは生態研究科産の室内野菜だけどそれ以外は肉も魚も、このケーキも本物ではないということである。
「普通に美味しいけどなぁ~、でも天然素材じゃないって聞くとなんかイメージ悪くなるのは私がイサナの人間だからかなぁ…」
そういえばここに来てから生魚を食べていない。料理はおばさんに甘えているから食材事情もさっぱりだ。…よし、次はスーパーマーケットに行こう。
 スーパーマーケットもやたらハイテクだ。買い物カートにナビゲーション端末が付いていてどこに何の商品があるのかすぐにわかるし、セールの情報も手元で確認できる。まあそれは理研特区の雰囲気からなんとなく想像できることで、私が驚いたのは精肉コーナーと鮮魚コーナーが存在しないことである。どうやらここの人たちはミールキットを使うらしく、料理のジャンルごとにたくさんの種類のミールキットが並んでいた。温めるだけで完成するものやお湯を入れるだけでいいものなんかは私も知っているが、中にはパッケージを折ったり、ひもを引くだけで料理ができるものもあった。…持ち運ぶ際に誤って調理されたりはしないのかが気になったけれど、とにかく1から料理するのは食材を調達する段階から難しいことがわかり少し残念であった。
 「うーん、色んなところを見て回ったけどどこもハイテクで、時間効率重視で…無機質?だったなぁ…」
途中見かけた様々な機械はきっと化学研究科ならではのものではないだろう。理研特区という国全体がこんな感じなんだろうと思う。衣類やプラスチック製品などは一見わかりにくいけどきっとうち独自の素材を使っているのだろう。その証拠に多くの商品には金ヶ崎グループのロゴが入っていた。改めて金ヶ崎の影響力は半端ないのだなと思い知らされた気がする。
「でもやっぱり自然はこの街から排除されているんだな…」
人工物ばかりの街だから人々の心も乾ききっているのだろうか。いやうちの学校に来る人たちが偶々そんな感じなだけで実際はもっと生活に潤いを欲している人がいるかもしれない。
「…そうだ!」
私は高校生。自分で言うのも何だが、未来ある若き研究者だ。つまり”学校の課題のため””研究のため”と付け足せば街の人たちからデータが得られるかもしれない!そうと決まれば早速行動だ、と意気揚々にインタビューの内容を考えたが…
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登場人物紹介

有河ミサキ(アルガ-)

両親の他界により理研特区化学研究科の親戚に引き取られ転校してきた少女。真面目で行動的、正義感の強い人物。編入試験で満点を取るほど優秀だが理研特区の常識には疎く、彼らが魔法と海を頑なに避けていることに疑問を抱いている。

金ヶ崎桃花(カネガサキ モモカ)

一文路本家が滅亡したことで理研特区の覇権を手にした金ヶ崎財閥の令嬢。社交的で華がある。転校生である有河にも友好的で、彼女に学校を案内したり、理研特区の歴史や常識を教えたりする。

名取ほむら(ナトリ-)

お団子頭が特徴の元気で愛らしい小動物のような少女。勉強が苦手で仮進級状態のため成績優秀な有河に助けを求める。フレンドリーだが落ちこぼれゆえ友達が少ない。

狩生来夢(カリウ ラム)

有河たちより1学年上のダウナー系少女。出席日数不足で留年している。理研特区近海で秘密裏に進められている計画について調べている。

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