明かされた真実
文字数 3,165文字
いつのまにか、魔法も解けて元通りの姿になってしまっている。
さっきまで、ロダンと一緒に、笑い合っていたのに。
とても寒かったはずなのに、全く寒さを感じない。
力なく横たわったままのみのりは、涙を流すことしかできなかった。
──こんなのって。
──私には、何もできないの?
──ロダン……
不意に、暗闇に一筋の星が流れた。
みのりは無意識に手を伸ばす。
その指先に星のかけらが触れると、そこから黄金色の光が四方に伸びていった。
みのりは暗闇の中で、ある光景を見つめていた。
その映像は、古い映画のように
そこが昔のカペラ王国だと。
──チェーザレ! おまえの運命もここまでだ。このエーテルハートに、おまえを封じる!
剣を手にした若い青年と、あの魔王が戦いを繰り広げていた。
死闘の果てに青年は、自身の切り札である封印の石エーテルハートに魔王を封印する。
魔王は石に封じられながら、断末魔を吐いた。
──おのれジークフリート……我は滅びぬぞ!
──我を蔑んだ者どもに……復讐するまでは……
魔王を封じた青年──ジークフリートは、平和になったカペラ王国の英雄として語り継がれる。
しかし百年近く時が流れたのち、魔王は自身の言葉通りエーテルハートとともに蘇ってしまった。
魔王にはある考えがあった。
──力が欲しくはないか?
──その願い、我が叶えよう。
赤い石……エーテルハートが発する声に、吸い寄せられる影。欲望を持った者たちだ。
だめ。逃げて。魔王はあなたたちの願いを叶えようなんて思っていない。ただ利用しようとしているだけ……
みのりは心の中で叫ぶが、その叫びも虚しく、何人もがエーテルハートの──魔王の糧と成り果ててしまった。
さらに時は流れていく。魔王はジークフリートの末裔たちに復讐しようとし、封印される。
時を経て魔王はまたよみがえる。その繰り返しが何百年も続いた。
──おまえの思い通りになどさせるものか、魔王!
これは、幾度目の戦いだろう。
かつては美しかったであろう、とある村。
ごうごうと燃える炎の中、魔王と、魔法使いの親子が
しかし状況は圧倒的に、魔王に有利なようだ。魔王に立ち向かおうとする彼らは、一方的に
──アンナ。どうか、あなただけでも助かって。
勝てないと悟ったのだろう。魔法使いたちは不思議な力で、一人娘をその場から逃がす。その後、村は焼き払われた。
そして。
──知っているのでしょう。私は人間じゃない。どうして私に関わるのですか。どうして私に優しくするの……
生き延びた魔女は、遠い別世界に来ていた。
何もかもが異なる世界で途方に暮れながらなんとか人間になりきって溶け込もうとするが、人間たちからは距離を置かれ続けていた。
──人間じゃろうが、魔女じゃろうが。わしにはどうでもええことよ。わしゃあ、あんたが好きじゃけえ。
魔女は、人間の男と出会う。明るく陽気な彼は、周囲から異質なもの扱いされて孤立しがちな魔女を、いつも気にかけていた。
魔女はある日、彼もまた不思議な力を持っていて、そのせいで周囲から疎まれてきたことを知る。
似た境遇のふたりは次第に惹かれあい、そして結ばれた。
──私、この場所が好きです。訪れる人々が幸せになれるように……ささやかだけど、魔法をかけましょう。
港の見える丘の上で、愛を誓い合ったふたり。やがて彼らの間には、女の子と男の子が生まれる。
仲良く遊ぶ子どもたちを見守る彼らは幸せの絶頂にあった。
──この子たちは、魔女の血を受け継がなかった。それでいい。人間として、幸せに生きていってくれれば……
だが、幸せは長くは続かなかった。また復活を遂げた魔王が、魔女を追ってやってきたのだ。
かつての戦いで、両親に守られた彼女。今度は自身の家族を守らなければ、そう思った。
辛くも勝利したのは、魔女の方だ。彼女は自身の祖先たちがそうしてきたように、魔王を封印する。
彼は封印される直前、予言めいたことを口走った。
──何度封印されても同じだ。我は必ずまたよみがえる!
