エンゲージ

文字数 3,883文字

 初陣でカツミが撃墜した敵機の数は、他の新人の五十倍。熟練パイロットすら超える戦果だった。
 特区の戦闘機は複座。ルシファーは副操縦士(オフィサ)として同乗した。カツミは、ジェイから受け取ったカードを護符のようにセットすると、能力者でも耐え難い加速と旋回を苦もなくこなし、機を自由自在に操った。

 戦場はメーニェ星の衛星オッジ。
 主戦場は大気圏外の宇宙空間だったが、熱圏を超えた中間圏にまで攻勢をかけている。
 喉を締められるような緊張の中、ルシファーは課せられた解析をこなすので精一杯だった。その中で疑問ばかりが脳裏をかすめる。カツミに恐怖心はないのかと。

 操縦と火器管制。この機ではその全てを機長が行う。後席のオフィサの主務は、無線データ管理と火器操作補助である。
 しかしカツミはオフィサの提供するデータに頼らず、索敵データを先読みし、敵機表示と同時に毎秒百発の機関砲を撃ち続けた。その勢いに自動装弾が追いつかず、ルシファーが手動で予備弾倉を装填する始末だ。
 ミサイルは中距離用のものが四発。短距離用のものが二発しかない。カツミはそれを温存し、機関砲撃ちっ放しのまま、旋回性能限界近くで機を操った。にもかかわらず、操機に無駄がないため燃料の減りはむしろ遅い。

 コンピュータ制御の機体だが、急激な姿勢制御と火器のオンオフには機長の操作を必要とした。対戦機も同じように人間が操っている以上、高い操縦能力がなければあっという間に撃墜されてしまう。しかしカツミの情勢判断は的確で、意思決定も速い。
 ルシファーは、カツミの父ロイが速攻を得意としていたと聞かされていた。その意味を、息子カツミの行動でまざまざと思い知らされる。

 接近戦ではレーダーなどなんの意味もない。身体能力と判断力が頼りなのだ。カツミが急旋回した後方には、敵機の残骸が散り続けた。視認のみに依存しないカツミの認知能力は能力者でなければあり得ないものだった。
 誰もが参戦に躊躇する混乱した戦場。だがカツミは、一見無謀に思えるほど躊躇なく切り込んでいく。
 その行動をセーブするのが、最初にセットされたカードだった。フライトが過激になると鋭くアラームを鳴らし、HUD(ヘッドアップディスプレイ)に警告を表示するのだ。それを無視すれば機体が自損しかねない。従うしかなかった。
 しかし。カツミの奮戦にもかかわらず、戦況はむしろ悪化していた。編隊を組んでいた友軍機は、すでにほとんど撃ち落とされていたのだ。態勢立て直しのために本隊が帰投命令を出すだろうとルシファーが思い始めた頃、カツミの口からとんでもない提案が飛び出した。

「本隊に連絡して」
「なんの連絡ですか」
「今からオッジに単独接近する」
「えっ?」
「これじゃ、埒(らち)が明かない。向こうの基地を無力化する」
 無力化……。ルシファーは提案の意味をすぐには理解出来なかった。
「レーダー基地を爆破する。もうこれ以上、飛べないようにしてやる」
 劣勢の乱戦を一気に打開する。それは本来司令部が指示すべき作戦行動であり、一兵卒に過ぎないカツミの提案は越権行為だ。だが無策の司令部が対応に苦慮しているのは火を見るより明らかだった。

「了解(ウィルコ)」
 オフィサの立場としては制止すべきなのだろう。だが、カツミの言動は地上にいる時と全く違っている。それを感じ取ったルシファーは、カツミがどこまでやるのか、出来るのかをどうしても見たくなった。

 ルシファーが本隊に提案を打診し、返答を待っている間にも、カツミは片っ端から敵機を撃墜し続けていた。だが、墜としても墜としても、蟻が蟻塚から湧くように新たな敵機が現れる。それもそのはず、敵軍のパイロットは、ほぼ全てがクローンなのだ。兵士は使い捨て。いつでも増産できる道具でしかない。

