第28話
文字数 2,502文字
次の日、1997年4月23日水曜の未明。
ペルーの首都リマにある日本大使公邸を占拠していたネストル・セルパをリーダーとするトゥパク・アマル革命運動(MRTA)の構成員14人による在ペルー日本大使公邸占拠事件は、ペルー警察の突入により終わりを迎えた。この事件では青木大使をはじめとする大使館員やペルー政府の要人、各国の駐ペルー大使、日本企業の駐在員ら約600人が人質にされていた。そのため、テレビでは緊急特番が組まれ、『ブルー★ベルベット』は放送されなかった。また、しばらくは放送されないだろうと思っていたのだが、25日の金曜日テレビをつけたら、「え?やってる」
………多分、ボスが店の常連客から安く買い取った家具付きの別荘。
その横にある中世のヨーロッパ風の厩舎で、幸子は裸にされ、手首に拘束ベルトが巻きつけられ、ボスの前でSM愛好家たちに麻縄でしばられている。身体を切なげにくねらせ、はかない抵抗をしてみせるが、縄が前へまわってふっくらつぼみのように膨らんだかの双乳が絞りだされ、二重、三重に緊めあげられ、吊り上げられてゆく。背後にはくすんだ煉瓦壁。顔先へ、光沢の放つ黒髪が艶めかしく垂れかかり美貌を覆っている。
天井の柱に吊りあげられた幸子の髪をむごく引き絞りながら、辱しめが行われてる。
その厩舎の中にはペニスを激しく立てて暴れている馬がいる。
が、しかしそれは、昼間にボスとヘッドスカーフをした幸子を乗せたタクシー運転手の幻想だった。
運転手は幸子の顔を思い出しながら思わず大声をあげた。
「くそ、あんないい女がいたらどんなにいいだろう!」
ーーー軽井沢の駅(二人を乗せた時の様子)
駅から出てきた二人。駅には家族連れや楽しげに大笑いをしている男女のグループなどもいる。二人はロータリーに止まっていたタクシーに乗って別荘まで行った。走り出すタクシー。風は爽やかに街を吹き抜ける。ラジオからは曲がかかる。「(You are so beautiful)」
幸子が窓のほうを向くたびに、バックミラー越しに、運転手の視線が幸子に注がれる。
幸子はまったく気づかず、残照にまだ明るい空の下の軽井沢の景色を黙って見ている。教会の屋根や牧草地を漠然と眺めながら、小じんまりした農場やもみの林が両側に続く美しい道路、その向こうには果樹園の傾斜が遠くまで伸びている。
ボス「(濃いサングラスをしている)」表情からは何も読みとれない。六角形のレンズフレアがきらめく。
運転手「(信号待ちの間、視線を幸子から外そうとしない。頭の上から爪先までながめまわし、サディストたる血がわきあがるのを覚えた。滅茶苦茶に犯し尽くしてしまいたいような欲望が、全身を駆け巡っていた)」
ボス「ほら、赤煉瓦の煙突の家が見えるだろ」濃いサングラスを通して幸子に目をやる。
「あそこなの?」幸子がみる。
ボス「(頷く)ああ」
間もなくタクシーは別荘がならぶ道に乗り入れて行った。
時間が経過。
ーーー別荘のリビング(夜)
You are so beautiful の曲がかぶさる。
室内は暖炉で燃える薪だけに照らし出され、心地よい音をたてている。
赤々と燃える火をみながら毛布を羽織り、両手に包んだグラスを傾け、幸子がボスに話しをしている。声はきこえない。
ダイニングテーブルの上には、ワインとチーズと食べかけのパンが残っている。
ボスは幸子の話しを聞きながら、二人の顔にゆらめく炎を見つめている。幸子はそっとボスの方へ身体を寄せ、顎の下に頭を寄せ、上目遣いにボスを見上げ笑う。
暖炉の火の明かりがその顔の上にちらちらと影を投げかける。
ボスは幸子の肩に手をまわし、しばらくそのままにした。
ーーー夜道
タクシーが走る。
ーーー夜道
タクシーが走る。
二人を乗せタクシー運転手「(悶々と幸子の淫らな性的な幻想を思い浮かべている)」
タクシー運転手が怒鳴る「俺は屈辱を味あわせる側の人間で、味わう側の人間じゃねーんだよ!」
考えれば考えるほど、怒りがつのってくる。そして幸子にかきたてられた感情が、アクセルを踏む足に移った。