だが戦いで致命傷を負った魔女は、自身がもう長くないことを悟っていた。
彼女は最期の力を振り絞り、エーテルハートを破壊した。
映像はそこで途切れ、辺りには再び暗闇と静寂が訪れる。
みのりはここにきて、全てを理解した。思ったほど驚きはなく、全てが頭の中で自然につながった気がした。
──エーテルハートは、願いを叶えてくれるものなんかじゃなかった。
あの伝説は、魔王が復活を果たすために作り上げたもの。全部、封印された魔王の策略だったんだ。
そして、私自身もまた、エーテルハートをめぐる因縁の中に組み込まれていた……
そういうことだったんだ。
「みのり」
どこからか、優しい声がする。聞くと安心するような、不思議な声だ。
みのりはなんとか起き上がり、声の主を探す。
「ああ、こんなに傷ついて──かわいそうに。大丈夫よ。すぐに元気にしてあげるわ」
そこにいたのは──小さい頃から何度も写真で見てきた女性だった。
大好きなおじいちゃんの、最愛の人……
「おばあちゃんなの……?」
「ええ。あなたが生まれたときからずっとそばにいたのよ、みのり」
魔女アンナ……祖母は微笑むと、そっとみのりの額に触れる。眩い光が身体を包み込み、一瞬にして傷が癒えていくのを感じた。
「おばあちゃん……ありがとう。私──」
「あなたの大切な人を助けたいのね」
「うん。人……とはちょっと違うかもしれないけど。私の、大切な友達なの。だから……」
不意に祖母は、真剣な顔でみのりを見つめた。
「みのり、魔王を見たでしょう。その力が、どんなに恐ろしいものか」
みのりがずっと知らなかった、祖母の死の真相。それは、魔王との戦いで受けた傷が元だったのだ。
魔王の脅威を身をもって知っている彼女が、黙って孫を行かせるとは思えない。
自身と違い、戦う術を持たぬ非力な娘であれば、なおさらだ。
けれど……みのりは、唇を噛み締めた。
「ごめんね、おばあちゃん。心配だってわかってる。だけど私、ロダンを放っておくことなんてできない。一緒に、うちに帰りたい。私が、ただの人間で、たとえおばあちゃんみたいに戦えなくたって……諦められないよ!」
みのりはまた泣き出す。祖母は孫の涙をそっと拭った。
「いくら完全に力が戻っていないとしても、あの魔王の攻撃を受けて生身の人間が耐えられるなんて、考えられないわ。きっとロダンがあなたを守るために、事前に魔法をかけたのよ。彼も、みのりのことが大切なのね」
「そんな──私じゃきっとあいつに敵わない。私だってロダンを助けたいのに」
祖母は、笑って言った。
「みのり、手を出して」
言われる通りにしたみのりの右手には、いつのまにか祖母の形見のペンダントがあった。息をのむみのり。
「これ、いつかおじいちゃんにもらったペンダント……家に置いてたのに」
「お守りよ。今開くわ、カペラ王国への道を。彼を大切に思う気持ちがあれば、大丈夫」
祖母はそう言って、みのりを抱きしめた。
「おばあちゃん──!」
「もう時間がない。お行きなさい、みのり。おばあちゃんはいつも、あなたたちのそばにいるわ⋯⋯」
祖母の姿はだんだん薄くなり、消えようとしている。みのりは叫んだ。
「おばあちゃん、ありがとう──大好きだよ」
みのりはほどけていた髪をいつものおさげに結び直して、形見のペンダントを首にかけた。
目の前に開いた空間の隙間から、あの時計塔が見える。カペラ王国だ──
みのりは涙を拭い、顔を上げ、誓った。
「ロダン、待ってて。絶対助けに行く!」