第26話
文字数 3,297文字
ブルー★ベルベット第60話
ーーー品川駅近くの喫茶店(昼間)
幸子が入って来て、辺りを探す目。
本を読んで、テーブルについていた女性が待ち構えていたように手を振る。
幸子が近づいていき、座る。ウェイトレスが水を持って注文を取りに来る。
幸子「久しぶり、元気だった?」そう言い、ウェイトレスを見上げてコーヒーを注文する。由美も「じゃあ、私ももう一つ」とコーヒーを頼む。
ウェイトレス「かしこまりました」と言って去る。
由美「幸子、綺麗ね。まあ、昔から綺麗だけどさ」
謙遜する幸子。指輪が光る。
由美「一人息子の翼は元気?」
幸子「ええ、おかげさまで元気よ。中学校の頃は登校拒否だったけど、高校になると、もう言うこと聞かなくて」
ーーー時間経過。
コーヒーを飲む幸子。
幸子の指にはめているダイヤの指輪が気になって、由美はその指輪を見下ろしながら「それで、どうなの?」と幸子の顔を見やりながら、声をひそめて聞く。
由美「お金持ちの男性とのセックスって」
幸子は顔を赤らめた。
由美が唐突に言う。「お金持ちの男性だと、なんかこう、縛ったりしてくるんじゃないの?」
幸子の頭の中ではボスにフェラチオさせられている時の様子が浮かぶ。
由美「お金持ちの男性の望むままに扱われて、普通の女ならできないような経験とかもするんじゃないの?」それには答えず、幸子は由美を凝視し続けている。由美はいったん言葉を切って「まあ天国のような暮らしでしょうけど、私みたいな庶民からすると、お金持ちの男性って、セックスするのもなんでも簡単にできちゃうんじゃないのかしら、そうじゃないとお金持ってる意味ないでしょう」
幸子は笑う。「何言ってんのよ」
由美「ほんとに普通? 犯されたりしないのかしら?友達にあずけて暴行させ、地下牢の拷問で使うような責め具なんかでさ、ほらよくあるじゃない。限られた人たちだけが持つ特権ていうのかなあ」
幸子は咄嗟にごまかした。「お金持ちっていったて、いろいろな支払いでもう大変よ」
由美「お金持ちって、ふつうのやり方じゃ興奮しないんじゃないのかなあ。なんか、美意識とか持ってるんじゃないかしら……」
由美は喋り続ける。「エキゾチックで、豪華な別荘で、麻縄なんかで縛られてーー」
幸子には由美の声はもう耳に入らない。このとき、幸子の心に最もありえない想像が押し寄せたーーーベッドの横に上半身裸のアキオが顔を覗くようにして立ってる。ボスの身体とは違い、しなやかでエネルギーがみなぎっている。日に焼けた滑らかな肌のアキオが幸子を見下ろしている。寝ていた幸子が目を覚ますと、アキオの手が幸子の頭を抱き寄せた。視界と呼吸が塞がれ、キスが始まる。「これ以上はやめて」きっぱりと言ったものの、幸子の意志というより、身体が拒否しただけで、幸子の本心というか、理性とは違い、胸はどきどきしている。
「ーーもし、そうなったらどうする?」いきなり由美の声がする。見つめられながら優しく尋ねられていて、われに返る幸子。一時的に冷静になろうと、水を飲もうとしたが、こぼしてしまう。
―ー―湾に浮かぶ船やモーターボート、そして倉庫や、街を走る広く街路樹に緑られた道路が見える屠畜場。
施設内の洗い台から噴きあがる水に陽光がさして、小さな虹を生んでいる。ボスはスペアリブに使う肉をしいれにきている。
殺され、皮をはがれた大きな牛の肉の塊が生ハムのように頭上のモノレール・コンベアーにフックで吊るされている。肉のカーテンのようだ。
それを見ながら、血とまざった水が側溝に注いでいる音や、牛や豚の鳴き声がする中で、幸子が拷問に耐えながら裸で吊るされているのを想像をするボス。
羞恥に震えながら、尻をくねらせ身悶えして、官能的なぼろぼろの泣き顔の幸子(妄想)。頬は腫れあがっていた。
そんな幸子の姿を自分が翼になって、翼の目を通して見ていたら、空想がつくりだした今の自分が背後から現れて、翼になっている自分のうなじにキスした。初めてサディズムに芽生えたときを心の中で再現したのだろう。そして自身の目をこらすと、短剣を手に持ったアキオがいるのに気づくボス。
