第29話
文字数 2,482文字
ブルー★ベルベット最終話。
―ー―品川の邸宅の前の道(夕)
風が路傍の凍てついた草を揺らし、するどい眼光のようなヘッドライトが近づいて来て、男をとらえるように通り過ぎていく。黒っぽい色の長いコートを着て、茶色い髪に顔には無精髭が生えている。
ーーー邸宅(表の門)
鳥の鳴き声が静けさを強調している。
玄関から二つの爽やかな笑い声が聞こえてきて、幸子と由美が表に現れる。
庭にいたカラスが羽ばたいて飛び上がり、木に止まって、そのようすをうかがっている。それがなんとなく薄気味悪さを感じさせる。
邸宅内の道を歩いて、表の門を開けて出てきた由美は満足そうに微笑むと、雨が降りそうだから、ここで。そう言って駅に向かって歩いていく。
男「(雑木林の中に隠れる)」
幸子は門の前で、由美に手を振る。
男の目が幸子に吸い寄せられる。吹きつける風がコートの襞をあおった。
その幸子を見ている何者かの目を感じとったのか、幸子は身体の芯に冷んやりとしたものを感じて、ちょっと身震いし、また玄関へ入る。スカジャンを着たアキオが階段をおりてきて、ホールで靴を履き、幸子を無視するように出掛けて行く。
道路の向こうの雑木林の中に立っている男に気づくことなく歩道を歩いて行く。
風が強くなり、樹はきしむような音を立てて揺れる。カラスが鳴きながら飛び立っていく。
――ー新宿を夕闇が包む頃、バー・ブルーベルベッドの看板が点灯する。
雨が降りはじめ、雷鳴と稲妻が空を裂く。
ラジオから音楽が流れている。
ボスが呟く。雨か……。
いつもはそこそこ混んでいるバーも突然の雨で客は入ってこない。
――ー品川の邸宅の前の道(夜)
生い茂った栗の木々が影を落とす道路で、傘もささずに無言で雨にけむる邸宅を見つめている男の姿。
ヘッドライトの光と雨の雫を通して、事件当日の雨に切り替わる。
ワイパーが規則正しくうごいている緑のカローラ。府中市東芝町の東京芝浦電気府中工場に従業員四千五百二十五人分のボーナスを届けるため、日本信託銀行国分寺支店を現金輸送車が出発するため横づけされている。歩道のわきに停車して現金輸送車を見張っていた緑のカローラが追跡を開始した。現金輸送車は西に向かって走行。レインコートの下に白バイ隊員の制服を着た犯人は現金輸送車を尾行し、国分寺街道で車を端に止め、せわしく目を動かして現金輸送車が国分寺街道から学園通りへ右折するのを確認した瞬間、ギアを入れ、ハンドルを握る力を強め、アクセルをいっぱいに踏み込み、ステアリングを右に切って、タイヤをきしらせて裏通りへ入った。手のひらは、いつのまにか汗でぐっしょりになっている。そして第三現場にカローラを乗り捨てて、大急ぎでシートを剥ぎ、ニセの白バイに乗り換え、雑木林の間の道を猛然と走り出した。しかし、追跡を急ぐあまりシートを引きずっていた。未舗装の石ころだらけの道を水たまりの茶色いしぶきをあげながら抜け、木のいただきから一筋の光があらわれると、右に曲がり、舗装された道を刑務所の壁に沿って前を走る現金輸送車を追って加速した。
運転手の行員がちらりと目をやると、スピードを合わせている白バイが見え、歩道側に車を停止させた。
ーーー学園通り。
その前方に白バイもとまり、警官が降りて近づいてくる。その瞬間、稲妻が走る。
ーーー品川の邸宅(夜)。
大きな雷の音がして、幸子は撃たれように飛びあがる。
ーーー学園通り。
運転席の窓を叩いたので、あけた。口もとを革のマスクで覆ったずぶ濡れの白バイの犯人が身体を前にかがめると「日本信託の車ですね。巣鴨署からの緊急連絡できました。いま巣鴨の支店長宅が爆破されました。この車にも爆発物が仕掛けているとの連絡を受けています」
現金輸送車に乗っていた四名は驚く。詳しく事情を尋ねることなく車から降りて、点検する。
犯人の男が車体のしたを仰向けになって点検すると、「あったぞ!ダイナマイトだ!」
慌てた四人の行員たちは、後ろに逃げた。
「爆破するぞ!」
