第15話〈恋愛事情〉

文字数 3,937文字

純一はコンビニの前で立ち止り、携帯を取り出して見る。メールは美紀からだった。
携帯Mail:「 純一先輩、家を代表してわたしが連絡をします。玉木さんからも話しがあると思いますが、明後日の夜、家でクリスマスパーティーをやります、来られませんか?、お祖父ちゃん達も楽しみにしています。連絡を下さい。」
純一は美紀の誘いに、直ぐ返信をしようと思ったが、帰ってからすることにした。

帰宅すると、母の静香が独りで食卓に雑誌を広げて読んでいた。
「おかえり、割と早かったやないの?」
「うん、和菓子屋の桜井くんと喫茶店の黒坂くんは会社勤めじゃないだろ、明日も仕事だから二次会は無しにしたんだ」
「ひとが多かったやろ?」
「うん、忘年会の時季だからね、明日くらいからカップルが増えるよ」
「そうやろなぁ、クリスマスイブの前の休日やさかい……、あんたは予定はないの?」
「無いことも無いけど、兄さんは何か言ってなかった?」
「何も聞いてへんけど、そうや、あんたは何時頃帰るんやろて言うてたけど、何かあんの?」
「ちょっとね、着替えたらコーヒーを淹れようか?」
「もう、遅うないか?」
「食べたり飲んだりした後には、どうしても胃が苦味を欲しがるんだよ、いいよ、僕だけで、ヤカンを掛けておくから」
「ほな、付き合うたげるさかい、早よう着替えて来なさい?」

二階に上がると、幸一の部屋から〈熱帯JAZZ楽団〉の賑やかな曲が聞こえて来た。
純一は自分の部屋に入ると、パソコンのスイッチを入れておいて、着替えを始める。
着替えを済ませて吉田弓子からのメールを開いた。
Mail:「純一さん、お元気ですか。早速ですが、お会いしたいので時間を取って頂けませんか。わたしは何時でも空いていますから。お忙しいとは思いますが、お返事待っています。突然でごめんなさい。」

弓子からのメールを見終わると、純一は机の上に置いていた携帯を手にして、美紀にメールを送る。
携帯Mail:「こんばんわ美紀ちゃん、あいにく予定が入っているんだ、兄貴からは、まだ何も聞いていないけど、申し訳ないね、家族の皆さんには宜しく伝えてくれるかな、年内に美味しいケーキを食べさせて上げるよ、じゃあ宜しく。」

純一が台所に入ると、父の良雄が隣の間に来ていた。
座卓の前に座り、赤ペンを握りながらノートを見ていた。
「おう、帰ってたんか、早いやないか?」
「まあね、明日も仕事のメンバーがいるから二次会は無しでね……、コーヒー淹れるけど?」
「ああ、貰おうか……」
静香が、沸騰しているヤカンをガスコンロから下ろしながら言った。
「お父さんはミルクたんと入れて下さいね、胃ぃに悪いですよって……」
「ちいと小腹が空いたよって、煎餅でも食べるか、そんならええやろ、まだ仕事せなあかんのや」