ボスは大きく目を開けて、まばたきをした。目の前のアキオは、ボスの頭が気まぐれに作りだしたものでなく、現実の存在に見えた。
豚を切りさいて火にあぶる情景がボスの眼前に彷彿とする。
反り返った短剣を光にかざし、きらめく刃を、うれしそうにながめるアキオ。
そして幸子の透き通るような喉元に短剣を当て、ニヤリとする。
アキオ「さあ、お次は雌豚の番だ。とくとご覧あれ」
ボスの顔を見つめている彼の顔は怒りと血で赤くそまっていた。
肉の料金を告げられ、現実に戻るボス。その瞬間、耳の中は家畜たちの鳴き声で一杯になる。
ーーー品川駅近くの喫茶店から幸子と由美が出てくる。
歩いていると、後ろから大学生くらいの男たちが声を掛けてきた。
男「よかったら、お茶しませんか?」
二人は、振り向いて、恥ずかしそうに顔を見合わせてほほえんだ。
腕を絡ませた幸子と由美。心をはずませながら、由美「私たちも、まだまだ捨てたもんじゃないわね」そう言いながら、その場から二人は嬉しそうに小走りで去って行く。
――ー品川の邸宅
ボスと幸子の寝室。
ドレッサーの前に座って、幸子のように化粧をしている翼がいる。
幸子の濃いパープルの下着を身に着け、シックな洋服を着て幸子に変身する翼。
ーーータイトル『20年前』
ーーーミッション系の高校に通っている幸子の映像。
「翼をください」の曲が流れ始める。
ーーー雑草に覆われた田舎道を丈長の白い木綿のワンピースを着た幸子が歩いている。可愛らしく純真で、天使に見える。と、数人の男が幸子をあじわうように見ている。取り囲まれ、追いかけられて、バンの中に引きずりこまれる。そこに、たまたま一台の車が通りかかる。
車から降りて来た男性が危険をかえりみず幸子を助ける。寝室の仏壇にある写真の中の男である。
その男性と付き合いだし、短大を卒業してまもなく、幸子は、その男性からプロポーズされる。
お腹の大きくなった幸子と男性が幸せそうに歩いている場面が続く。やがて翼が生まれ、より暮らしやすい環境を求めて、男性の実家がある田舎へ引っ越した。幸子たちが落ち着いた先は、古い平家だった。夫の収入は豊かとは言えず、幸子はいつも化粧もせず、無地の簡素な洋服を着ていた。
それから、翼が小学生の時に、交通事故で夫が亡くなり、幸子の幸せは早すぎる終わりを迎え。失意の中、幸子の青ざめた手に触れたのは、長い鎖のついた銀のロザリオではなく、新婚旅行で熱海に行った時に何かの拍子で誠実だった夫が好奇心で買った真っ黒なバイブレーターだった。
幸子の中で思い出が蘇る。バイブレーターの細かく震える振動に熱い思いを抱き、瞳を閉じる幸子。彼女はぎゅっとシーツを握りしめ、あの夜、使ってみてもいいかという夫の問いに、ミッション系の学校に通い、キリスト教の授業を受けてきた幸子は思わず拒否してしまったのを思い出す。この質問を受けるだろうことは充分に予測していたはずなのに……。夫は口をつぐみ、黙っている幸子に探るような視線を向けた。幸子は背を向けるように寝返りをうち、押し黙ったまま胸にかけていたロザリオに触れ、結局、その晩、夫は幸子に触れずに過ごした。バイブレータは一度も使わずにタンスの奥にしまっていた。
幸子は今ひたすら自らを戒めつつも、気持ちを抑えられず無性に彼を求めずにはいられなかった。
ーーー場面は現在に戻る・ボスと幸子の寝室
清楚な幸子にマネた表情から、すっかり淫らな牝の表情へとかわる翼の顔。
屈折した気分を掻きたてられ、派手なガーターベルトでストッキングを吊っている娼婦まがいの姿を鏡に映し、自分に言い聞かせるようにつぶやく翼。
「僕の母親であっても、よその人からみたら女なんだ、メス豚なんだ」
リンゴをかじりながら、買い物から帰ってきたアキオが、廊下からじっと見ている。
翼は今までとはまったく違う洗練された女性に変身した自分が気にいる。
黙ってみていたアキオが翼に向かって甘くささやく。
