第35話

文字数 1,346文字

ボス「……(倒れているアキオを見る。そしてアキオのそばに行き、しゃがみこんで、動かぬアキオの身体を言葉もなく見下ろした)」

ボスの脳裏に、アキオのあの含みを持った眼差しが次々に浮かんでは消えていった。

血はカーペットに染み渡っていた。

ボス「(振り向いて壁際にうずくまる翼をもう一度見る)」

翼の顔は涙に濡れていた。

ボス「(そのとき、浴室から何か音がするのに気づいた)」

ボス「(幸子を振り返りながら、ガラスの割れた窓から冷気が吹き込んでくる音がする風呂場の方に行く)」

ーーー浴室・脱衣所

ボス「(割れた窓に目をやった)」外の樹が、葉ずれの音をたてている。

ーーーボスと幸子の寝室

ボスは寝室に戻ってくる。

翼「(ショックがさめやらず無言だったが、歯をがちがち鳴らしはじめ、まるで何かにとりつかれたように)僕、人を、人を……殺してしまった。僕はアキオさんを殺した」ボスを見つめ、唇を震わせている。

ボスは一歩つめより、背をかがめ、翼の肩をつかんだまま静かな口調で言った。

「違う翼お前じゃない。(小声で)やったのはこの私だ。私のせいでこうなってしまったんだ」

涙を袖で拭いて、しゃくり上げている翼。胸が苦しくて声にならない。

ボス「翼、翼、こっちを見ろ」翼の肩を掴んで、顔を寄せるようにして話している。

「君のせいじゃない」

翼は泣きじゃくる。

ボス「いいか翼、よく聞くんだ。私がここから出て行ったら警察に電話するんだ、いいね」

一瞬のためらいもなく、翼の声が返ってきた。

「行かないで!」翼の表情はたちまち不安げになり、ボスにしっかりしがみついた。「僕を見捨てないで」

ボス「翼、どんな状況であっても、去ろうとしている者を引き止めることはできないんだ」

翼はさらに泣きじゃくる。「お願い、一人にしないで」

ボス「(話題を変えて)私はね、翼、こう思って生きてきたんだよ。いつでも死ぬことができる、ってね。でも君は違う。これからだ、翼」

泣き腫らした目で翼が、ボスに向かって叩きつけるように言う。

翼「嫌だ!行かないで!」翼は泣きながら震えた。

ボス「翼、人は所詮ひとりだ」

翼「お願い、僕を一人にしないで……」

ボスは翼の肩をつかむ手に力を込めた。どうすればこの世界で翼が生き延びていけるのかはわからないが、優しく語りかけるように話した。「翼、君は自由だ。自由だ、翼。その意味がわかるか?君は自分の道を選ぶことができるんだ」翼の瞳に戸惑いが浮かぶのを見て、ボスはさらに強く語りかけた。「男として生きようと、女として生きようと、君の選択は君のものだ」

ボス「(翼のために)自分の好きなように生きていけ」

すすり泣きを押し殺した翼の表情は変わらなかったが、かすかに希望らしい光が目に宿り、鼻をすすりながら瞬きして上着の袖で涙をふいた。

しゃがんでいたボスは落ちている包丁に目を向け、立ち上がるとそれを拾い上げ、翼の指紋を拭き取り、自分の手で握りしめたあと、元の場所に戻した。そして、血のついた翼の服を脱がせて着替えさせ、その血のついた服をバッグに入れて家を出て行った。

―ー―邸宅の前の道

庭を吹き抜けてゆく風の音。雑木林の茂みがふれあう音。邸宅の開いた門扉は悲鳴をあげ、まるで虎落笛のように鳴っている。

その門扉からボスが出てきて、漆黒の闇の中に消えていく。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

昼ドラ、ブルー★ベルベッドの登場人物


ボス

昼ドラ、ブルー★ベルベッドの登場人物


アキオ

昼ドラ、ブルー★ベルベッドの登場人物


幸子

昼ドラ、ブルー★ベルベッドの登場人物


翼(幸子の息子)

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み