純一がコーヒーをカップに注ぎ、食卓に持って行く。
良雄はノートを閉じると、粉ミルクをスプーン山盛りにしてカップに入れた。
静香が、あり合わせの煎餅やクッキーを菓子器に入れて持って来る。
静香が言った。
「今年のクリスマス、どないしまひょ、準備せなあかんもんがある?」
良雄が言った。
「治美も幸一も居らんのやろ?、そや、純一、お前は何か予定はあるんか?」
「僕は、イブは友達と会うけど……」
「ほんなら、お母さん毎年のことや、から揚げでも、よおけ作っといたらええやろ、ケーキは純一に頼んどいたらええし?」
「わたしは、別にケーキは要らしまへんけど、お父さんの方が、無かったら寂しいんやおへんか?」
「まあな、普段は和菓子が多いやろ、ケーキは年に一度か二度や、こども等が大きぃなってからは、誕生日にも食べられへんようになってしもたしなぁ……」
「ほな、純一に頼んどくえ、お金はお母さんが出すさかい」
「いいよ、僕がプレゼントするよ、明後日は、兄さんは憲司さんの家に行く筈だし、治美はどうするのかな……、まぁ、どっちにしても、ふたりともクリスマスの晩御飯には帰って来ないだろうからね……」
「治美は夜勤や言うてたえ、ほんならクリスマスの日ぃは、家は三人でパーティーしまひょか?」
「ちょっと寂しいな、誰か連れて来るかな……」
「クリスマスの日ぃに、そないな暇なおひとが居てますかいな?」
「お母さん、僕だって学生時代は結構、家に居たよ、毎年、から揚げをたらふく食べられるんだから、デートどころじゃなかったからね」
良雄が呆れ顔で言った。
「お前は食い気だけなんか、情けない奴やなぁ、沢見さんのお嬢さんは駄目やったけど、何処かのお嬢さんを紹介して貰うように頼んだろか?」
「だから、それは心配要らないって言っているだろ」
静香が言った。
「そやけどなぁ、ええ年して、彼女のひとりも居てへんやなんて、おかしいやろ、ご近所の手前もあるんやから……」
良雄も言った。
「そうやなぁ、こないだまでは、三人とも恋人の話しなんか、いっこもせぇへんかったんやから、どないに思われとったか分からへんなぁ、別に、気ぃにはしてへんけどな……」
「お父さんは、結構、気にしているように思えるけどな、でも、三人が同時に相手を連れて来たら困るだろ?」
「別に困らへんよ、家は自由な家なんや……。ほんでもな、お母さんはええやろけど、相手さんの家が格式高いのんは、ちょっと対処でけへんなぁ、そこいら辺は承知しといてくれな?」
「僕だって分かっているよ、僕も古い家のひととは無理だよ……。でも、夏目さんの家は結構古い家じゃないの?」
静香が何か言おうとしたとき、廊下で声がした。
「昭信さんのお母さんは東京のひとやから、そんなに古い考えのひとやないよ」
静香が言った。
「なんや、治美、どないしたん、聞いてたんか?」
「幸一兄さん、お風呂は済んだのかと思って?」
「とっくに済まさはったえ、純一は戻ったとこやし、お父さんも済んではるえ、使こたらええがな」
「お母さんは?」
「何時もどおりや、最後でええよ」
「分かった、今、何の話をしてたん?」
「クリスマスのことや、あんたも幸一も居てへんから、三人でやろか言うてたんや」
「違うでしょ、お付き合いの話しをしてたやろ?」
「ああ、それかいな、純一の恋人が格式高いお家のひとやったら、お父さんは付き合いきれへんって、そう言うてはったんや」
純一が言った。
「夏目先生の家は古い家だろ、だからどうすればいいのかなって……」
「あそこのお義母さんは、家のお母さんと一緒やねん、凄く進んではる、それに昭信さんは違うけど、お義母さんと東京のお兄さんはクリスチャンや、そやから京都にお嫁に来て、仏事や町内の行事の付き合いは大変やったって、話しておられたわ」
「そうか、でも、あの辺は若い女性向きのブティックやレストランが出来ているだろ、最近は古い近所付き合いも少なくなっているかも知れないな、夏目医院だけが古い洋館で目立っているからなぁ」
「お兄ちゃん、心配は要らないから、お義父さんは優しいし、お義母さんとも上手くやって行くから、ほな、お風呂、先に使うわね、明日から夜勤やから、ゆっくり寝たいんよ」
治美が出て行くと、静香が思い出したように言った。
「さいぜん言うてはったけど、ほんまにクリスマスの日ぃに誰か連れて来る予定があんの?、準備もあるさかい、言うといてな?」
「そんな大袈裟にしなくても普通に料理を作っておけばいいよ、大食漢を連れてくる訳じゃないから」
「そうか……、何時やったか、ラグビー部の友達や云うて、寮に居てはるひとを三人も連れて来はったことがあったやろ、食べるもん足れへんし、往生したのを忘れてしまへん……」
「そんなことがあったね、大学の二年のクリスマスだ、ブラスバンド部からの応援が行かれなくなって、急遽、僕らの同好会が応援部の手伝いで、宝が池のラグビー場に行ったんだ、そのとき大差で勝って、ラグビー部からお礼に来たんだ、そのときに知り合った西垣くんと山岡くんと、それから中尾くんだったなぁ」
良雄が言った。
「思い出した、えろうでかいのがふたりと、ちっちゃいけどがっしりしたのがひとりやったなぁ、二十歳やったらビール飲むか言うたら、どうなるか分からんようになるから結構です、言うて……」
「あれは、家の家計を心配していたんだよ、あいつ等に飲ませたらきりが無いんだ、
でっかい西垣くんと山岡くんは今も社会人リーグでやっているらしいよ」
良雄がクッキーの包み紙を外しながら言った。
「まぁ、今年も我が家はまずまずで終わりそうやな、三十周年の展示会も何とかやれたし、治美と幸一は伴侶を見付けた、心配は純一だけや……」
「どうして心配なんだよ、仕事もプライベートも、何も問題は抱えていないのに……」
「何となくだ、兄と妹に結婚相手ができたんやで、下の息子さんは何か問題があんのですか?、そない訊かれたら答えるのに難儀やろ?」
「いいじゃない、親が知らないだけで、恋人は居ますよって答えれば……」
「ほんまにええんか、そう答えて?」
「いいよ、気にして貰えるのは嬉しいけど、子供の頃は放っておいてくれただろ、兄妹の真ん中で、世話は掛けなかったと思うけどな?」
静香が言った。
「そうやなぁ、あんたには勉強せぇ言うたこともないけど、がっこ(学校)のせんせ(先生)から、何の注意も受けたことあれへんかったなぁ、運動もよぉでけたし、中学から吹奏楽部で、高校大学もクラリネットやサックス吹いて、不良にならんと、真面目に学校と家を行き来してくれはった……」
「そうだろ、だからね、これからもずっとそれでいいよ、心配は掛けないから……。じゃぁ治美が風呂から上がったら声を掛けるように言っといてよ」
そう言い残して、純一は自室に戻った。
相変わらず幸一の部屋からは音楽が聞こえていたが、今度は音量を抑えたゴンチチの演奏に変わっていた。
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