アキオ「おいで。いじめてあげる」
ーーー品川駅近くの喫茶店(昼間)
幸子が入って来て、辺りを探す目。
本を読んで、テーブルについていた女性が待ち構えていたように手を振る。
幸子が近づいていき、座る。ウェイトレスが水を持って注文を取りに来る。
幸子「久しぶり、元気だった?」そう言い、ウェイトレスを見上げてコーヒーを注文する。由美も「じゃあ、私ももう一つ」とコーヒーを頼む。
ウェイトレス「かしこまりました」と言って去る。
由美「幸子、綺麗ね。まあ、昔から綺麗だけどさ」
謙遜する幸子。指輪が光る。
由美「一人息子の翼は元気?」
幸子「ええ、おかげさまで元気よ。中学校の頃は登校拒否だったけど、高校になると、もう言うこと聞かなくて」
ーーー時間経過。
コーヒーを飲む幸子。
幸子の指にはめているダイヤの指輪が気になって、由美はその指輪を見下ろしながら「それで、どうなの?」と幸子の顔を見やりながら、声をひそめて聞く。
由美「お金持ちの男性とのセックスって」
幸子は顔を赤らめた。
由美が唐突に言う。「お金持ちの男性だと、なんかこう、縛ったりしてくるんじゃないの?」
幸子の頭の中ではボスにフェラチオさせられている時の様子が浮かぶ。
由美「お金持ちの男性の望むままに扱われて、普通の女ならできないような経験とかもするんじゃないの?」それには答えず、幸子は由美を凝視し続けている。由美はいったん言葉を切って「まあ天国のような暮らしでしょうけど、私みたいな庶民からすると、お金持ちの男性って、セックスするのもなんでも簡単にできちゃうんじゃないのかしら、そうじゃないとお金持ってる意味ないでしょう」
幸子は笑う。「何言ってんのよ」
由美「ほんとに普通? 犯されたりしないのかしら?友達にあずけて暴行させ、地下牢の拷問で使うような責め具なんかでさ、ほらよくあるじゃない。限られた人たちだけが持つ特権ていうのかなあ」
幸子は咄嗟にごまかした。「お金持ちっていったて、いろいろな支払いでもう大変よ」
由美「お金持ちって、ふつうのやり方じゃ興奮しないんじゃないのかなあ。なんか、美意識とか持ってるんじゃないかしら……」
由美は喋り続ける。「エキゾチックで、豪華な別荘で、麻縄なんかで縛られてーー」
幸子には由美の声はもう耳に入らない。このとき、幸子の心に最もありえない想像が押し寄せたーーーベッドの横に上半身裸のアキオが顔を覗くようにして立ってる。ボスの身体とは違い、しなやかでエネルギーがみなぎっている。日に焼けた滑らかな肌のアキオが幸子を見下ろしている。寝ていた幸子が目を覚ますと、アキオの手が幸子の頭を抱き寄せた。視界と呼吸が塞がれ、キスが始まる。「これ以上はやめて」きっぱりと言ったものの、幸子の意志というより、身体が拒否しただけで、幸子の本心というか、理性とは違い、胸はどきどきしている。
「ーーもし、そうなったらどうする?」いきなり由美の声がする。見つめられながら優しく尋ねられていて、われに返る幸子。一時的に冷静になろうと、水を飲もうとしたが、こぼしてしまう。
―ー―湾に浮かぶ船やモーターボート、そして倉庫や、街を走る広く街路樹に緑られた道路が見える屠畜場。
施設内の洗い台から噴きあがる水に陽光がさして、小さな虹を生んでいる。ボスはスペアリブに使う肉をしいれにきている。
殺され、皮をはがれた大きな牛の肉の塊が生ハムのように頭上のモノレール・コンベアーにフックで吊るされている。肉のカーテンのようだ。
それを見ながら、血とまざった水が側溝に注いでいる音や、牛や豚の鳴き声がする中で、幸子が拷問に耐えながら裸で吊るされているのを想像をするボス。
羞恥に震えながら、尻をくねらせ身悶えして、官能的なぼろぼろの泣き顔の幸子(妄想)。頬は腫れあがっていた。
そんな幸子の姿を自分が翼になって、翼の目を通して見ていたら、空想がつくりだした今の自分が背後から現れて、翼になっている自分のうなじにキスした。初めてサディズムに芽生えたときを心の中で再現したのだろう。そして自身の目をこらすと、短剣を手に持ったアキオがいるのに気づくボス。