対向車線を走る車のライト。前の車がウインカーを出して右折。二人を乗せたタクシー運転手は交差点を直進。次の瞬間、自転車に乗った女性が目の前に飛びこんできて、けたたましいクラクションとタイヤの音が鳴り響く。
タクシー運転手はタイヤの音を響かせながら急ブレーキをかけた。
自転車に乗っていた女性はバンパーに当たり、フロントガラスに激突した。
一瞬、なんの物音もしない。
向こうまで飛ばされた自転車、そして地面に落ち、タイヤがまわる音。
次回、最終回の文字を見て、僕は思わず目を剥いて声を上げた。
「マジ!来週で最終回じゃんか‼︎」
翔が呆れたように笑みを引っ込めて「それさ、つまんないんだもん。みなくていいよ」と言った。
「でも」と僕は翔に向かって言った。「最終回は見たくない?」
翔は冷ややかに言う。「まあね」
そしてその夜、翔に打ち明けられたんだ。
「ニューヨークに行こうと思うんだ」
僕は黙っていた。
その頃、翔の中には、ニューヨークで挑戦したいという強い願望があった。
世の中には、自分の内心の願望に手をのばして触りたいと思う奴がいるもので、翔もその一人だ。彼は、名声や賞賛、喝采、そして歓呼の声を懸命に追い求めていた。スポットライトを浴びたい一心で。
「ニューヨークに行ってどうするの?」
「自分を試してみたいんだ、僕のすべてをかけて」ショウはニューヨークに行く決心をした。
人生はたいがいそんなもんだが、期待は常に現実に及ばない。ものごとはそういう仕組みなんだ。
「今のままじゃダメなの?ほとんど変わりのない生活を送っている人はおおぜいいるんだし」
翔は言うんだ。「このままで終わるわけにはいかないよ。どこまでやれるかわからないけど、できるところまでやってみたい。それに思いのまま世界を見ることができるという考えが、自由の翼を広げる美しい瞬間なんだとうと思うんだ」
誰が成功して、誰が成功しないかを決めるのは僕じゃないのに、自分のことは棚にあげて、その時に僕が思ったのは、
アメリカで翔が成功するはずがないということだった。
ペルーの首都リマにある日本大使公邸を占拠していたネストル・セルパをリーダーとするトゥパク・アマル革命運動(MRTA)の構成員14人による在ペルー日本大使公邸占拠事件は、ペルー警察の突入により終わりを迎えた。この事件では青木大使をはじめとする大使館員やペルー政府の要人、各国の駐ペルー大使、日本企業の駐在員ら約600人が人質にされていた。そのため、テレビでは緊急特番が組まれ、『ブルー★ベルベット』は放送されなかった。また、しばらくは放送されないだろうと思っていたのだが、25日の金曜日テレビをつけたら、「え?やってる」
………多分、ボスが店の常連客から安く買い取った家具付きの別荘。
その横にある中世のヨーロッパ風の厩舎で、幸子は裸にされ、手首に拘束ベルトが巻きつけられ、ボスの前でSM愛好家たちに麻縄でしばられている。身体を切なげにくねらせ、はかない抵抗をしてみせるが、縄が前へまわってふっくらつぼみのように膨らんだかの双乳が絞りだされ、二重、三重に緊めあげられ、吊り上げられてゆく。背後にはくすんだ煉瓦壁。顔先へ、光沢の放つ黒髪が艶めかしく垂れかかり美貌を覆っている。
天井の柱に吊りあげられた幸子の髪をむごく引き絞りながら、辱しめが行われてる。
その厩舎の中にはペニスを激しく立てて暴れている馬がいる。
が、しかしそれは、昼間にボスとヘッドスカーフをした幸子を乗せたタクシー運転手の幻想だった。
運転手は幸子の顔を思い出しながら思わず大声をあげた。
「くそ、あんないい女がいたらどんなにいいだろう!」
ーーー軽井沢の駅(二人を乗せた時の様子)
駅から出てきた二人。駅には家族連れや楽しげに大笑いをしている男女のグループなどもいる。二人はロータリーに止まっていたタクシーに乗って別荘まで行った。走り出すタクシー。風は爽やかに街を吹き抜ける。ラジオからは曲がかかる。「(You are so beautiful)」
幸子が窓のほうを向くたびに、バックミラー越しに、運転手の視線が幸子に注がれる。