その瞬間、白い煙りが車体の下から噴き出し、行員たちが車の下を覗き込むと、煙りの中に赤い炎が上がっている。
行員たちは目をみはった。それはまさに、ダイナマイトとしか言いようのないものだった。
犯人の男が(行員たちからすれば白バイ隊員の男)勇敢にも現金輸送車に乗り込むと、車を走らせ、銀色の煙りを吐き出しながら、学園通りを飛ばし、あっという間に見えなくなったーー1968年12月10日午前9時20分
発煙筒から白いもやが立ち昇り、あたりに広がり始める。怯えた羊の群れのように身を寄せあっている現金輸送車に乗っていた4人の行員。
そのとき雷鳴がして、がしゃんとガラスが割れる音が聞こえた。
――ー品川の邸宅(夜)
窓ガラスを割って、鍵に手をかける男。
ーーー学園通り。
1人の行員の怒声。
「た、大変だ!強盗だ!」
ー――バー・ブルーベルベッド(夜)
『いちご白書』をもう一度がラジオから流れている。
雨が止まない中、エンジン音が轟く。店先にヤマハスポーツ350R1を止め、黒い革マスクで、首に白いマフラーをした、雨にうたれずぶ濡れの男がおりてくる。ガラス扉のランプの位置までくると、開けて入ってきた。その瞬間、稲妻が走った。
ボスの目のまわりは緊張している。
三億円事件のあの白バイの男が店内をぐるっと見回してから、カウンターの方にじりじりとにじり寄る。近づいて来て、黒い革マスクを外した。
そして期待するような表情で「スペアリブってある?」
ボスは、しばらく言葉を失っていた。
ーーーボスの回想。
犯人の男が期待したような顔で言う。
「マスターにプレゼント」
一緒に来たもう一人のスポーツ新聞を持っていた男が言う。「かっぱらったんだろ」
「うるせーんだよ、いい物だから、かっぱらったんだよ。マスターにと思ってさ」犯人の男が言う。「開けてみなよ」
――ーバー・ブルーベルベッド(夜)
茫然自失の状態だったが、現実に戻る手段として、ボスは言葉を使った。「(男を見ながら)少々お待ちを」
首に白いスカーフを巻いてレザー服を着たライダーを死んだ白バイの男と見間違えただけだった。
―ー―品川の邸宅の前の道(夕)
風が路傍の凍てついた草を揺らし、するどい眼光のようなヘッドライトが近づいて来て、男をとらえるように通り過ぎていく。黒っぽい色の長いコートを着て、茶色い髪に顔には無精髭が生えている。
ーーー邸宅(表の門)
鳥の鳴き声が静けさを強調している。
玄関から二つの爽やかな笑い声が聞こえてきて、幸子と由美が表に現れる。
庭にいたカラスが羽ばたいて飛び上がり、木に止まって、そのようすをうかがっている。それがなんとなく薄気味悪さを感じさせる。
邸宅内の道を歩いて、表の門を開けて出てきた由美は満足そうに微笑むと、雨が降りそうだから、ここで。そう言って駅に向かって歩いていく。
男「(雑木林の中に隠れる)」
幸子は門の前で、由美に手を振る。
男の目が幸子に吸い寄せられる。吹きつける風がコートの襞をあおった。
その幸子を見ている何者かの目を感じとったのか、幸子は身体の芯に冷んやりとしたものを感じて、ちょっと身震いし、また玄関へ入る。スカジャンを着たアキオが階段をおりてきて、ホールで靴を履き、幸子を無視するように出掛けて行く。
道路の向こうの雑木林の中に立っている男に気づくことなく歩道を歩いて行く。
風が強くなり、樹はきしむような音を立てて揺れる。カラスが鳴きながら飛び立っていく。
――ー新宿を夕闇が包む頃、バー・ブルーベルベッドの看板が点灯する。
雨が降りはじめ、雷鳴と稲妻が空を裂く。
ラジオから音楽が流れている。
ボスが呟く。雨か……。
いつもはそこそこ混んでいるバーも突然の雨で客は入ってこない。
――ー品川の邸宅の前の道(夜)
生い茂った栗の木々が影を落とす道路で、傘もささずに無言で雨にけむる邸宅を見つめている男の姿。
ヘッドライトの光と雨の雫を通して、事件当日の雨に切り替わる。
