第11話  ゆかり

文字数 2,711文字

「人生大逆転!」に注力するつもりでしたが、ゆかりさんのことが気になり書くことにしました。
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 志塚ゆかり、旧姓相本(あいもと)ゆかりは、子どものころから将来は看護師になりたいと思っていた。
 高校卒業後は看護専門学校に進むつもりだったが、小中高と親友だった尾山(おやま)愛から進学しても一緒にいたいと懇願され、それこそ何となく愛の熱意に押される形で、同じ短大に進学してしまったのだった。
 ゆかりとしては、愛と一緒に短大生活を楽しみ、その後も自分の志望が変わらないようだったら改めて看護専門学校に行ってもいいかなという程度の考えだった。

 短大の2年生になった時、ゆかりは卒業後は、看護専門学校に進む意志が固まっていた。
 ところが、愛はまだ就職が決まらず、就職活動に飛び回っていた。
 そんなとき、愛は短大の先輩が就職していた武田製薬工業に会社訪問をすることになり、ゆかりに同行を頼んだのだった。

 武田製薬工業は、地元の有名企業であることもあり、ゆかりは愛の頼みを受け、二人で武田製薬工業を訪問したのだった。
 二人に応接するのは、営業部で働く先輩の女子だけだと思っていたのだが、訪問してみると、もう一人、芦屋祐真という青年も二人の質問に答えてくれただけでなく、入社試験や面接での注意点も親切に教えてくれたのだった。

 会社訪問の時間が終わり、祐真が先に仕事に戻って女子だけの三人になると、愛は早速祐真について先輩の女性に尋ねた。
 すると、その先輩は、堰を切ったように祐真のことを話し出したのだった。

 曰く、仕事が出来る、お父さんやお母さんを早くに亡くしているが、性格もいい、皆から好かれている、上司からも期待されている、直属の上司だけでなく森山副社長や研究部門の統括や人事部長を務める高田夫妻からも目をかけられており、武田製薬工業の独身女性全員の注目の的と言っても過言ではない、でも、本人はそのようなことは一切気にしていないようだ、そこがまた痺れる、といったもので、聞いている二人の方が恥ずかしくなるほどであった。

 ゆかりは、内心納得していた。
 それだけではなく、実は、初めて祐真を見た時から、初めて会った人とは思えないほどの懐かしさと切なさを感じていたのだった。
 ゆかりは、もはや看護専門学校ではなく、武田製薬工業の入社試験を愛と一緒に受けるつもりになっていた。
 ------看護師も製薬会社も医療をとおして人を支えるのは一緒だわ------
 ゆかりは、祐真に対する好意から自分の志望を変えた言い訳を心の中でした。

 ゆかりと愛は無事に武田製薬工業に就職することが出来た。
 4月に入社し、一か月の研修期間の後、海外事業課への配属が決まった。
 ゆかりは、内心小躍りした。
 祐真も4月に主任に昇進し、海外事業課に異動になっていたからだった。
 しかも、祐真はゆかりの直属の上司であった。

 だが、喜んだのも束の間だった。
 祐真に縁談があり、祐真も承諾したということだった。
 相手の女性は、親代わりとなって祐真を育ててくれた義叔父夫婦の一人娘であるが、血のつながりはないとのことだった。
 多くの女性たちが落胆したのだが、事情を聞けば仕方がないと皆が諦めたのだった。
 ゆかりも諦めた女性の一人だった。

 だが、ゆかりは毎日祐真の顔が見られるだけでも幸せな気持ちになれるのだった。
 ゆかりには、邪な気持ちは全く無く、祐真の部下として祐真の役に立てることがこの上なく嬉しかった。
 祐真は仕事が出来るが、何でも抱え込んでしまう傾向があった。
 海外事業課は、会社の飛躍という期待を背負った部署だった。
 古くから海外事業課としてはあったのだが、近年の会社の方針として海外への事業展開が重視されるようになると、組織の拡大充実とともに業務量も増えるばかりであった。
 祐真は、そんな課の実情と主任という立場上、部下に任せる仕事も部下の負担を気にして自分が抱え込んでしまっていたのだ。

 ゆかりは、新人であり、大したことは出来ないが、コピーや資料の下調べなどだけでなく、祐真の出張先の宿の手配までも出来そうなことは何でも進んでした。
 少しでも祐真の負担を減らそうという思いだったのだ。
 ゆかりは、自分の仕事と祐真にいつも集中していた。
 そのためか、祐真がこの仕事は部下に回すべきか悩むときは、いつもゆかりと目が合い、自然とゆかりに仕事を頼むことが多くなり、祐真も他の部下とのバランスは取って仕事を頼むものの、ゆかりを信頼し頼りに思うようになったのだった。

 ゆかりをやっかむ者もいなかった。
 元々看護師を目指していたということも親友の愛によって皆は知っていたし、ゆかりの奉仕の心や性格の良さと相まって、ゆかりが、純真な気持ちで一生懸命に仕事をしているのは誰もが認めるところだったからだ。

 そのような生活が二年ほど続いた。
 祐真は、一年前に係長に昇進し、ますます仕事が忙しくなり、残業も多くなっていた。
 それに合わせるようにゆかりも仕事漬けの毎日だった。
 誰が見ても美人なのだが、毎日仕事で夜遅く帰り、全く彼氏の影もないことに少しも頓着していない娘を心配したゆかりの両親は、娘が嫌がるかもしれないと思いつつ、知人から今時珍しいお見合いの話があったため、ゆかりに見合いを薦めてみたのだった。

 ゆかりも両親が自分のことを心配していることはよく分かっていたので、お見合いをすることにした。
 見合い相手は、同じ地元の建設会社に勤める志塚賢一と云い、ゆかりより七才年上だった。
 賢一が勤める建設会社は、業界では中堅ではあるが、手堅い経営で高い評価を得ている企業だった。
 賢一は、一目でゆかりを気に入り、双方の両親も意気投合したため、縁談は急速に進むこととなった。
 ゆかりは、周囲のお祝いムードに押された面もあったが、いずれ結婚はしたいと思っていたし、お相手も悪い人ではないので、結婚を受けることにしたのだった。
 賢一が、ゆかりが結婚後も仕事を続けることに賛成してくれたのも受ける理由の一つだった。

 結婚して半年後、賢一に金沢への転勤命令が下りた。
 ゆかりは、親友の愛や同僚、それに祐真たちと別れるのは寂しくもあったが、武田製薬工業を辞めて夫とともに金沢へ行くつもりだった。
 ところが、夫の賢一は、せっかく勤めている会社を辞めることはない、月に一度は帰ってくるからと言い、単身赴任を選んだのだった。

 こうして、二人の別居生活が始まった。
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