 彼らと対峙しているルシファーは、内心忸怩(じくじ)たる思いだった。自分も同じように使い捨てなのか? 嫌だ。冗談じゃない。自分は道具じゃない。決して!
 服務命令違反で処罰されかねない、あまりに突飛な提案なのに、返信がなかなか来ない。
 ルシファーはじりじりしていた。却下であれば却下で、すぐに帰投命令を出してくれ! だが司令部からの返信はルシファーの予想を翻した。

 『許可する』
 そうか。ルシファーの脳裏に司令部の本意が浮かんだ。敵軍がクローン兵士を大量導入してくることは最初から分かっていたはず。その数的不利を跳ね返す切り札としての能力者部隊投入だった。
 だが、能力者は神ではない。どれほど鬼神のように機体を操作できても、一騎当千というわけには行かないのだ。多くの友軍機を失った上に、これといった戦功を得られないまま引き上げれば、司令部は無能の烙印を押されかねない。

 『なんでもいい。目に見える戦果を一つ出せ。やれるものならな』
 それが許可の実態だろう。司令部にとっては、戦死者が二人追加されたところでどうということもないが、万が一にでも戦果が出れば体裁が保てるわけだ。
 ルシファーは、怒りを押し殺してカツミに司令を伝えた。
「機長。許可が出ました。どうやるんですか?」
「潜る」
「は?」

 この機は現在、オッジ成層圏の中程。中間圏にいた。
 カツミは面食らっているルシファーに目もくれず、機体を180度ロールすると緑の大陸を頭上に見据えて操縦桿を最大に引いた。
 スプリットSで高度を下げ速度を上げるのか? とルシファーは思ったが、それどころではなかった。カツミは機首を真下に向けて全速力で降下させたのだ。

 水平飛行と違い、垂直の動きの時には迎え撃つ弾やミサイルとの関係が点と点になる。当たりにくく、回避もしやすい。だが、一歩間違えば地上に激突して一巻の終わりだ。

 そうか……ルシファーは大いに納得した。宇宙空間や高高度での戦闘は、動けるスペースが大きい分、敵の動きをあらゆる角度から予測しなければならない。
 だが、地表近くではそれを絞り込める。そして、敵の迎撃手段も極度に限られる。地対空ミサイルも迎撃戦闘機のミサイルも、自陣を誤爆する恐れがあるので使えない。潜り込むことさえ出来れば、敵の迎撃能力を大幅に減ずることが可能なのだ。
 ただ……単機で敵地深くに潜り込むには、途轍もない勇気と超高度な操縦能力を求められる。ルシファーは、ただただ絶句する。これが……超A級能力者というものなのか、と。

 しかしルシファーは、すぐに気持ちを切り替えた。
 HUDにオッジレーダー基地のデータが表示される。爆撃の目標地点は四か所。この機の中距離誘導ミサイル全てに爆撃目標地点を入力する。

 いよいよ眼前に目標地点が迫ってきた。カツミが中距離ミサイルを全弾撃ち放つ。四発のミサイルはほぼ同時に四か所の基地に飲み込まれ、大爆発を起こした。

 地上からの高度に余裕のあるうちに、カツミは楽々と機体を引き起こす。すぐに高速水平飛行に移行し、今度は残存するレーダー塔を機関砲で薙ぎ払った。
 基地は完全に無力化された。そのデータ解析報告を、オフィサから受けた機長が命令する。
「作戦終了。帰投許可申請」
「了解(ウィルコ)」

 蟻塚の穴が塞がれ、目を失った蟻が次々に駆逐される。制空権を失うと、地上基地は爆撃機の餌食になるだけだ。援軍到着時間確保のために、メーニェに残されていた手段は一つしかなかった。星間誘導ミサイルの照準がシャルーに向けられたのだ。
 メーニェの警告に対して、シャルーもミサイルで応戦する構えを見せた。どちらかが発射すれば、両星とも廃墟と化す。このミサイルを撃ち落とす手段はないのだから。