ワイパーが規則正しくうごいている緑のカローラ。府中市東芝町の東京芝浦電気府中工場に従業員四千五百二十五人分のボーナスを届けるため、日本信託銀行国分寺支店を現金輸送車が出発するため横づけされている。歩道のわきに停車して現金輸送車を見張っていた緑のカローラが追跡を開始した。現金輸送車は西に向かって走行。レインコートの下に白バイ隊員の制服を着た犯人は現金輸送車を尾行し、国分寺街道で車を端に止め、せわしく目を動かして現金輸送車が国分寺街道から学園通りへ右折するのを確認した瞬間、ギアを入れ、ハンドルを握る力を強め、アクセルをいっぱいに踏み込み、ステアリングを右に切って、タイヤをきしらせて裏通りへ入った。手のひらは、いつのまにか汗でぐっしょりになっている。そして第三現場にカローラを乗り捨てて、大急ぎでシートを剥ぎ、ニセの白バイに乗り換え、雑木林の間の道を猛然と走り出した。しかし、追跡を急ぐあまりシートを引きずっていた。未舗装の石ころだらけの道を水たまりの茶色いしぶきをあげながら抜け、木のいただきから一筋の光があらわれると、右に曲がり、舗装された道を刑務所の壁に沿って前を走る現金輸送車を追って加速した。
運転手の行員がちらりと目をやると、スピードを合わせている白バイが見え、歩道側に車を停止させた。
ーーー学園通り。
その前方に白バイもとまり、警官が降りて近づいてくる。その瞬間、稲妻が走る。
ーーー品川の邸宅(夜)。
大きな雷の音がして、幸子は撃たれように飛びあがる。
ーーー学園通り。
運転席の窓を叩いたので、あけた。口もとを革のマスクで覆ったずぶ濡れの白バイの犯人が身体を前にかがめると「日本信託の車ですね。巣鴨署からの緊急連絡できました。いま巣鴨の支店長宅が爆破されました。この車にも爆発物が仕掛けているとの連絡を受けています」
現金輸送車に乗っていた四名は驚く。詳しく事情を尋ねることなく車から降りて、点検する。
犯人の男が車体のしたを仰向けになって点検すると、「あったぞ!ダイナマイトだ!」
慌てた四人の行員たちは、後ろに逃げた。
「爆破するぞ!」
その瞬間、白い煙りが車体の下から噴き出し、行員たちが車の下を覗き込むと、煙りの中に赤い炎が上がっている。
行員たちは目をみはった。それはまさに、ダイナマイトとしか言いようのないものだった。
犯人の男が(行員たちからすれば白バイ隊員の男)勇敢にも現金輸送車に乗り込むと、車を走らせ、銀色の煙りを吐き出しながら、学園通りを飛ばし、あっという間に見えなくなったーー1968年12月10日午前9時20分
発煙筒から白いもやが立ち昇り、あたりに広がり始める。怯えた羊の群れのように身を寄せあっている現金輸送車に乗っていた4人の行員。
そのとき雷鳴がして、がしゃんとガラスが割れる音が聞こえた。
――ー品川の邸宅(夜)
窓ガラスを割って、鍵に手をかける男。
ーーー学園通り。
1人の行員の怒声。
「た、大変だ!強盗だ!」
ー――バー・ブルーベルベッド(夜)
『いちご白書』をもう一度がラジオから流れている。
雨が止まない中、エンジン音が轟く。店先にヤマハスポーツ350R1を止め、黒い革マスクで、首に白いマフラーをした、雨にうたれずぶ濡れの男がおりてくる。ガラス扉のランプの位置までくると、開けて入ってきた。その瞬間、稲妻が走った。
ボスの目のまわりは緊張している。
三億円事件のあの白バイの男が店内をぐるっと見回してから、カウンターの方にじりじりとにじり寄る。近づいて来て、黒い革マスクを外した。
そして期待するような表情で「スペアリブってある?」
ボスは、しばらく言葉を失っていた。
ーーーボスの回想。
犯人の男が期待したような顔で言う。
「マスターにプレゼント」
一緒に来たもう一人のスポーツ新聞を持っていた男が言う。「かっぱらったんだろ」
「うるせーんだよ、いい物だから、かっぱらったんだよ。マスターにと思ってさ」犯人の男が言う。「開けてみなよ」
――ーバー・ブルーベルベッド(夜)
茫然自失の状態だったが、現実に戻る手段として、ボスは言葉を使った。「(男を見ながら)少々お待ちを」
首に白いスカーフを巻いてレザー服を着たライダーを死んだ白バイの男と見間違えただけだった。