第7話 ミズ (ア)

文字数 1,057文字

僕は、何も出来なかった。
生まれたときから側にいたハジマリノキミが、死んでしまった。
僕は、何も出来なかった。

人間は友達の死骸を踏みつけ、僕の形を変えて行く。
掘り起こされ、水路が広げられ、そして僕の命がそれに奪われる。

森は、悲鳴と共に、どんどん死んで行く。
僕の命は人だけが利用し、どこに行くのかわからない。
僕や水路にはフタがされて、ケモノが飲むこともできず嘆いて去って行く。
真っ暗な泉の中で、僕はハジマリノキミを残して動くことが出来なくなり、ヌシは僕の中に入ったまま眠りについた。
僕は時々フタに置かれた板の隙間から空だけを見つめていた。

時々、イタミビトたちの楽しそうな笑い声が聞こえた。
イタミビトが僕の上に座り、イタミビトの子供が僕を踏みつけ、僕の上で跳びはねて、その音が泉を反響して気が狂いそうになった。
気が狂いそうになると、僕はハジマリノキミが眠るイシに寄り添うことで、ようやく落ち着きを取り戻す。

全ての命を育んでいた僕は、ハジマリノキミを奪われて、光を奪われて、友達を奪われて、たった1人、何も出来ない、ただの水になった。


僕は、僕は、

耐えられなかった。

僕は、僕は、
自分がワケのわからない、ただの水という物質に変貌し、命をイタミビトに利用されるだけの物になって、存在がだんだんあやふやになっていった。
ハジマリノキミの記憶だけが、僕をカミにつなぎ止めていた。

雨が降り始めた。
ザアザアと、バタバタと、板が激しく鳴り響く。
キミと聞く雨音はあれほど心地よかったのに、今は板に打ち付ける音は全てが騒音で、頭を滅茶苦茶に叩かれているようで僕の頭は水に溶けて無くなった。

 “ 水が増えるぞ ”

 “ 大変だ ”

友達が慌てて水草に捕まり、流されそうになる子供たちをキミがすくって泉に避難させる。
僕はキミを壊さないように、我慢して水の量を調整していた。

“ がんばれ、がんばれ、カミ、がんばれ ”

我慢する僕を、キミが真剣な顔で応援する。
笑わせないでよ、噴き出して鉄砲水になっちゃうよ。

“ たいへん、水草に捕まってるみんなを避難させなきゃ ”

そうしてくれるかい?僕も手伝うよ。

そうして、友達がたいへんたいへんと避難してくる。
ハジマリノキミを手伝って、笑って曇り空をあおぎ手を繋いだ。

 “ もうすぐ止むかな? ”

「そうだね。」

返事を思わず声に出して、ふと我に返った。
ああ、夢と現実が混乱している。心地よく混乱して、僕を癒やしてくれる。
でも、もう友達はみんな死んでしまった。

みんな、 死んでしまった。

僕の大切なハジマリノキミは死んでしまった。
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