 交戦の代わりに、駐留艦隊の空母の中でチキンレースが始まった。戦局が膠着する中、二国間の緊張を必要以上に高めたと、カツミの行動への非難が噴出したのだ、
 しかし。空母に帰投したカツミは、ただじっと黙していた。時を待つように。その先にあるものを知っているかのように。

 戦闘が中座して三日目のこと。時が凍りついた戦場に一つの訃報が届いた。
 ──国王崩御。
 長い間、過去の栄光を無為に引きずり続けていたシャルー国王が、ついに逝去したのだ。
 軍の指揮権は評議会にあったが、用意された文書に署名するだけと言っても、頂点には国王が就いていた。
 その崩御を評議会が利用しないはずがない。葬儀と服喪の名目ですぐさま休戦提案が出された。

 破滅直結の星間ミサイルに頼るしかないほど劣勢に追い込まれていたメーニェだけでなく、戦局を全くコントロール出来なかったシャルーにとっても、国王崩御は降ってわいたような僥倖だったのだ。ミサイルの照準はすぐさま背けられ、即日休戦協定が結ばれた。

 それは、国王崩御という偶然がもたらした結果なのだろう。だが、特区に戻ったカツミを待っていたのは非難や懲罰ではなく、特進の栄誉だった。カツミが単騎断行した作戦への誹謗中傷は全て伏せられ、代わりに栄誉を着せることによって、あまりに無策だった司令部の失態が覆い隠された。

 祀り上げられていくことにカツミは何の感情も示さなかった。ルシファーはそれが不思議でならない。カツミは自分自身のことを道具だと思っているのだろうか。彼は死への恐怖すら覚えない最強の道具なのか。
 いや……。ルシファーは首を振り、その疑念を振り払った。飛んでいる時のカツミはまるで別人だった。大地の鎖から解放された彼は、鳥のように自由を謳歌していた。まるで、百年前の伝説の英雄が再臨したかのように。

 カツミ専属オフィサであるルシファーは、この先ずっと彼の変貌を見続けることになる。
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登場人物紹介

□カツミ・シーバル

主人公。

男性。十九歳~二十歳。少尉~少佐。飛行隊。

眉目秀麗。幼顔で中性的。身長160センチ。華奢で小柄。

右の瞳がトパーズ色、左の瞳がクリムゾン色のオッドアイ(ヘテロクロミア)。

肩まで伸びたやや癖のあるクリーム色の猫っ毛。

最高位の士官学校を首席卒業した優秀な人物。父親は特区の最高責任者。

母親はカツミを産んですぐに死亡。一人っ子。

育児や教育は使用人によって行われ、父親からネグレクトと虐待を受けて育つ。

拒食症で不眠症。体力は特殊能力で保持している。

超A級特殊能力者だが、子供の頃に父親の本音を知るのが怖くなり、能力のほぼ全てをみずから封印した。ただし戦地では解放している。

口癖は「ごめん」。自虐的で自罰的。逆に天然な面があり、小悪魔的。

無意識に他人の本音を引き出す言動をする。

必要のない人間だと言われることを極度に恐れている。寂しがり。


□ジェイ・ド・ミューグレー

カツミの恋人。

男性。二十八歳~二十九歳。少佐。研究者。

貴族の家柄。家は財閥系の情報企業。長男で弟がひとりいる。

身長180センチ。すらりとした長身。黒髪。淡い茶色の瞳。眼鏡をしている。

幼い頃から天才と騒がれ跡取りとして大事に育てられる。

幼年学校は二年スキップしたにも関わらず、あらゆる資格を取得。

士官学校も一年スキップで卒業する(ラヴィ・シルバー以来の快挙)。

家の跡を継ぐまでの間という約束で長年の夢であった特区入隊を果たすが、事故により飛行隊任務が出来なくなる。婚約も破棄。任務も研究職に変える。家の跡取りは弟に変わる。

