第21話 逃げよう、逃げよう、ヤマを捨てよう

文字数 1,997文字

人間達の、動きは本当に早い。
ヨキヒトがなぜ、山が崩れたあと、あそこに住んだのか知らないけれど、それはこうなるのをまるで知っているようにも感じていた。

「ユラギカゼ!」

森へ戻る僕らの元へ、ヨカゼの兄様達が降りてきて声をかけた。

「駄目だ、これ以上近づいちゃいけないよ。」

「兄様!でも、ハジマリノキミを連れていかなきゃ!
まだハジマリノキミがここにいるって事は、ハレニギノノカミは完全にオソガミになりきってない!
まだ、 まだ! 間に合うんだ!」

「ユラギカゼ!

わかった!わかったから、ここで止まるんだ!僕らが上から見てくるから!」

「兄様、ありがとう!クロさん止まって!」

「暗いのに、見えるの?」「の?」

「見えるよ、兄様達はヨカゼだもの。夜のカゼには暗闇なんて昼間と同じだよ。」

「ふうん」

山犬たちが止まり、ユラギカゼが黒い空を見上げる。
苦しそうな顔で、コマドリノカミ達を見てささやくように言った。

「コマドリノカミ達は、逃げてもいいよ。」

「バカねえ」
「ここまで来てさ」
「最後まで付き合うわよ」

「でも、死んじゃうかもしれない。」

コマドリのカミたちが顔を見合わせる。
わかってる、自分たちはとても弱い存在だ。毒気の一息吸っただけで死んでしまう。
でも、それはユラギカゼも同じだと思う。

「みんな……」
「みんな、同じなのよ」
「逃げても同じ、山が死ぬとき」
「あたし達も死ぬのよ」

「この山にカミが多いのは」
「ヤマノカミが、ハレニギノノカミが、神気を上げてくれたからだもの」

「みんな逃げてるけれど」
「逃げ場が無いのはみんな」
「わかってるのよ」

重い気持ちで待っていると、だんだん周りが静かになって、動物たちが騒ぐのをやめて集まりはじめた。

「私たち、死ぬのかしら?」

「水が毒になったら、」

「水が無いと生きていけない」

「ヤマを出よう」

「ヤマを出てどこに行く」

「そんな物探さなきゃ、わからないさ」

「人間共が!」

「逃げよう」「ヤマを捨てよう」

「逃げよう」「逃げよう」「捨てよう」「ヤマを捨てよう」

口々にヤマを見限る言葉を放ち、人間への恨み言をつぶやく。
暗い森の中で、動物たちの気配だけがひしめき、キラキラと瞳が光る。

ヤマが、死んでしまうと言うのは、こう言うことかもしれない。
毒にまみれたヤマからは、生き物が、全ていなくなってしまうのだ。

ユラギカゼが泣きそうな顔で、真っ黒な空を仰ぐ。

「兄様……兄様……お願い、助けて。」

横を見るとふわりと穏やかに輝くハレニギノハジマリノキミが、すでに輝きを失い、真っ黒になってしまったヌシを抱いている。

「ヌシ、あとどのくらい持つ?」

「も〜う〜、だ〜め〜だぁ〜〜
どろ〜になるぅ〜」

「ヌシ、ヌシ、頑張ってよ。もうちょっとだから。」

「うむ〜〜〜、ちょっとがんばるぅ〜
は〜や〜くぅ〜、なんとか〜してくれぇ〜」

びゅうっと突風が来て、空を見る。
ヨカゼの兄弟が飛んでくると、愕然と声を上げた。

「向こうの森が枯れて消えている!
これ以上先に行っては行けないよ!毒気で沢山生き物が死んでいた!」

思わず聞いていたみんなが息を呑み、顔を合わせる。
不安に動揺して、ザワザワとざわめいた。

「兄様!でもハジマリノキミを連れていきたいんだ!
きっとハジマリノキミを見たら、正気に戻ると思う!
まだ間に合うんだ!」

「間に合わないよ、ユラギカゼ。
もう、ハレニギノノカミはもういない!あれはオソガミだ!
ユラギカゼ、ハジマリノキミをここに置いて逃げろ!
毒気はだんだん広がっているんだ!」

「いやだっ!イヤだ、イヤだ、イヤだっ!
兄様の馬鹿っ!なんでそんなこと言うの?!」

「ユラギカゼ!自分の身体をご覧、もう半分消えかけているじゃないか!
それほど弱っているのに、なぜそこまでカワノカミに肩入れするんだ!
我らカゼの眷属にはチのことは、かかわらずとも生きてゆける。
このままでは、お前はもう消えてしまうよ!」

「兄様!僕はこのままきっと消えるでしょう。
でも、またユラギカゼは生まれるよ。
その時、あのきれいなカワを、あの美しい生き生きとしたこのヤマを!
僕は、笑って見てほしいんだ!
死んだヤマで寂しく吹くカゼにはなりたくない!」

「ユラギカゼ!」

ビョウとユラギカゼから風が起きて、ヨカゼの兄弟が飛ばされる。
その時、森の向こうにゆらゆらと、松明の火がいくつも見えた。

「ヒトだ!森の向こうにヒトが沢山いる!」

ヨカゼの兄弟が声を上げた。

ヨキヒトだ!

みんな顔を合わせて、明るい顔になる。

「兄様!そこに連れてって!ハジマリノキミを起こすんだ!」

「わかったよ、僕らの可愛い弟。ただ……
僕らは何度も生まれ変わる。でも、今のお前は、お前だけなんだ。
今の命を、けっしておろそかにしてはいけない。
ユラギカゼ、簡単に消えないと約束して。」

「約束するよ!兄様!僕は無理しないから!だから早く!」

ヨカゼの2人が目を伏せ、暖かな吐息を送るとうなずき合う。
そして、松明の光がある方向へと皆を案内した。
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