幸子はまったく気づかず、残照にまだ明るい空の下の軽井沢の景色を黙って見ている。教会の屋根や牧草地を漠然と眺めながら、小じんまりした農場やもみの林が両側に続く美しい道路、その向こうには果樹園の傾斜が遠くまで伸びている。
ボス「(濃いサングラスをしている)」表情からは何も読みとれない。六角形のレンズフレアがきらめく。
運転手「(信号待ちの間、視線を幸子から外そうとしない。頭の上から爪先までながめまわし、サディストたる血がわきあがるのを覚えた。滅茶苦茶に犯し尽くしてしまいたいような欲望が、全身を駆け巡っていた)」
ボス「ほら、赤煉瓦の煙突の家が見えるだろ」濃いサングラスを通して幸子に目をやる。
「あそこなの?」幸子がみる。
ボス「(頷く)ああ」
間もなくタクシーは別荘がならぶ道に乗り入れて行った。
時間が経過。
ーーー別荘のリビング(夜)
You are so beautiful の曲がかぶさる。
室内は暖炉で燃える薪だけに照らし出され、心地よい音をたてている。
赤々と燃える火をみながら毛布を羽織り、両手に包んだグラスを傾け、幸子がボスに話しをしている。声はきこえない。
ダイニングテーブルの上には、ワインとチーズと食べかけのパンが残っている。
ボスは幸子の話しを聞きながら、二人の顔にゆらめく炎を見つめている。幸子はそっとボスの方へ身体を寄せ、顎の下に頭を寄せ、上目遣いにボスを見上げ笑う。
暖炉の火の明かりがその顔の上にちらちらと影を投げかける。
ボスは幸子の肩に手をまわし、しばらくそのままにした。
ーーー夜道
タクシーが走る。
ーーー夜道
タクシーが走る。
二人を乗せタクシー運転手「(悶々と幸子の淫らな性的な幻想を思い浮かべている)」
タクシー運転手が怒鳴る「俺は屈辱を味あわせる側の人間で、味わう側の人間じゃねーんだよ!」
考えれば考えるほど、怒りがつのってくる。そして幸子にかきたてられた感情が、アクセルを踏む足に移った。
対向車線を走る車のライト。前の車がウインカーを出して右折。二人を乗せたタクシー運転手は交差点を直進。次の瞬間、自転車に乗った女性が目の前に飛びこんできて、けたたましいクラクションとタイヤの音が鳴り響く。
タクシー運転手はタイヤの音を響かせながら急ブレーキをかけた。
自転車に乗っていた女性はバンパーに当たり、フロントガラスに激突した。
一瞬、なんの物音もしない。
向こうまで飛ばされた自転車、そして地面に落ち、タイヤがまわる音。
次回、最終回の文字を見て、僕は思わず目を剥いて声を上げた。
「マジ!来週で最終回じゃんか‼︎」
翔が呆れたように笑みを引っ込めて「それさ、つまんないんだもん。みなくていいよ」と言った。
「でも」と僕は翔に向かって言った。「最終回は見たくない?」
翔は冷ややかに言う。「まあね」
そしてその夜、翔に打ち明けられたんだ。
「ニューヨークに行こうと思うんだ」
僕は黙っていた。
その頃、翔の中には、ニューヨークで挑戦したいという強い願望があった。
世の中には、自分の内心の願望に手をのばして触りたいと思う奴がいるもので、翔もその一人だ。彼は、名声や賞賛、喝采、そして歓呼の声を懸命に追い求めていた。スポットライトを浴びたい一心で。
「ニューヨークに行ってどうするの?」
「自分を試してみたいんだ、僕のすべてをかけて」ショウはニューヨークに行く決心をした。
人生はたいがいそんなもんだが、期待は常に現実に及ばない。ものごとはそういう仕組みなんだ。
「今のままじゃダメなの?ほとんど変わりのない生活を送っている人はおおぜいいるんだし」
翔は言うんだ。「このままで終わるわけにはいかないよ。どこまでやれるかわからないけど、できるところまでやってみたい。それに思いのまま世界を見ることができるという考えが、自由の翼を広げる美しい瞬間なんだとうと思うんだ」
誰が成功して、誰が成功しないかを決めるのは僕じゃないのに、自分のことは棚にあげて、その時に僕が思ったのは、
アメリカで翔が成功するはずがないということだった。