カツミにとっては父親的存在。

優しさと狡さ、独占欲と包容力を持つ。長いスパンで先を見通すため、他人には理解し難く、アンビバレンツな人物に見える。

□シド・レイモンド

ジェイの元恋人。一年前に別れたが、現在も未練を持っている。

男性。二十八歳。少佐。軍医(外科医)。

実家は開業医。父親は外科医。母親はシドが十歳の時に離婚。一人息子。

肩まで伸びた癖のある栗色の髪。栗色の瞳。女性的な印象。

スキップで入学した医大を首席卒業した切れ者。毒舌家で皮肉屋。挫折を知らない世渡り上手。

カツミの恋敵的存在だが、いい人を演じている。

□フィーア・ブルーム

カツミの同僚。ライバル的存在。

男性。十九歳。少尉。飛行隊。

さらりとしたクリーム色の髪。深く青い瞳。A級特殊能力者。

母親から虐待を受けて育つ。士官学校に入る前からアーロン(ジェイの弟)に見出され、支援を受ける。

温厚で控え目な性格を演じているが、他人に本音で接することを恐れている。

□セアラ・ラディアン

カツミの姉的存在。関係は一度だけあるが実質片思い。

女性。十九歳。少尉。管制塔任務。

さらりとした長い黒髪。栗色の瞳。美少女。

天真爛漫。反面、思慮深く母性が強い。

大きな瞳をくるりと上に向けて微笑む癖がある。

□ユーリー・ファント

カツミの同僚。上官。

男性。二十五歳。少佐。飛行隊。

実家は貿易商。サラの幼馴染み。自称情報通。A級特殊能力者。

社会背景や軍の在り方に強い疑問を持っている。

困った時に頭を掻く癖がある。

□ロイ・フィード・シーバル

カツミの父。特区の最高責任者。

男性。四十七歳。中将。

クリーム色の短髪。トパーズ色の瞳。長身。

実力主義の冷酷な人物。カツミのことは所有物と思っている。

A級特殊能力者。

□ルシファー・セルディス

カツミの同僚。後輩。

男性。十八歳。少尉~大尉。飛行隊。カツミのフライトオフィサ。

実家は百貨店経営や貿易を営む名家。兄と姉がおり、末っ子。

さらりとした黒髪。深い緑色の瞳。身長180センチ。長身。

A級特殊能力者。特に『聞く者』の能力に長けている。

他人の心の裏側が聞けることで、子供の頃は人間不信で攻撃的だった。

聞けることが当然で育っているので、シールドが高く聞けないカツミに振り回される。同時に唯一の分からない相手であるカツミに惹かれる。

口が達者だが奥手。頭脳先行型。俯瞰から物事を見るのは得意だが、他人の気持ちは察するよりも読んできたので、思い図ることが苦手。観察者側に自分を置く。

読書が趣味。常に分厚い本を読み漁っている。愛読書は『廃船の記録』。


□サラ・ノース

シドの医大時代の後輩。ユーリーの幼馴染み。

女性。二十七歳。少尉。軍医(内科医)。

完璧主義で竹を割ったような性格。物事を突き詰めて議論しないと気が済まない面があるが、逆に繊細で素直な一面もある。バイタリティのある人物。

内心、シドのことが好き。


□ライアン・クレイスン

カツミとは別の飛行隊所属。ルシファーの幼年学校時代の先輩。

男性。二十三歳。大尉。

短い黒髪。黒い瞳。筋肉質な身体。長身。

北区の基地から特区に転属。士官学校出ではなく能力者でもないので、レアケース。

父親の代からの移民(亡命)。

努力家。おおらかで正義感が強く面倒見がいい。実は女好き。

セアラにひとめ惚れする。

□アーロン・ド・ミューグレー

ジェイの弟。

男性。二十七歳。ミューグレー家の次期当主。

くすんだ長い金髪をゆるく束ねている。薄い茶色の瞳。長身。声はジェイと瓜二つ。

天才ともてはやされた兄と常に比較されて育ったため、ジェイに対するコンプレックスと両親やそれに連なる特権階級に対する憎しみを持っている。

他人は自分の目的を達成させるための道具。目的のためには手段を選ばない冷酷な人物。


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