ボスは大きく目を開けて、まばたきをした。目の前のアキオは、ボスの頭が気まぐれに作りだしたものでなく、現実の存在に見えた。
豚を切りさいて火にあぶる情景がボスの眼前に彷彿とする。
反り返った短剣を光にかざし、きらめく刃を、うれしそうにながめるアキオ。
そして幸子の透き通るような喉元に短剣を当て、ニヤリとする。
アキオ「さあ、お次は雌豚の番だ。とくとご覧あれ」
ボスの顔を見つめている彼の顔は怒りと血で赤くそまっていた。
肉の料金を告げられ、現実に戻るボス。その瞬間、耳の中は家畜たちの鳴き声で一杯になる。
ーーー品川駅近くの喫茶店から幸子と由美が出てくる。
歩いていると、後ろから大学生くらいの男たちが声を掛けてきた。
男「よかったら、お茶しませんか?」
二人は、振り向いて、恥ずかしそうに顔を見合わせてほほえんだ。
腕を絡ませた幸子と由美。心をはずませながら、由美「私たちも、まだまだ捨てたもんじゃないわね」そう言いながら、その場から二人は嬉しそうに小走りで去って行く。
――ー品川の邸宅
ボスと幸子の寝室。
ドレッサーの前に座って、幸子のように化粧をしている翼がいる。
幸子の濃いパープルの下着を身に着け、シックな洋服を着て幸子に変身する翼。
ーーータイトル『20年前』
ーーーミッション系の高校に通っている幸子の映像。
「翼をください」の曲が流れ始める。
ーーー雑草に覆われた田舎道を丈長の白い木綿のワンピースを着た幸子が歩いている。可愛らしく純真で、天使に見える。と、数人の男が幸子をあじわうように見ている。取り囲まれ、追いかけられて、バンの中に引きずりこまれる。そこに、たまたま一台の車が通りかかる。
車から降りて来た男性が危険をかえりみず幸子を助ける。寝室の仏壇にある写真の中の男である。
その男性と付き合いだし、短大を卒業してまもなく、幸子は、その男性からプロポーズされる。
お腹の大きくなった幸子と男性が幸せそうに歩いている場面が続く。やがて翼が生まれ、より暮らしやすい環境を求めて、男性の実家がある田舎へ引っ越した。幸子たちが落ち着いた先は、古い平家だった。夫の収入は豊かとは言えず、幸子はいつも化粧もせず、無地の簡素な洋服を着ていた。
それから、翼が小学生の時に、交通事故で夫が亡くなり、幸子の幸せは早すぎる終わりを迎え。失意の中、幸子の青ざめた手に触れたのは、長い鎖のついた銀のロザリオではなく、新婚旅行で熱海に行った時に何かの拍子で誠実だった夫が好奇心で買った真っ黒なバイブレーターだった。
幸子の中で思い出が蘇る。バイブレーターの細かく震える振動に熱い思いを抱き、瞳を閉じる幸子。彼女はぎゅっとシーツを握りしめ、あの夜、使ってみてもいいかという夫の問いに、ミッション系の学校に通い、キリスト教の授業を受けてきた幸子は思わず拒否してしまったのを思い出す。この質問を受けるだろうことは充分に予測していたはずなのに……。夫は口をつぐみ、黙っている幸子に探るような視線を向けた。幸子は背を向けるように寝返りをうち、押し黙ったまま胸にかけていたロザリオに触れ、結局、その晩、夫は幸子に触れずに過ごした。バイブレータは一度も使わずにタンスの奥にしまっていた。
幸子は今ひたすら自らを戒めつつも、気持ちを抑えられず無性に彼を求めずにはいられなかった。
ーーー場面は現在に戻る・ボスと幸子の寝室
清楚な幸子にマネた表情から、すっかり淫らな牝の表情へとかわる翼の顔。
屈折した気分を掻きたてられ、派手なガーターベルトでストッキングを吊っている娼婦まがいの姿を鏡に映し、自分に言い聞かせるようにつぶやく翼。
「僕の母親であっても、よその人からみたら女なんだ、メス豚なんだ」
リンゴをかじりながら、買い物から帰ってきたアキオが、廊下からじっと見ている。
翼は今までとはまったく違う洗練された女性に変身した自分が気にいる。
黙ってみていたアキオが翼に向かって甘くささやく。
アキオ「おいで。いじめてあげる」